ブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』(Dreamgirls,1981)より。作詞:トム・アイン、作曲:ヘンリー・クリーガー。この「アイ・アム・チェンジング」(I Am Changing)は、第2幕の2曲目、ガール・グループのリード・ボーカル、エフィが歌うナンバー。エフィの初演時のキャストはジェニファー・ホリデイ、映画版(2006)ではジェニファー・ハドソンが演じた。お2人共動画が見つかったので、ご紹介しておこう。

 

 

 

 宏美さんは、そのミュージカル公開の翌1982年の秋のリサイタルで、この曲をラスト・ナンバーに持って来た。定評のあった『岩崎宏美リサイタル』の最後を飾るにふさわしい大曲・難曲である。

 

 宏美さんはこの選曲について、「ミュージカル『ドリームガールズ』を観た影響での選曲だと思います」とライナーノーツ(2007)に書いている。だが、当時のファンクラブ会報『ロマンス Vol.32』(1982)では、ご自分で選曲したのは、愛はかげろうのようにモア・ザン・ファッシネーションフレンズ・イン・ラブの3曲であると明言している。当時、私も学生時代でファンになって日も浅く、一番熱心に宏美さん関連のメディア情報をチェックしていた時期だ。だが、宏美さんが本場ブロードウェイでこの『ドリームガールズ』を観た、という報に接した記憶はない。もしこの辺りをご記憶の方がいらしたら、是非ご教示願いたい。私は、スタッフの誰かが選曲したのを、宏美さんが後年に観劇したものの記憶とがごっちゃになっている可能性があるのでは、と捉えている。

 

 

 さて、この曲。歌手・岩崎宏美は、その天性の美声、圧倒的な声量、自在な歌唱力で、オリジナル、カバーを問わず、様々な難しい曲に挑戦して来た。だがこの「アイ・アム・チェンジング」は、その中でも5本の、いや3本の指に入る超難曲であると私は考えている。今日はその辺りを紐解いていきたい。

 

 ではさっそく、この曲のどこがどう難しいのか、箇条書きで紹介していこう。特に断りがない限り、記載内容は宏美バージョンについてである。

 

①構成が複雑

 まず、解説しやすくするために、曲を便宜的にいくつかの部分に分けたい。本当に構成が複雑で、分けるのにも悩んでしまった。宏美ファンのお耳に馴染んだ、山川啓介さんの訳詞で記載しよう。

 

(V=Verse,E=Ending)

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V:見てよ 私を

 

A:I am changing きのうに手を振り〜

A’: I am changing 新しい空〜

 

B:だいじな何かを 知らずに生きてたの〜

 

A":そうよ I am changing〜

C:Ah こわくないわ〜

(半音上がる)

A’’’: I am changing 素顔の私が〜

E:新しい あの空へ〜

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 まず導入部と結尾部がある。思いの外難しいのは、Aパートが繰り返される際に節回しはもちろんのこと、サイズも変わり、さらに次に来るパートがその都度違うことである。私も油断すると、脳内再生中に前と同じパートに戻ってしまい、ループしていたりする。😓💦

 

②自由度の高いメロディーとリズム、希薄な拍子感

 まずヴァースとA・A’の部分は、バックの音数が少なく、ベースは鳴っているものの、ビート感に乏しい(編曲:小野寺忠和)。ここまで聴いただけでは、何拍子なのかもハッキリしない(映画バージョンは、A’パートからビートがクリアに入って来て、3連バラードと判る)。メロディーラインも、元の譜面の符割がどうだったのか全くわからないような感じである。恐らく、バックの演奏なしで、ボーカル音源だけを抜き出したら、全くタクトが取れないのではないだろうか。

 

 譜面通りの端正な歌い方が身上の宏美さんだが、このリサイタルのレコードに収録されている音源と、VHDになった音源とでは、歌い方の符割が違う(1982年のリサイタルは、郵便貯金だけで3回公演だったので、収録された回が異なると考えられる)。85年のホーメスト・ライブでも取り上げられているが、その音源はさらに違う。

 

 宏美さんがそれまで取り上げて来た楽曲にはあまり見られない、自由度の高さがこの歌の大きな特徴であり、難しさでもある。だが、いつもの折り目正しさとは違ったフレキシブルな宏美さんの歌唱が光る。

 

③高音域の連発

 A♭メジャーの曲だが、BパートでFマイナーに傾斜した辺りから、上のCはかなりの頻度で現れている。最後のA’’’の前に、インパクト大の2連符連発のキメで半音上がり(Aメジャー)、ここからは上のC♯が連発となる。「♪ さようなら おくびょな私」「♪ 新しい らへ 飛び立つの」の太字にした部分がC♯だ。

 

 当時の宏美さんの音域いっぱいに使用されたこの曲、当然難易度は高くなる。そしてこの曲の高音域は、全て例外なく強い地声で歌われているのも特徴的である。唸りや泣きなどの細かいテクニックも散りばめられている。

 

④声そのもので勝負

 お気づきだろうか。この曲は要所要所で無伴奏になったり、最低限の伴奏になったりするところがある。例えば出だしの「♪ 見てよ 私を//I am changing」もそうだ。バックに寄りかかれない分、声そのものの力、表現力や歌唱力と言ったものがいつも以上に要求される。

 

 A’’’の半音上がった最初の「♪ I am changing」の「アーイ・アーム」のバックもドラムロールだけで、宏美さんの地声の強さ、美しさが際立つ。

 

 「♪ さようなら 臆病な私」でフェルマータした後、「♪ たらしいあの空へ」の最初のアウフタクトの「あ」の音は、無伴奏で歌い出し、次の小節の頭の「た」の音でバックの演奏と合わせるのも至難の業だ。

 

 極め付けは最後の「♪ 飛び立つの⤵︎ (Hit!) い⤵︎ (Hit!) まーーーーー〜〜〜!」である。「の⤵︎」「い⤵︎」のダウンも、オケヒットのようなフルバンドのスフォルツァンドの合間に歌われる。そして「まー」は正確無比なピッチで、「新しい あの空へ 飛び立」とうとする前向きな明るさと力強さを兼ね備えた歌声で、無伴奏で歌い出すのである。それを最初ノービブラートで、途中からビブラートをかけて歌い切る。聴く者はもはや恍惚状態である。

 

 

 この曲を歌唱するに当たっての難しさについて、縷々述べて来た。そしてまた、この曲の歌詞世界が、当時の宏美さんにピッタリだったのではないか。この年「聖母たちのララバイ」が大ヒット、リサイタルも8回を数えた。もはや歌謡曲という枠に中には収まり切らない「岩崎宏美」という逸材が、そのことを自覚して、「I am changing、新しい あの空へ 飛び立つの」と歌い切るこの大曲は、その後の「岩崎宏美」の進むべき道を、図らずも示唆していた、と言えるのではないか。

 

(1982.12.16 『’82 岩崎宏美リサイタル』収録)