「愛はかげろうのように」(I've Never Been to Me)は、1976年、アメリカで複数の歌手によってレコーディングされた。最もポピュラーなシャーリーン版は、もともと彼女のアルバムにも収録され、77年にシングルカットもされているが、ヒットしなかった。それが82年に、あるラジオで流されたのがキッカケで、世界中で大ヒットした。

 

 

 宏美さんは、この82年のシャーリーン版のヒットを受けて、秋のリサイタルで取り上げたと考えられる。『洋楽和訳 Neverending Music』によると、この歌の後半の語りは、82年版で付け加えられたと言う。宏美さんのリサイタルでも、その語りの部分は踏襲されている。

 

 作者は、Ron Miller - Ken Hirsch。原詞は、年配の女性が自分の不幸を嘆く若い女性に語りかける形を取っている。内容は、自分はいろいろな場所へ行って様々な経験を重ねたけれど、未だに私自身には会えたことがない(I've Never Been to Me)。楽園とは?幸せとは?真実とは?という、なかなか深いものである。

 

 宏美バージョンの訳は、山川啓介さん。余りに具体的な地名や事柄などは訳出せず、だが原詞の言わんとすることを、直截的でなく日本的情緒のある柔らかい言葉にうまく置き換えている。後半のセリフの部分は、歌のように音数の制約がないためか、比較的原詞に近いニュアンスのものとなっている。

 

 リサイタルでは、二部の終盤、「月見草」「聖母たちのララバイ」の前に置かれ、盛り上がったステージが徐々に収束していく、という位置付けと思う。会場のファンが、宏美さんの歌と語りに耳を傾け、コンサートのフィナーレが近いことを肌で感じる場面である。

 

 キーはシャーリーンと同じB♭メジャー、サイズも同じくセリフありのツーハーフ。小野寺忠和さんのアレンジも、シャーリーン版をなぞっている感じだ。テンポは気持ち落としていて、山川さんの美しい日本語訳を、宏美さんがややハスキーな声で説得力を持って聴かせてくれる。

 

 この「愛はかげろうのように」も、当時VHDディスクで映像が商品化されている。2007年に『ROYAL BOX 〜スーパー・ライブ・コレクション〜』で夢のDVD化が実現し、私もこの貴重な映像が拝めるようになった。興味深いことに、1982年当時レコードに採用されたものと、VHD(DVD)の映像とでは、テイクが違うようなのだ。それがハッキリするのは、2番後半の「♪ 暮らしに抱かれた」の部分を、映像のテイクでは「♪ 無邪気に暮らした」と、歌詞が違っている部分である。宏美さんお得意の作詞活動である。😜

 

 それはさておき、この曲をリサイタルで歌っている映像がYouTubeに上がっていた。当時VHDプレーヤーが買えずにどうしても見ることのできなかった映像が、こんなに簡単に見られることに、複雑な思いもする。まぁ今現在、このROYAL BOXもプレミアムがついて入手困難のようだから、良い時代になったと考えるべきなのであろう。宏美さんの素晴らしい歌唱をお聴きいただきながら、今日はお別れしたい。

 

 

(1982.12.16 『’82 岩崎宏美リサイタル』収録)