全編にヨーロッパの香りを漂わせる『10カラット・ダイヤモンド』所収。A面4曲目に配された、スケールの大きい、深い味わいを残すバラードである。
作詞は一昨日「桜色 -桜咲く日々に-」で取り上げたばかりの三浦徳子さん、作編曲がキーボーディストでもある佐藤準さんである。このペアは、同じくこのアルバムの「哀しみは火のように」も提供している。
歌詞の世界は、自分の元を去ってしまった男性に、もう一度名前を呼んでほしい、心を抱いてほしい、という内容である。だが、よく聴くと「♪ 許して欲しいの 乗り遅れたまんまで/あなたを乗せた汽車を見送った」というフレーズがあり、愛の舞台を降りたのは「カトリーヌ」自らであることが窺えるのだ。
音楽面から見てみよう。レコーディング時の「ワン、ツー、スリー、フォー」というカウントの声を敢えて残しているのも珍しく、興味深い。その後いきなりピアノで奏でられるディミニッシュの4分音符の連打が印象的である。続いて「♪ あの日と同じに緑色の服着て〜」と歌い出されるわけであるが、この前年の「カンバセーション」で編み出された、声をあまり使わない唱法に近いと感じる。全体にふだんの声の6割程度しか出されていないように思う。全編を通じてメインとなるピアノの伴奏は、佐藤準さんだろうか。
また、今日この曲について書こうとしたら、構成も若干変わった曲であることに気づいた。
A:あの日と同じに緑色の服着て〜
A’:ごめんね遅れて あなたの腕をのばして〜
B:カトリーヌ、カトリーヌ〜
A:誰もいないの 丘の上のレストラン〜
A’:許して欲しいの 乗り遅れたまんまで〜
B’カトリーヌ、カトリーヌ〜
A:あなたに似た人 探していた毎日〜
A’:麗しの女 カトリーヌと呼ばれる〜
B":カトリーヌ、カトリーヌ
もう一度だけ
(C):呼んでよ 呼んでよ
そうして心を抱いてよ 抱いてよ
ワンコーラスにAB2つのパートしかないが、A’の最後からBパートに入る「♪ 私の頬 やさしくつつんで/カトリーヌ、カトリーヌ」の太字部分はノーブレスで繋がって歌唱されるのだ。これは少し珍しい。
さらに、Bパート、B’パートはサビと呼ぶほどには盛り上がらない。間奏の後、B"としたパートの「♪ もう一度ーだーけー」で、宏美さんのボーカルは初めて気持ちの昂りを見せるのだ。そして私が(C)としたパートはB"の続きとも考えるが、私はここをコーダ(結尾部)と捉えたい。
昨年末、林修先生の番組で筒美先生の特集をやった。その折りに、音楽プロデューサー・編曲家の武部聡志さんが出演されていた。武部さんの解説が面白かったので、彼の著作『すべては歌のために』を買って読んだ。その中で番組でも取り上げていた斉藤由貴さんの「卒業」について、「Aメロを2番まで繰り返してからサビに行くので、それまでの展開を飽きさせないよう工夫した」というようなことが書いてあった。
このように、ワンコーラスの中にサビを設けないこともあるのだ。してみると、この「麗しのカトリーヌ」も、最後のB"のパートが、この曲で一度だけ現れるサビ、という風に捉えられるのではないだろうか。
そして最後、「呼んでよ」「抱いてよ」の言葉が祈るように歌われると、やや長尺(1分20秒以上)の劇的なアウトロが始まる。ストリングス・ブラス・リズムが絡み合いながらフェイドアウトしてゆくのだ。私には特にオクターブで鳴るブラスの音色が耳に残る。
ところで。21世紀初頭、世に『ハリー・ポッター』ブームが吹き荒れた。御多分に洩れず我が家にもブームが押し寄せたが、世間より若干遅れ気味で、下の子が一人で原作の邦訳を読めるようになった頃(2009年頃)だったと思う。私も邦訳は全部読み、映画もDVDで全て観た。多くの家庭で繰り広げられたであろう『ハリー・ポッター』クイズ合戦もさんざんやった。
ブームも過ぎ去ったつい先日のこと。ニワトリが首を絞められたような声で、妻が「♪ ダドリー、ダドリー*」と歌っているのだ。私がたまりかねて妻に訊ねた。
私:何それ?
妻:「ダドリー坊やのテーマ」だよ。
私:『ハリー・ポッター』の?そんな歌あったっけ?
妻:宏美さんが歌ってるじゃん。宏美ブロガー失格だな!
私:え?そんな変な歌ないよ。
妻:ダドリーじゃないかも知れない。でも人の名前だよ。ほら、ちゃんとシンコペーションだよ。♪ ダドッリィー、ダドッリィー…。
ハイ、皆様ご賢察の通りです。正しくは「♪ カトリーヌ、カトリーヌ」です…。つくづくアホな家族です。😅💦
*ダドリー…ハリーの従兄、ダドリー・ダーズリーのこと。両親に甘やかされて育ち、わがままで意地悪、肥満体型。
(1979.10.5 アルバム『10カラット・ダイヤモンド』収録)