宏美さんが70年代に吹き込んだ最後のアルバム、『10カラット・ダイヤモンド』に収められている。大人の女性の哀しみを歌った曲の多い本アルバムだが、特にこの曲はタイトル通り、激しい別離の哀しみに身を焼かれるような楽曲である。

 

 作詞:三浦徳子、作編曲:佐藤準という組み合わせは、「麗しのカトリーヌ」と同じペアであるが、曲調は真逆であると言って良いだろう。ギャランティーク和恵さんは、「ビッグネームに並んであまり馴染みのない佐藤 準さんですが、しかし彼の楽曲がこのなかで際立ってとても良いです」と評している。

 

 まずイントロのフレーズ(譜例1参照)だが、間奏と後奏でも執拗に繰り返される。ベースがとてもお洒落。イントロでは小節アタマで長い音を弾き、小節後半で半音階的にリズミカルに動く。間奏・後奏では基本的にオクターブ奏法で、時にプルを加えている。

 

譜例1

 

 この曲の各コーラスは、大きく前半と後半とに分かれている。前半は、「絵の中のシーン」という歌詞もあるように、「男」と「女」の別れの場面をあくまで第三者的に淡々と描く。音域も低めで、宏美さんのボーカルも艶やかな声ではあるが、感情を押し殺したように抑制の効いた歌い方である。バックのサウンドもおとなしめだが、ため息のようなストリングスのポルタメントやバッキングボーカルも効果的だ。

 

 サビに向かう部分(譜例2参照)「♪ 大丈夫 心配しないでと小声で女がささやいた」は、歌詞・メロディー・サウンドが一体となって、まさにフリッジの役目を果たす。淡々と情景描写をしていた歌詞だが、「大丈夫 心配しないで」という女のセリフをキャッチする。歌メロは4音ずつ音階を下ってゆく形(楽譜では赤い四角)の繰り返しで、ベースも下降してゆく。だが緊張感は徐々に高まってゆく。続く「女がささ(やいた)」は、一転してずっと裏拍でGの音を繰り返し(青い四角)、D7sus4の緊張感を2小節引っ張る。2小節めには-9thに当たるE♭の音でトランペットが鳴り、テンションはマックスに。そしてD7のドミナントがこれも2小節。3度の半音階上昇音型と決めリズムで、サビに雪崩れ込む。引きだったカメラが一気に女に寄っていくような、映画のカメラワークを感じるような部分である。

 

譜例2

 

 そして、いよいよ後半のサビ「♪ 嘘よ 今にもくずれかけている私〜」では、「女」が「私」に、つまり三人称から一人称へと切り替わる。ここで女の「哀しみは火のように」奔り出るのだ。それを見事に表しているのが宏美さんの歌い方であり、そして最後の「♪ 匂い連れて/空を焦がす炎に変る」の変拍子の部分である。私などはタクトが取れなくなってしまう。元々の記譜はどうなっていたか判らないが、私がタクトが取りやすいように起こした譜面(譜例3)を貼っておくので、参考にされたい。そしてまたこの最後「♪ 炎に変る」が、トニックに着地しないのだ。

 

譜例3

 

 間奏に入ってしばらくすると、また変拍子の決めリズムが出てくる。ここも譜面を載せておこう(譜例4)。決めリズムが終わると、イントロと同じフレーズが繰り返される。

 

譜例4

 

 2番もまた遠景から始まり、歩くことさえもやっとの女に、カメラはフォーカスする。サビの後半は変形して繰り返す。そしてラストで1番では「♪ 空を焦がす炎に変る」がD7のドミナントのワンコードだった部分が、「♪ 空を焦がす炎」と歌詞も短縮され、コードは D7 - E♭ - Dm7 - Gm と動き、ようやくトニックに解決するのである。

 

 

 三浦さん、佐藤さん、そして宏美さんのコラボレーションによる、一篇の短編映画のような味わいの「哀しみは火のように」。隠れた傑作と言って良いであろう。

 

(1979.10.5 アルバム『10カラット・ダイヤモンド』収録)