阿久悠作詞、小林亜星作曲の都はるみさんの大ヒット曲である。発売は1975年だが、翌年には日本レコード大賞も受賞している。この昭和演歌の代名詞のような曲に、宏美さんは『阿久悠トリビュート』で挑戦した。

 

 

 宏美さんはこの曲を、リリースした2014年のツアーでもセットリストに加えている。ライナーノーツやMCでは、「当時幼かったので、着てもらえないとわかっているのに、何でセーターを編むのだろう、と理解できなかった」とこの曲について語っている。

 

 宏美さんバージョンの編曲は、『PRAHA』全曲、そして「始まりの詩、あなたへ」の編曲を担当した野見祐二さん。オリジナルの編曲(竹村次郎さん)のド演歌から一転、シャンソン風のアレンジにして成功している。アコーディオンを模した物哀しい音色が良い。

 

 特に唸らせられたのは、サビの「♪ 女ごころの未練でしょう〜」の部分のコード進行である。オリジナルは、

Ⅰm -  - - Ⅵ♭ - - - Ⅳm - - - Ⅴ7 - - - 

と、劇的に盛り上がる。だがこのシャンソン風アレンジは、

Ⅰm - Ⅳm7 - Ⅰm - Ⅰm7/Ⅶ♭ - Ⅳ7/Ⅵ - Ⅳ7 - Ⅱ7/Ⅳ♯ - Ⅴ7sus4 Ⅴ7

と揺蕩うように動く。この洒脱な雰囲気が好きである。

 

 

 このブログを書くために、「北の宿から」のWikipediaを見た。そうしたら、歌い出しのメロディーが、ショパンの「ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11」第1楽章の、ポロネーズ風の副主題との類似が指摘されていることが書かれていた。つい数日前、「雪の降る町を」の歌い出しとやはりショパンの「幻想曲」との類似について書いたばかりだったので驚いた。

 

 たしかに、「♪ あなた 変わりはない」まで、音程は全く同じである。だが、「雪の降る町を」の時と違うのは、符割・リズムが全く違うのだ。なので、ショパンの曲は知り尽くしている私だが、この類似に今まで全く気がつかなかった。もっとも、小林亜星さんも引用については否定されているらしい。

 

 辻井伸行さんの演奏でご覧いただこう。オーケストラの前奏では1:16くらい、辻井さんのピアノ独奏では5:04くらいからが、件の箇所である。

 

 

 さて、宏美さんの歌唱についてである。「伝わりますか」のブログに書いたのと似たような印象を、私は持っている。ちあきさんや都さんの歌唱が、時に愛憎相半ばする凄まじい女の情念、強さを感じさせるとするならば、宏美さんのそれからは、どちらかと言うと諦念や女の哀しみ、弱さを私は感じ取るのだ。

 

 そして、「伝わりますか」以上に、オリジナルとかなり異なる世界観を表現していると思うのだ。この曲にこんな切り口があったのか、と新鮮な驚きを禁じ得ない。

 

 3日前に上げた「乙女座 宮」で触れた、カバーのあり方の話とも絡むが、私はこの都さんと全く違うアプローチをした宏美さんの「北の宿から」のチャレンジ、野見さんのアレンジには拍手を贈りたいし、大好きなカバーの一つなのだ。

 

(2014.8.27 アルバム『Dear Friends Ⅶ 阿久悠トリビュート』収録)