3rdアルバム『飛行船』A面トップの先行シングル「未来」に続いて2曲目に収められているナンバー。デビュー当時の宏美さんの路線を決定づけた阿久悠・筒美京平コンビの佳曲である。

 

 今までに私が取り上げた「夏からのメッセージ」「美しい夏」は、デビュー以来のイメージ通り、伸びやかな高音をフィーチュアした作品であった。しかし、この「地平線の彼方」では、「おっ⁉︎」と思わせるような中低音が響いている。「♪ ただ一度の 恋ならばどこまでも」「♪ 地平線で あのひとが呼んでいる」の太字部分を思い起こしていただきたい。最低音は下のA♭と、それほど低い音を使用しているわけではない。デビュー曲「二重唱」の「♪ あなたがいて 私がいて/ほかに何もない/ただ」の太字部分と聴き比べてみて欲しい。こちらも最低音は下のA♭と全く同じである。音域的に低い、と言うのではなく、低音らしい響かせ方ができるようになってきた、と捉えるべきであろう。デビュー丸1年にして、長足の進歩である。

 

 チェロの短いが印象的なパッセージでイントロが始まる。地平線の彼方で待っている大好きなあなたの元へ、遠く長い道も私は駆けていくわ、という内容の歌である。ややゆったりめのテンポが、スケール感を上手く表現している。コーダの「♪ 待ってよ 待って〜」では伸びのある高音も聴かれ、果てしなく広がるイメージで曲を閉じる。

 

 

 説明を容易にするために、楽曲全体を分けて記号をつけよう。いつものようにカッコ内の数字は小節数、歌詞のカッコはアウフタクトである。

 

A(8):ただ一度の 恋ならばどこまでも〜

A'(8):地平線で あのひとが呼んでいる〜

B(6):(逃げな)いで 連れて行って〜

C(8):好き 好き〜

 

A’(8)地平線に むらさきのシルエット〜

B(6):(消えな)いで すぐに行くわ〜

C(8):好き 好き〜

 

D(8):待ってよ 待って〜 Repeat & F.O.

 

 Aの部分のコード進行は、

E♭m - B♭m - A♭m D♭7sus4 E♭m - 

となる(1小節に1つのコードネーム表記。"-"は前の小節と同じコードを表す)。ところが、A’はもちろんだが、C、DともAと6小節までは全く同一のコード進行なのである。最後2小節の繋ぎの部分のみ、若干入れ替えているだけである。

 

 さらに言えば、前奏と間奏(「霧のめぐり逢い」のギターソロを思い起こさせる音色ですね)も同じコード進行だし、Bの部分はこの進行からB♭mを省いただけで、Aの進行の短縮型と考えられる。つまりこの音楽は、ワンパターンのコード進行の上に成り立っていると言える。

 

 それを飽きさせずに聴かせる筒美先生のメロディーライン、宏美さんの類稀なボーカル、そしてバックコーラスもひと役買っているだろう。Cメロのメインボーカル、コーラス共に登場する「♪ 好き」というフレーズは、Aメロの「♪ ただ一度の 恋ならばどこまでも」の「♪ ただ」のモチーフと同一である。さらにDメロの「♪ 待ってよ 待って〜」と高音が伸びる部分でも「♪ 好き」のバックコーラスはリピートされるのである。(譜例参照)

 

 私がこの『飛行船』のLPを手にしたのは、1980年11月の青山学院大学の学園祭においてであった。宏美さんと五輪真弓さんのジョイントのステージがあり、大学生協が宏美さんのアルバムをズラリと並べて何と2割引で売っていたのだ。貧乏学生の悲しさで、『あおぞら』『飛行船』の2枚しか買えなかったが、一気に2枚買いは初めてだったので(笑)、帰宅後のお楽しみもたっぷり、という懐かしい思い出がある。あの飛行船をバックに両手を上げた宏美さんのジャケットは、青学祭とセットで私の脳裏に刻まれている。

 

(1976.7.25 アルバム『飛行船』収録)