「第5実験室/cali≠gari」レビュー | brilliant-memoriesのブログ

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ドエルさんでもあり、V系好きのギャ男でもあり、60〜00年代の音楽好きでもある私がお送りするこのブログ。アルバムレビューや自作曲の発表、日常、ブログなどいろんなことをします!

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「最近ドンキホーテ行くと新作のお酒がバカ安く売られていることが多いんですよね。そんでつい買っちゃうんですよ。家に帰っての晩酌こそが至極なのです。最近はつまみを探すのに必死です。」

 

お疲れ様です。今回はいよいよやって参りました。あの「第5実験室」のレビューをしていこうと思います。1999年、遂にリリースされたフルアルバム、そして「奇形メルヘン音楽隊」時代の最後のアルバムでもあります。

 

今作より第6期cali≠gariでのアルバムです。結成時からずっとドラムを叩いてきた克弥が脱退し、現時点では最後のドラム担当のメンバーとなる誠が加入しました。これでオリジナルメンバーは青様のみとなります。誠はメンバーのバラバラな音楽性にしっかりと対応するドラマーで、特に音楽性のバラバラ加減が目立った第7期初期も柔軟に対応していました。天然発言や美味しいところを持って行ったりとcali≠gariのマスコットのような人物でしたね。

 

「第5実験室」のポイント

 

・cali≠gari初となるフルアルバム、密室系という斬新さを追い求めてアングラを極めた『奇形メルヘン音楽隊』としての到達点。ここが大きなポイントです。今作発売前に「第5実験室 予告編」がシングルとして発売しており、今作収録曲から先行して2曲が収録されていました。予告編以外にも、今回から「入口」「出口」が1トラックとして独立したり、ドラマで「午後の密室」が始まったりと今思えば、以降のcali≠gariのアルバムに於ける基礎を作った部分もありますね。

 

・ジャケット写真は青いデッサン人形。デッサンと言う部分が重要で自分を別のモノに映した楽曲として例えられているのではないでしょうか。該当する楽曲はかなり多いですが、楽曲の「青さ」から「『依存』という名の病気を治療する病院」説を推します。

 

・奇形メルヘン音楽隊の要素が凝縮された最新の電波ソングから心を掴む名曲まで、禿、青様、研次郞が手掛けた幅広いジャンルの楽曲が収録されています。前半はアングラチックな曲そして後半はガチの名曲達と上手い具合に分かれており、捨て曲なしの1曲1曲が洗練された究極のアルバムです。そういえば、「1」が発売された際のインタビューにて青様は当時を回想し、『綺麗なものと汚いモノを明確に分けた作りをしていたんですよ。』『曲ごとに全然違うけど、世界観は一緒』と答えていました。まさにそれが思いっ切り出ております。

 

第6期メンバー

 

ボーカル:秀児

ギター :青

ベース   :研次郎

ドラム :誠

 

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シングル曲→青 アルバム曲→黒)

 

1.「『第5実験室』入口」

 

今作から、「入口」と「出口」が単体となって収録。この世界に入るために必要な重いドアが開く効果音です。

 

2.「ゼリー」(作詞:青 作曲:青)

 

重いドアの先に広がるのは、ドロっとした薄暗くアダルティな世界。ゲストの岩次郎さんのピアノを混え、よりパワーアップしたジャジーなサウンドにヒップホップ要素を取り入れたcali≠gariの新しい楽曲がトップバッターを飾ります。ミクスチャーでは無くヒップホップ、ここが重要ですよ。cali≠gariの歴史の中でかなり珍しい部類に入る楽曲ですよね。

 

韻踏みまくりで隠喩多しで難解なリリック。タイトルの「ゼリー」は結局何の暗喩なのかは分かりませんが、綺麗な女性を意味する「ジェリー」なのではないかと推測しています。性行為を交わしても、何も変わらなかった気持ちに「君は所詮”綺麗なだけ”の人だったね」と煽る内容なのではないかと考察してみました。尚、歌詞を考察してる際に、もう一つの説が浮かんだのですが、ここに書くのは控えさせていただきます。

 

3.「歪んだ鏡」(作詞:秀児 作曲:秀児)

 

禿が前のバンド「自爆」の時から温めていたという渾身のナンバー。下手したら悪酔いしてしまう「歪み」という現象をそのまんま音で表現していて凄い。3音であそこまで精神に来る音色を奏で、Aメロに異国感のあるフレーズをぶちこんでくるトリッキーなギターと、2弦を抑えてスライドして和音攻撃を仕掛けたり、歪ませて世界の要を作り、圧倒的な存在感を放つエグいベースのぶつかり合いがポイントです。中毒になると空間ごとねじ曲げられそうですね。

 

歌詞は自分を捨てた恋人を探すメンヘラ主人公。探してる最中にふと、ショーウィンドウに映った醜い自分に自問自答する所からタイトルは付けられていますね。歌詞を読み進めた上で「愛しいダッチワイフ」の部分で明かされる彼の本性に皆、鳥肌を立ててゾッとする事でしょう。禿ワールド全開です。

 

MVが制作されているのですが、このMVの禿がマジで怖いです。よりによって妹に初めてみせた禿のいるMVがコレで、一言「怖っ」とドン引き。あまりのインパクトだったのか、しばらく妹の中での禿のイメージがこの禿に固定されてしまったようです笑。しかしながら、このイメージがあったからこそのギャップで「はにかみ屋の僕」や「月夜の遊歩道」にハマったりもするので、これで良かったのかなとも思います。

 

 

4.「カラス」(作詞:秀児 作曲:研次郞)

 

ここで研次郞の楽曲が登場。8ビートのストレートなナンバーですが、楽器陣達の生み出す気味悪さが支配するドロドロとした世界観が広がります。特に印象に残る部分は、Aメロの部分、逃げ場もなく這い蹲る雰囲気が完全にメンヘラです。例えるならドラマ「M」の姫野礼香が鬼のような勢いで迫ってくるような感じですね、どう怖いでしょう?。また、この曲はベース以外にもヴァイオリンソロやキーボードも担当している研次郞の多彩さを堪能できるのもポイントです。

 

歌詞は精神病院に通院する主人公の帰り道と、眼に映る夕暮れ空とカラス。自身の抱える心の鬱に押しつぶされそうな中で、いつかの自立を夢見る姿が映ります。自身に置かれている状況はかなり苦しい部分がありますが、主人公の心境が前向きに描かれているのがポイントです。

 

 

まさかまさか、2018年にこの曲が石井秀仁の手掛けた新たなる歌詞によって『群ら咲き』として再び蘇ることになるとはまだ知る由もありません。

 

5.「ドラマ『せんちめんたる』」

 

ドラマ音声。以後定番となる、オナンスペル=マーメイドと久米康による「午後の密室」が今回からスタート。毎週金曜日恒例企画「オナンのおしゃれ入門」は気になるところですが、茨城県石岡市の石岡祭りで起きた火災事件の特集。中心人物でもある放火魔のWさんの情報がつかめたとかつかめなかったとか。(やすしさん「Wの悲劇」ってボケてたの見逃せませんぞ。)現場の東海林青江に中継をつなごうとするも回線トラブルで繋がらないというオチ。

 

青江「バーカ(^_^)」

 

6.「せんちめんたる」(作詞:青 作曲:青)

 

シングル「第5実験室 予告版」に先行収録されたこの楽曲。第5期メンバーでの音源のため、ドラムは克弥のトラックが使われています。ファンから大人気のナンバーです。

 

青様が得意とする昭和歌謡を感じさせる哀愁さがクセになるナンバーであり、疾走感と裏泊のアタックが好きですね。終盤には研次郞によるヴァイオリンソロも存在しており、哀愁さに拍車を掛けます。歌詞はせんちめんたるな気持ちが邪魔をして好きな気持ちを伝えられない主人公が、どうにかして存在を認知してもらうために好きな人の家を放火して、丸焦げになった彼女を見て興奮するというこれぞ、奇形メルヘン音楽隊と思わさせてくれるかなりエグい内容となっています。

 

そして妹も指摘していたのですが、この曲を聴いて思ったのは「アイドルっぽい構成をした楽曲」だなぁと。特にサビのメロディや、「目には目を歯には歯を」のファンとコール&レスポンスが出来そうなゾーンが存在したりと、アイドルの楽曲にありそうなゾーンが要所要所にあるように感じました。個人的には歌詞も歌詞なので、今年の5月に開催された「鬱フェス」に出演していた病めるアイドルたちがカバーしたら更に楽曲の別の世界観が見えるかもと感じたりします。あと、過去にアーバンギャルドと対バンやってたし、天馬係長と青様も、まだ交流してそうなので、cali≠gariもいつか「鬱フェス」に出て欲しいです。

 

7.「はにかみ屋の僕」(作詞:秀児 作曲:秀児)

 

いきなり禿が歌い出したと思ったら最後までアカペラと手拍子で押し通すというあまりにも斬新な楽曲。歌メロは演歌調で、ちょっと笑えちゃう合いの手含め、禿しかいないのが面白いのですが、2番のサビから禿が走って手拍子と合わなくなって生まれる歪みは流石。音がかなり反響しているのと、手があればこの曲は完全再現できるので、一部では「お風呂で歌いたい曲」とか言われてたりもしますね。

 

歌詞は禿が未完成な自分を完成された誰かと比較した内容ですが、「生きるの20まで」といった意味深なリリックも紛れていて、そこにも中々の狂気が漂います。思えば禿しかいないと言う時点でヤバいと言えばヤバいのですがね...笑。ですが、思わぬ形で新たなる狂気を生み出してしまったこの曲の斬新さにはかなり驚かされました。

 

ちなみにこの曲、私の妹が異常なまでにハマっており最近よく口ずさんでいます、V系に興味がない現役JKも虜にするとは...。よほど中毒性があるんでしょうね。

 

8.「月夜の遊歩道」(作詞:秀児 作曲:研次郞)

 

シングル「第5実験室 予告版」に先行収録されたこの楽曲。第5期メンバーでの音源のため、ドラムは克弥のトラックが使われています。

 

研次郞のスラップ奏法を活かしたかなりカッコいいベースリフから始まり、合流するギターと並走して生まれる不気味さは、あのヒゲダンスの脳天気さを見事なまでの狂気に仕立て上げます。

 

完全に精神病んでイっちゃってる人間の話し方をそのままメロにしてしまったミクスチャーなAメロからベースリフが前に出る奇妙なBメロ、そして待ってましたと言わんばかりの発狂ゾーン、そして耳に残るサビといった展開が次々と現れ、ラスサビにはもう一段階大きく広がる素敵なメロディラインが現れるという展開が念入りに計算されていて、かなり完成度が高いです。また、ラスサビのメロは後に発表される「夏の日」に再使用されるので、青様もかなり惚れ込んだのでしょう。

 

そして、この完成度をさらに引き立てているのが禿の手掛けた歌詞と表現力。恐らく抑えられなくなるレベルまで膨れ上がった自身の病みを発散するために繰り出した深夜の神社に向かう散歩道を描いているのですが、「不信感」をはじめとした病んでる人間に於ける精神の不安定さをこれでもかと注ぎ込んでいるのが特徴で、私にも重なる部分があるため共感出来る部分も多いのですよね、特に辛かった時期はこの曲を聴いて深夜の花園神社に行ってた時期もありました。

 

展開が多いことから、禿の歌い方における様々な引き出しが大集合していて、表現力の多彩さや高さがこの曲で判るでしょう。特に発狂ゾーンにおける「神祟りだァ」や「僕は選ばれた人間だからァ」の狂いっぷりはホンモノです。(まさに、「天才とキチガイは紙一重だ」)

 

ちなみにこの曲、私の妹もかなりハマったらしく「発狂チャンネル」の次に好きな楽曲だそうです。曰く「イントロが1分3秒もなければ発狂チャンネル越えて1番好きな楽曲になってた。」とのこと。いかにも現役JKらしいコメントですよね。

 

9.「37564。」(作詞:青 作曲:青)

 

「皆殺し~♪皆殺し~♪皆殺し~♪」

 

いやぁ、たまらねぇ。現在でもcali≠gariの人気曲の1曲として君臨する電波ソングですが、禿バージョンが聴けるのはこのアルバムのみとなります。

 

シャッフルビートのリズムにギターの不協和音とチョッパーをかますヤバすぎるベースが共存するハチャメチャなサウンドとそのまんま、身内他人を次々とミナゴロシにする様を唄う「知恵遅れ合唱団」によるめちゃくちゃな合唱。これらの危険が混ざり合うことによって生まれるこの混沌地帯は、「キチガイっぷりを隠しきれない化け物達の百鬼夜行」。特に禿の狂いっぷりが一際、群を抜いています。

 

かなり危ない楽曲だけども聴けば聴くほど自分の心の中の自分と共存できて気持ちよくなれてしまう完全なる快電波、まさに「奇形メルヘン音楽隊」ここにありという感じです。ちなみに歌詞カードのこのページにある禿の画像が「歪んだ鏡」並に怖いので、是非チェックしてみてくださいね!

 

10.「弱虫毛虫」(作詞:秀児 作曲:研次郞)

 

やって参りました。今でもcali≠gariの楽曲の中で1番好きな楽曲は何かと聴かれてたらこの曲を挙げるファンがいる程、禿時代で根強い人気を誇る大名曲です。

 

この曲は是非みなさんに聴いていただきたい。そして、歌詞を全員に見て頂きたい。特に今病んでる人間程、確実に何か感じるものがあると思います。また、「歪んだ鏡」「カラス」「はにかみ屋の僕」「月夜の遊歩道」と今作に収録された禿が作詞を手掛けた楽曲を全て聴いた上でこの曲と聴くと、更に更にこの曲の深みが増します。どうやら調べた所、この曲を鬱曲認定している人もいるようですが、確かに心の闇を突くという観点では鬱ソングなのかもしれません。しかし、この曲はそれだけじゃない。私は少し違う考えを持っています。

 

歌詞のテーマは、まさに等身大の禿。禿という人間そのものが描かれます。ですが、歌詞の世界に入り込もうとしたら、目の前に現れたのは禿ではなくもう1人の私でした。そう、つまりはそういうことです。

 

1番のポイントは、病んだ私達の核心をグサリグサリと突いて、あっという間に隠していたはずの私達の醜い部分をまっぱにするリリックを連発した後に、力強く「いつか見てろ!今に見てろ!いつか見てろ!」という魂の大絶叫に込められた圧倒的なメッセージ性なのですでも実際には言っただけで復讐もしないだろうし、タイトル通り本当にこれっきりなんだろうけど、誰にも言えない本音をこの曲に吐き出して、そして禿達に優しく抱きしめられてる感じがするんですよね。孤独じゃないよって…。

 

楽曲も優しく爽やかな世界観を下地に、ミクスチャーなAメロ、感情の大爆発するサビとという盛り上がりのワビサビを抑えた展開。そして終盤に差し掛かる辺りにやっと現れる「母に抱かれた〜♪」のCメロのメロディが儚くて美しくて本当に涙を誘うのですよ。禿の圧倒的な歌詞がより煌めくように、誘う感情を綿密に計算された展開、この楽曲を生み出した研次郞も天才なんだな、と改めて感じます。

 

テンプレを一切使わなくても、痛烈に伝わるこのメッセージ性と共感性、更に私たちを包み込んでくれる揺籠のようなこの感じ。前作の「夜行列車」でもその片鱗は感じられましたが、この曲はそれをさらに越えてきました。この曲こそ私にとっての真の応援歌です。

 

冗談抜きで、この曲に人生救われた人も多いんじゃないですか?

 

11.「冬の日」(作詞:青 作曲:青)

 

名曲を超えた先にあるのは名曲。cali≠gariの季節シリーズの最初の楽曲ですね。寒い世界の中、ストーブをつけて温まる画が浮かび懐かしさを感じる青様節がふんだんに散りばめられたアコースティックな歌謡バラードで、昭和の田舎の冬景色を連想させる世界観となっています。この曲も後に幾度かリメイクされますが、禿バージョンを聴けるのは此処だけです。

 

歌詞は大切なモノを失い、今は絶望のどん底にて幸せだった頃を回想しているシチュエーション。それは幼い頃見た夢と今のギャップかも知れないし、ずっとあったハズの大切なモノがある日突然無くなってしまい心にポッカリ穴が空いてしまった状態なのかも知れません。幸せが死んでしまい、「人」をやめてしまった者達。それは私以外にも似たような境遇の人は多いと思います。全てがキラキラしていたあの頃の冬の景色と今の冬の季節の自分の重ね合わせて生まれるギャップを感じ疲弊してしまった時、ひどく病んでしまった時にこの曲を聴くと、この冷え切った現代とは相反的に、とても温かく、懐かしい気持ちになるのですよね。そしてこのような楽曲は禿が唱うとさらに世界観をより増幅させるのですよ。それはこれまでのレビューでも述べたとおり、禿も私達と同じ境遇にいる1人の人間なのだから。

 

「人」をやめてしまった私達の、人生の儚さ、脆くなって壊れやすいメンタルを歌詞・楽曲共に再現し傷ついたときには、この曲に還りたくなる空間がここにはあると思った人はきっと多いと思います。その点も踏まえると、本当にこの名曲に秘められたパワーって凄いなって感じますよね。

 

12.「『依存』という名の病気を治療する病院」(作詞:青 作曲:青)

 

そして最後もかなりの名曲です。終始シリアスな雰囲気が漂います。サウンド的には禿が入る前にやっていたザ・V系なサウンドを持ってきた感じもしますね。そこに至極の歌詞と禿による歌唱が乗ることにより、楽曲に漂うリアリティが増幅。大名曲へ変貌しました。この曲も後に何度か再録されますが、禿が歌うバージョンを聴けるのはここだけです。

 

歌詞は「心の自立」がテーマとのことで君に依存していくことで僕は生きていけるんだという内容ですが、このアルバムをラストを飾る青様のリリックですよ。かなり深いメッセージが隠されているはずです。個人的には「君」も「僕」も自分の中にいる人格であると予想しています。

 

前提として主人公は冬の日のように幸せが死んでしまい「人」をやめてしまった者と仮定します。序盤で出て来る「本当」は「まだ人だった頃」のお話でしょう。そのあと出て来る「ずっと演じたかった」という歌詞にも通じます。

 

物語の核でもある2人で依存しあう部分、弱い僕が絶望や現実から逃避する為、なすりつける為に作り上げた「君」という存在、最終的には絶望から抜け出す為に「僕」が自殺しろと願う部分は自立という意味では成しているものの、明らかに後味の悪い自立の仕方ですよね。「君」が「依存」から「独占」へ動き出しています。

 

この解釈が正しければ、後輩のムックの楽曲「僕が本当の僕に耐えきれず造った本当の僕」の主人公にも状況が繋がるのではないかなと…。

 

人間を辞めて生きる気力を無くして立ち尽くす「冬の日」と人間をやめてもこのままじゃダメなんだと立ち上がるも立ち塞がる更なる葛藤を描いたこの曲、歌詞や曲調も対比している部分があり、青様の才能が光ります。

 

13. 「『第5実験室』出口」

 

この世界から出るために必要な重いドアが開く効果音です。

 

 

捨て曲なしの圧倒的な名盤。特に終盤3曲の名曲ラッシュは本当に凄まじいです。「第3実験室」で見せた病んだ人間の心を射貫く深い楽曲から「第4実験室」で極めたアングラで気が狂ってる電波ソングまでフルアルバムになったことにより、その両極端が惜しみなく凝縮されています。奇形メルヘン音楽隊時代としてのフルアルバムが今作のみという事実もこのアルバムに秘められた「唯一無二」さに拍車をかけている気がするのです。まさに「奇形メルヘン音楽隊」としての集大成が此処にあると思いました。

 

完全に完成されたこの世界、それは心を壊した私達の居場所なのかもしれません。今が辛いという人には是非とも聴いていただきたいアルバムですね。

 

このアルバムは名盤なのでこの名盤ががみんなに知られてほしいという気持ちと同時に、最近は簡単に音楽が使い捨てられる世の中なので、知ってる人達だけが浸ることができる極上の空間として知ってる人たちだけでひっそりと堪能したいというのもまた本音です。

 

現在は廃盤となっておりブックオフでも5500円、それ以上になると基本は万単位とかなり高値です。しかし高値を遥かに越えるモノがこのアルバムにはあると私は断言します。奇形メルヘン音楽隊としてのcali≠gariを求めるファンは絶対に手にしておくことをオススメします。そういえば、武井誠のスペシャルサンクス枠に「石井秀仁」の名前があったのが、印象的でした。

 

 

今回もありがとうございました!!さて、次回は第6期までのcali≠gariのアルバム未収録曲をレビューしていきます。デモテープだった「第1実験室」や「第2実験室」、更には改訂版では外されてしまった幻の楽曲もこちらでレビューします。年内には出せると思いますので、お楽しみにです!