Shionの日々詩音

Shionの日々詩音

表現者、Shionのブログ
日々心に描く事
時に散文を…そして時に物語を綴る

the Crime of Roses…



人は皆、生まれながらに罪を背負っている

心に天使と悪魔を共存させながら

醜くも美しい世界で彷徨い続ける



ex-Clef Doll Shion


自らの生まれて来た意味を求め

ありとあらゆる表現の軌跡をここに綴ろう…



生きている限り、君の傍で




≪物語創作音楽集団 Clef Dollへ愛を込めて≫
閉じられた物語たちをもう一度。ここに綴る。

短篇小説
1, たった一つの記憶

2, 月の抱擁【ヴァンパイア・ストーリー】

3, 月下の太陽に接吻て【ヴァンパイア・ストーリー】

長篇小説 『片翼の羽根』
第一部プロローグ

第1部第一章①

第1部第一章②

第1部第一章③

第1部第一章④

第1部第一章⑤

第1部第一章⑥

第1部第一章-interlude01-

第1部第二章①NEW

第1部第二章②NEW


テーマ:
翌朝、第三の塔の前の広場に作られた仮設の台座は、国民たちが固唾を飲んで見守る公開処刑の舞台となっていた。反逆者たちは円柱に一人一人縛り付けられ、その姿はまるでそのまま墓標のようでもあったが、そこに架けられた者たちは皆、まだ生きてその死の瞬間を待たされている。
 
「マインラート」
 
エイヒムが弱い声で、隣で同じように縛られたマインラートに語り掛ける。マインラートは返事をせず、僅かに自由の残る首だけをエイヒムに向けた。
 
「アルノルト……、来るかな……」
 
マインラートは無言のまま眼前の群衆を見つめる。自分がこの立場になってみて、初めてわかることがあった。この公開処刑は、ただただラメクやノエルの力を見せつけるためだけのものではない。国民たちにとって、これは一つの娯楽になっている。
この中には確かに、マインラートらに憐憫の視線を向けている者もいるのだろう。ラメクへの抗議の意を込めて集まっている者もいるだろう。しかし、その実ここに集まった大多数の国民にとって、これはショーでしかないのだ。死神ノエルによる殺戮ショー。それが正義であるか、悪であるかは最早きっと関係ない。人は残虐な生き物だ。小さな子供が蟻を踏み潰すように。解剖実験の動物が小さく震えながらその命を散らしていくのを眺めるように。それを眺めることで、自分たちが絶対的な存在であり、安全な立場であることを知ろうとする。その慰みこそが人にとって最も重要なことなのだ。
連日繰り返されるこの公開処刑を通じて、国民たちは一つになっている。歪んだ絆が、この国の中に形成されているのだ。きっと昨日、彼らが決死の覚悟で挑み、敗れたあの革命も、映像となってしまえば、国民たちにとって一つの娯楽に過ぎなかったのだろう。
マインラートは、大きく息をついた。
 
「来るなってよ……、そういう気で、あいつを逃したんだろーがよ」
 
そう言った後でしかし、どこかでアルノルトが現れて、アルノルトだけではない、何か、奇跡が、奇跡のように仲間たちや、いやもっと大きな力を持った何かが現れて、都合よく自分たちを助けてくれるという希望がないと言えば嘘になるいうことも、マインラートは自覚していた。
 
--結局口ばっかだよなぁ、俺たちは……
 
死は、恐怖だ。何よりの恐怖だ。どんなに科学が発展しようと、医療技術の進歩により人間の平均寿命が延びようと、迫り来る死への恐怖からは誰も逃れられない。
人が一寸先も見えない闇に怯えるのは何故か。外気の急激な変化や、底のわからない高所で、本能的に危険を感じてしまうのは何故なのか。それはその先に、得体の知れない、この長い人類の歴史の中でまだ誰も生きて到達したことがないはずの、「死」という圧倒的な終わりを見ているからだ。未知への恐怖が人を進化させてきたとするならば。死は、人類にとって最後の恐怖の対象なのだろう。
マインラートが自分の横を見ると、自分たちよりずっと死に近い場所にいたはずの大人たちですら震えている。泣き叫ぶこともせず、じっと黙っている者はさすがだ、と思うが、よくよくその下腹部を見ると、濡れているのが遠目にわかる者もいる。死とは、平等な恐怖であり、それはどんな覚悟を持ってしても拭いされるものではない。大人だろうが子供だろうが、兵士だろうが、それは関係ない。
 
--嫌だ、死にたくない……
 
あのテルマが、最後にそう言った。わざわざ仲間たちに聞こえるように、泣き言を遺した。怖かったのだ。ガイも、カイザーも、きっと怖かったに違いないのだ。
 
「あぁ、そりゃそうだよなぁ……」
 
マインラートは、自分の頬に伝うものに、気づいていた。
 
「死にたく、死にたくねぇよぉ……」
 
マインラートのその声に、エイヒムは答えなかった。エイヒムも、恐怖で歯の根が合わなくなっている。いつも冗談ばかり飛ばしていた、少年たちの中でも荒事担当と言われたこの二人も、迫り来る死の恐怖からは逃れられないのだ。
そんな二人の台座の脇を抜けるように、仲間たちを殺し、そしてこれから彼らの命をも奪おうとしているあの死神ノエルと、そしてその司令塔、この国の最高権力者、ラメクが姿を現した。
 
「お前たちの司令官は逃げ出したようだな」
 
ノエルの声は、間近で聴くと思った以上に若々しくマインラートには聞こえた。冷徹なこの死神も、自分たちとそう変わらない。何だか少しだけ、気持ちが落ち着いた気がした。
 
「人間とは、そういうものだ。それが人間らしさだよ。美しい……醜く、それが、美しい」
 
ノエルは手に持った剣の切っ先で、マインラートの頬をなぞる。
 
「最高に人間らしい悲鳴を聞かせろ。それが国民たちへの、最大の慰みだ。……さぁ、愚かなる反逆者たちの処刑を始めよう!」
 
ノエルの怒声に、群衆は快哉を叫ぶ。悲鳴ではない。それは、まごうことなき、喝采だった。
 
--ああ、そうかよ。そうだよなぁ……
 
マインラートは、群衆を睨みつける。
 
--それが、おめぇらの答えだよな
 
その時、ラメクがノエルの手にその手を重ねた。この場の空気感に似つかわしくないほどに美しい微笑みを浮かべながら、ラメクはノエルに何事か耳打ちする。驚いたように目を見開いたノエルのもとに、一人の兵士が走って近づいてくる。その声は、マインラートにも、エイヒムにも、ハッキリと聞こえた。
 
「クーデター首謀者、アルノルト・ショルツが投降しました」
 
ノエルの瞳はいよいよもって見開かれ、ラメクは、その微笑みを絶やさぬままにその声に耳を傾ける。
 
「第三の塔見張りの兵士からです。アルノルト・ショルツが投降。こちらへ向かっています」
 
 
ジギスムントとエレナは公開処刑の舞台となる第三の塔の前の広場にいた。ラメクが予告した時間が迫っている。マインラートやエイヒム、協力者であったロビンや他の大人たちが磔られている姿も勿論衝撃的なもので、ここに来てから何度も何度も彼らに向けて叫んでいた。群衆に紛れ、その声は彼らには届かなかっただろうし、そもそも彼らも姿を見られるわけにはいかない。頭から薄い布切れをか被って顔はわからないようにしていたが、逆にその姿は目立つことこの上ない。
 
--クソ、アルノルト、何処だ、何処にいるんだ
 
ジギスムントたちが目覚めた時、アルノルトは縛っていたはずの部屋にいなかった。解かれたロープだけが部屋に残り、車も一台なくなっていた。何処に行ったかなど考えるまでもない。どうして部屋に鍵を掛けなかったのか。見張りをしていたイェンチは何をしていたのか。怒りをどこに向けるべきかもわからない。焦りだけが増していた。
 
「エレナ、いたか!あいついたか!」
 
同じように群衆に紛れながらアルノルトを探させていたエレナに問い掛ける。エレナは朝からずっと変わらない青ざめた顔で首を横に振る。そもそも、この人混みの中で、アルノルトを見つけることなんて出来るのか。
 
--逃げてるかも知れないぞ
 
クラウスはそう言っていた。ジギスムントは、思わずクラウスを殴りつけ、馬乗りになって首を絞めながらそれを否定した。
 
--あいつが、一人で逃げ出すはずなんてない
 
考えなくてもそんなことはわかってる。アルノルトは必ずここに来る。そのために、一人で抜け出したのだ。
 
「畜生、何処だよアルノルト!どこいるんだよぉ!」
 
辺りの群衆が騒ぎ出す。死神ノエルが、仲間たちの処刑を宣言する。
 
「あ……、クソ、マインラート、エイヒム……」
 
エレナも、その群衆の喝采に立ち尽くす。ここにいる人間たちは、楽しんでいる。ジギスムントやエレナの、大切な家族の、これから行われる凄惨な虐殺を、歓喜をもって迎えている。
 
「畜生、騒ぐな騒ぐなクソ野郎!」
 
--これが、俺たちの取り戻そうとした国の姿なのかよ。みんなが命がけで闘った結果なのかよ
 
アルノルトも見つからない。この公開処刑も止められない。また、何もできない。
 
「嫌だああああああああ!!やめてくれよおおおお!!!」
 
そして、喝采を引き裂くように、総統ラメクの声が響き渡った。
 
 
「親愛なる国民諸君」
 
ラメクはアルノルト投降の報せを受け、用意していた台詞を高らかに叫ぶ。
 
--やはり、現れてくれたか、革命の仔よ
「この度の革命にて命を落とした哀れなる魂たちへ、今遅すぎた救いの報が届いた。クーデターを首謀せし者、この愚かで恐ろしい反乱のリーダーが今第三の塔へと投降して来たのだ。これで我等はもう、罪なき命を奪うことをしないで済む。すべての罪は首謀者が禊ぐ。これで我等の国は永劫の平和を取り戻し、安寧のもとに真なる繁栄を遂げるだろう。すべては諸君等の平和を祈る願いの強さの結果だ。命を落とした兵士たちもこれで報われる。反乱軍の首謀者、その名はアルノルト・ショルツ。今こそ団結せよ!魔の遣いにして、愚かなる反逆者に……死の、鉄槌を!」
 
高らかなる平和への宣言に、国民たちは先ほどよりも更に大きな声で快哉を叫ぶ。そうして、喝采を浴びながら、英雄になり損ねた反逆者が、兵士に連れられてやって来る。
 
終わりが、始まる。この物語の終わりが、今、ここから始まる。
 
 
to be continued...

テーマ:

アルノルトが拘束されていた部屋の外には見張りはいなかった。そもそも本気で拘束する気もなかっただろうし、今は人数も少なく皆疲弊しきっていた。恐らく、建物の外を交代で見張る程度に留めているはずだ。音を立てないように慎重に、壁際に身体を寄せながら歩を進めていく。


--まったく、何だよこれ、スパイかよ


アルノルトは思わず、声に出さないように笑う。


--まるで本当に敵陣の中から脱走するみたいだ


敵なはずはない。3年間を一緒に過ごした、家族よりも家族らしい奴らしか、ここにはいないはずなのに。

外へと繋がる扉の前に立つ。耳をすますと、誰かの気配を感じる。持っている物は、自分を縛っていた縄だけだ。何とか誰にも悟られることなく、ここを出て行かなくては。意を決して、扉を開く。開きながら、言葉を発する。


「動くな。頼む、声も出さないでくれ。俺を……黙ってここから出て行かせてくれ」


縄を強く持ち、硬い声を出したが、相手は何も言わなかった。その男は、何も言わずにただぼう、と遠くを眺めていた。


「……イェンチ……」


長年の付き合いの弟分は、数時間前と何も変わらぬ表情でそこに佇んでいた。何も言わず、ただただ遠くを見つめながらそこに立っている。


「……やっぱり、行くんですね、アルノルトさんは」


振り向きながら発せられた声は、いつも以上に、風の中に消えそうなほどにか細く響いた。イェンチはきっと、ずっとここにいた。見張りの交代もせずに、ただずっとここに佇んでいたのだろう。


「……イェンチ、俺は……」


「寝る気になれなくて、どうしても。それで、ここにいました……」


イェンチは、誰に聞かせるわけでもない風に、ぽつりぽつりと語り出す。


「そんなに、疲れてもいない。何もしてないですから、俺は……」


イェンチは、銃を携えた手を見つめる。何も、していないはずなどない。イェンチやクラウスら第2チームの生き残りが集落へ着いた時、そこには確かにまだ見張りの兵もいたはずだ。イェンチやクラウスも、その銃で、誰かの命を奪い、ここまで辿り着いたのだ。彼は、人を殺して、手を血で染めて、ここにいる。


「テルマは……」


イェンチが、テルマの名前を、声に出す。ただ、名前を音に出しただけ。そのたった数個の音の連なりには、怒りも、哀しみも、愛情も憎しみも、そしてそれら全部を超えた虚無に近い響きも……。

そんな、人が表現し得る、およそありとあらゆる感情が詰め込まれていたような気さえした。そして、そのまま押し黙る。イェンチ自身、何を言おうとしたのか、わかっていないのだろう。


「テルマは……最後まで、戦ったよ……」


アルノルトは、言ってから後悔する。こんな言葉が何の慰めになると言うのか。今のイェンチに、どんな言葉が救いになると言うのだろう。テルマの死に際の声がアルノルトの耳に蘇る。イェンチが知る由もない、知らなくていいあの最後のテルマの言葉。


--嫌だ、死にたくない……


これだけは、伝えてはいけない。伝えるべきではない。では、逆に、それなら何を伝えるべきだと言うのか。彼女の最期を、彼女を世界で一番愛した男に、どんな言葉で伝えるのが正解だと言うのか。


「アルノルトさんを……俺は止めませんよ」


イェンチは、アルノルトの方を一瞥もせずにそう言う。


「昨日までの俺だったら……ここで全力で止めたと思います……。でも、今の俺は……止められない。止めたくないんです。でも、行け、とも言えない……。だから、こうやって、見ないふりをするんです」


イェンチは、静かに、そう言った。


「ごめんなさい……」


イェンチは、アルノルトがここを出て行くのを、止めないとそう言った。その先に何があるのかはわかっていて、そう言った。アルノルトはイェンチからの言葉を奥歯で深く噛み締め、脇を抜けて歩き出そうとした。


「……アルノルトさん」


イェンチがアルノルトの腕を掴む。それは思いの外に強い力で、アルノルトは僅かに身体をのけぞらせながらその顔を覗く。イェンチは下を向き、アルノルトと決して目を合わせないように努めながら言う。


「エレナ……さんが、向こうの、三つ目の扉の、部屋にいます……」


イェンチは、黙ってエレナの寝ている部屋を指し示す。


「……俺が、言えるのは、それだけですから……」


イェンチの胸には、アルノルトに対しての、もうどうしようもないほどにぐちゃぐちゃになってしまった感情が渦巻いていた。ただ恨んでいるわけではない。そんなに無責任な感情を、尊敬する兄貴分に向けたくなどない。それでも、アルノルトとこれまで通りに接することが出来るような気持ちの整理などつけられるはずもない。でもせめて、アルノルトには、後悔をさせたくなかった。

彼がエレナを愛していることも、エレナが彼を愛していることも、誰の目にも明らかだった。本人たちが、過剰に仲間たちを気遣ってそれを見ないふりしているだけだ。テルマもよく、二人のことを気にしていた。


「行くなら……せめて……。お願いします……」


アルノルトは、イェンチに掴まれた手と、エレナの部屋を交互に見返し、何故だか涙が溢れそうになる。


--お前らは、本当に、似た者カップルだよなぁ……


きっとこれが、本当に最期になるだろう。せめて、エレナの顔を見ておきたい。それをしたら、足が止まってしまいそうで怖かった。それでもイェンチに向けて、一度だけ小さく頷き、足音を立てないように、エレナの部屋へと向かった。



エレナのいる部屋には、小さな子供たちも寝ていた。すやすやと、硬い床に身を寄せて眠っている。

エレナにかかれば、どんなに泣いている子供たちも、安心して寝てしまう。こんな冷たい部屋でも、こんな辛い状況の中でも。エレナは、この子供たちの姉であり、母なのだ。

言いたいことはいくらでもあった。伝えたい言葉も、伝えるべき言葉も、一晩では足りないほどあったはずだ。けれどこの部屋で疲れ切って眠るエレナの姿を見ると、もう何も言えなくなってしまう。涙に腫れた目で、静かな寝息を立てる彼女を起こしてまで伝えるべき言葉など、アルノルトは一つも持っていなかった。


--本当に、俺はダメなやつだなぁ……


アルノルトは、そっとエレナの横に座り、起こさないようにその手に自分の手を重ねた。あの災害の日、瓦礫の中で見つけた彼女を思わず抱きしめていた。エレナの身体に触れるのは、それ以来のことだった。

思ったより、小さな手。その手はしかし、年頃の少女には似つかわしくないほどに節くれだち、骨ばってしまっていた。過酷な生活の中で、子供たちを世話し、慣れない銃を扱ったことで、彼女の手はこんな風になってしまった。

それはきっと、アンケも、死んだテルマも同じだったろう。ここにいる仲間たちは、皆こんな風に痛みを背負って3年間を過ごしてきたのだ。


「エレナ……」


聞こえるか聞こえないかのように小さな声。エレナに聞こえることを望んだわけではない。それは、独り言に近い。それでも、言葉は溢れ出す。一度蓋を開けてしまえば、想いはただひたすらに口から零れてゆく。


「俺は……本当は全然強くなくて、優しくもなくて。頭も良くないし、強くもない。本当に、何も、何も持ってない奴なんだよ」


目鼻立ちの整った、綺麗な横顔。長い髪は艶をなくしてボロボロで、栄養状態の悪い肌はカサカサと潤いをなくしている。それでも、アルノルトにとって、エレナはこの世界中の誰よりも美しい、ただ一人の女性だった。それを、実感する。ここまできて、やっとそれを実感として感じられる。


「みんなを振り回して、辛い想いをさせて、死なせて……。そしてまた好き勝手に、ジギスムントの想いを裏切るんだ。どうしようもなく馬鹿で無力な、リーダーぶってるだけのクズ野郎だよ。約束を、俺は結局一つも守れなかった」


--何があっても生きる。それが俺たちの約束だ


守れない約束をいくつも交わした。すべてを反故にして、情けない結果を残して消えてゆく。


「それでも、俺は……。俺は、お前がいたから。お前がいてくれたから、ここまで生きてこれた。お前のために、闘えた」


仲間たちのため。国のため。国民のために。そんなもの、本当は全部建前だ。アルノルトは結局、エレナ一人のために闘ってきたのだ。彼女を守るために、あの災害の日ボロボロの状態で泣いていた彼女を笑顔にするためだけに。そのためだけに闘ってきたのだ。


「……怖いよ。怖くて、怖くてたまんねぇよ。死にたくない。あんなにみんなを必死に闘わせて、死なせて。でも、俺は死にたくない。まだ、生きてたい。お前の傍を、離れたくねぇよ……」


握った手に、力が入りそうになる。僅かに身じろぎしたエレナを見て、反射的にその手を離す。

弱い自分を鼓舞してくれたのは、いつもエレナの眼差しだった。彼女の前では、弱音を吐きたくなかった。それが恥ずかしいほどに青い未熟なプライドだったとしても、アルノルトにはずっと、そうすることしか出来なかった。


「……エレナ……」


最後に、一度だけ、その髪に触れる。最後のわがままだ。これくらいは、許される。


--一回だけ、良いよな


昨夜のテルマに語りかけるように、ほんの一瞬、エレナの涙に濡れた頬に口づけする。そして、アルノルトは立ち上がった。


「エレナ、みんな、ありがとう」


震える足を叩き、エレナから離れるその最後に、音にもならないほどの声で、初めて自分の気持ちを言葉にした。


「バイバイ、エレナ。愛してる」



部屋を出てきたアルノルトの後ろをついてくる者はいなかった。それを見て、イェンチは悟ったように「良いんですか?」と尋ねた。黙って首を振るアルノルトに、彼ももう何も言わない。歩き出すアルノルトを、もうイェンチは追わなかった。


戦場から逃げ出した車にアルノルトは再び乗り込む。自動操縦の設定を確認し、行き先を第三の塔の近くに定めた。走り出した車の窓を開ける。まだ冷たい夜の風が、アルノルトの肌をくすぐる。

空には、星の瞬く夜空があった。空気の汚れた現代社会においては、きっと星もかなり隠れてしまっているのだろう。それでも、そこに星はある。星の輝きがなくなったわけではない。灰色のその幕の後ろには、未来へ捧げる満天の星空が広がっている。空を彩る僅かな星たちを、アルノルトは大きく息をついて見つめる。


--君はこの革命の、そしてこの国の自分の足で立つことも知らない臆病な連中の希望の星なんです


ジェスターの声が、蘇る。春の一番星。アルクトゥルスはこの空のどこかに見えているのだろうか。


「俺は、一番星なんかじゃねぇよ、ジェスター」


けれど、それでも。最後に一度だけ、もう一度だけ、できることはある。人から見れば愚かな選択でも、そこに意味を創り出すことは、きっと出来る。


「これが俺の……最後の大勝負だ。ザマァ見やがれ、ラメク」


ポケットの中でぐしゃぐしゃになった煙草に火をつける。何の味も感じないそれをくわえながら、夜の闇の中を、アルノルトは向かって行った。



to be continued...


テーマ:
「ダメよアルノルト、絶対ダメ」

アルノルトはようやく、エレナの声が聞けた気がした。朝、確かに話したはずだったのに、もう何年も、何十年もその声を聞いていなかったような気さえした。

「こ、こんなの罠に決まってます。アルノルトさん、私も反対です、絶対に行っちゃダメです」

アンケも同じように反対する。
冷静に考えなくとも、ラメクの言葉が罠であろうことなどはわかる。これまで徹底して国に邪魔になる者を公開処刑と称して虐殺し、その様子を全国民に見せつけることでこの国の支配体制は強固なものになっていった。今回のような大規模なクーデターの当事者たちが、指導者一人が出て行ったところで解放されるはずもない。
アルノルトは何も言わなかった。いや、何も言えなかったのだ。ラメクの言葉がどうこう言うのではない。捕らえられたマインラートたちの姿に、言葉を失っていた。

--あぁ、でも、生きてる。あいつらは、まだ生きてる。死んでない

僅かな希望だった。あの後、あの場の全員が即座に殺されることだって考えられた。けれど、仲間たちは生きていた。あれが、録画された映像であることは否定出来なかったが、少なくとも、生きてる姿を、それはひどい有様ではあったが、生きてる姿をまた見ることは出来た。

「じゃあどうする?このままあいつらは見殺しか?」

クラウスが冷たく言い放つ。エレナは苛立ちを隠しきれずに立ち上がる。

「さっきから何が言いたいのよクラウス!あんたはいつもそうやって周りの意見を否定しかしない。今回のことだって全部アルノルトのせい、てそればっか。仲間が死んで悲しいのは、怒ってるのはあんただけじゃないのよ」

エレナの言葉に、クラウスは腕を組んだまま顔を歪ませるが、特に反論することもなくおし黙った。エレナも言った後で、床に落ちた、乾ききった血に塗れた地下室の鍵を見つめる。暗い、沈黙が落ちる。誰も答えなど持っていなかった。この先、どうするべきかなど、誰にもわからない。

「アルノルト」

ジギスムントが口を開く。その場の全員の視線が、ジギスムントに集まった。

「一応、聞くけど……お前、行く気じゃ、ないよね?」

ジギスムントは真っ直ぐにアルノルトを見つめる。この生活を始めてから、ずっと傍にいたこの少年が何を考えるかなど、手に取るようにわかる。絶望の中でたった一つでも活路があるなら、アルノルトは間違いなくそこに賭けてしまう。そうやって、今回の革命も始めたのだ。
アルノルトはジギスムントの問いに何も言わなかった。ただ、黙って目を逸らす。それだけで、ジギスムントとエレナにはアルノルトの答えがわかった。

「何か、何でも良い、縄とかロープみたいな、そんな、代わりになるもの、何かあるだろ、すぐ持ってきて」

ジギスムントが叫ぶようにそう言う。エレナが慌てて割り込んできた。

「ちょ、ちょっとジギスムント、一体あんた何を……」
「良いから早くしろよ!」

ジギスムントの剣幕に押され、その場にいた大人組の一人が長さのあるロープを持ってくる。それを受け取ると、ジギスムントはアルノルトの身体を縛り始めた。

「ジギスムント……」

アルノルトが諦めたような声を出す。普段からは考えられないほどのジギスムントの強い力に、アルノルトは抵抗が出来ない。ジギスムントはアルノルトの身体を完全に縛り上げると、クラウスに声を掛ける。

「明日まで絶対どこにも出さないでくれ。アルノルト、お前は行かせない。ここにいてもらう。明日まで、お前を監禁する」
「ジギスムントさん……」

アンケが絶句してその光景を見つめている。クラウスは、縛られたアルノルトの腕を持って立ち上がらせる。

「向こうの部屋の、柱にでも括り付けてくる。それで良いな」

ジギスムントは黙って頷く。アルノルトも、無言のままクラウスに付き従った。イェンチと目が合った。いつもアルノルトの後ろをついてきていたこの弟分は、始終無言で、アルノルトに何の言葉を掛けることもなく、目を逸らして、下を向いていた。


「アルノルトさん、何ですかその縄。趣味ですか?」
「アルー、ちょーっとそれはキツ過ぎない?いや、縄がキツいって意味じゃなくて、いや、そういう意味は意味なんだけど……」

カイザーとテルマが、呆れたようにアルノルトを見つめている。ガイはそのやり取りに薄く微笑んで煙草を吹かしていた。

「いやいやいや、縛り方が甘いですよ、こういうのはねー、種類があるんですよ色々と。これじゃプロは満足しませんよ」

ロルフが飄々と笑いながら、アルノルトの縄を眺めると、マインラートやエイヒムが大声で囃し立てる。

「いやいやいや何でお前んなことに詳しいんだよ!」
「いやー、みんな変態的だなぁ。俺は縛ったりとかしないよー。そもそもアルノルト縛ってどうすんのよ」

騒々しさを招いた兄を、クラウスが渋い顔で嗜める。アンケもはしゃいでいた。ジギスムントは眼鏡を上げてやれやれと肩を竦め、エレナはそんなみんなを見て穏やかに笑っていた。

穏やかな、実に穏やかな、悪夢だった。

ここには誰もいない。誰もいない部屋で、縛られたままアルノルトは、死んだ仲間たちと二度と戻らぬ日々の幻影に囲まれている。先ほどから、何度も何度も。延々と幻影は普段と変わらぬ姿でアルノルトの周りを囲んでいる。
これはきっと拷問だ。馬鹿げた革命ごっこに仲間を引き込み死なせたアルノルトへの、拷問。この監禁が、アルノルトを守るためのものなのはわかっている。しかし、仲間を亡くしたばかりで、心身共に疲弊しきっているアルノルトにとっては、これは永遠の拷問そのものだった。
『決して死ぬな』と言った。『生きていくんだ』と誓い合った。だから死ねない、当然死んではいけない。そんなことはわかっている。それでも、こんなに苦しいのならいっそあの時みんなと一緒に死ぬべきだったのだ、とも思う。そうすれば、あんな風に責められることもなかった。こんな風に、死んだ仲間たちの声を聞かされ続けなくとも良かった。
仲間たちは自分を逃した。命懸けで逃し、『生きろ』と言った。だが、戻ってみれば守るべき仲間たちは自分を叱責し、守るべき家ももうなくなった。それでも生きなければいけない。死ぬのはダメなのだ。歯を食いしばってでも、泥をすすってでも。
生きてさえいれば、明日に可能性を見出せる。明日は今日よりほんの少し、1%でも今日より良いことが起こる日かも知れない。逆に0.1%でも、悪いことが起こる日かも知れない。それでも、良いも悪いも、その可能性を信じられるのは生きている者だけなのだ。死んで無になれば、そこにはもう可能性が何も残されていないのだ。今までずっと、仲間たちにもそう言い続けてきたし、自分自身もそれを信じて生きてきた。

--でも、その可能性をあいつらから奪ったのも俺だ

仲間たちから生を奪った自分が、生きていても良いのだろうか。そして、そんな仲間たちを、少なくともまだ生きている仲間を守れるかも知れない術がある。自分のこの命と引き換えにすれば、もしかしたら捕らえられた仲間と、今残っている仲間だけは救えるかも知れないのだ。だが、その術が取れない。取らせてもらえない。時間は刻々と進んでいく。

辺りはもうすっかりと闇の天幕に覆われている。微かな物音も聞こえなくなった。きっとみんな、疲れ果てて寝てしまったのだろう。誰もが皆、今日一日だけで、一生分の疲労を負ったはずだ。

「ははは、俺は、一体何をしたら正解なんだろうな……、何が正解だったんだろうな……」

答えなど期待出来ない。なのに、わざわざ声に出してそう言った。アルノルトはもう、とっくに狂ってるのかも知れない。いや、狂ってしまえれば楽だったのだろう。

自分のせいだ、いや、国の、ラメクのせいだ。自分のせいだ、いや、時代の、この狂った時代のせいだ。自分のせいだ、いや、ジェスターの、あの道化師の裏切りのせいだ。自分のせいだ、いや仲間たちの、自分を止めてくれなかった仲間たちのせいだ。誰のせいだ、自分のせいだ、違う何かの、誰かのせいだ。いや自分のせいだ、自分の、アルノルトのせいだ、責任だ。
まとまるはずもない思考が千々に乱れる。慣れ親しんだ夜の闇に恐怖を感じる。考えたくない、思考が止まらない。身体の震えが、止まらない。答えが見つからないまま、ごろりと身体を横たえる。冷たい床の感触が、心まで急速に冷やしていく。

--俺は、どうしたら……

その時、身体を横たえた時、後ろ手に縛られていた縄の片側が、妙に長く伸びていたことに気づく。それに意味もなく触れていると、縄が少しずつ緩んでいくのを感じた。
その行動に、特に意味はなかった。ただ、それに触れているうちに、本能的に手遊びをしてしまっただけだ。だが、その結果としてそれは縄を緩め、気がつけばアルノルトは自由の身になった。解放された手を握ったり開いたりとしながら、部屋に入ってから縛られた足の縄にも手を掛ける。こちらはきつく結ばれてはいたが、手さえ使えればそれを解くことは決して難しくなかった。アルノルトの身体は、完全に自由になった。何も言わず、無言でそのまま思案する。開かれた手を見つめ、何度も身体を確認する。

「何だよ、答え、出たじゃないか」

先ほどまで奪われていた選択肢が、選べる状態になった。そうなったら、もう、それを選ぶしかない。それを選べ、と言われているようなものだ。

「そう……だよな。これで、これで、良いんだ……」

心は決まった。恐怖も、絶望もすべて飲み込んで。ただ一つ用意された希望の糸を、アルノルトは最後に手繰り寄せることにした。


to be continued...

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