日本祭り~飲んだぞ~
今のところ、ブラジル、いや、南米で最大と呼ばれる「日本祭り」の季節がやって来ました~。
去年は2週間続けて土日開催したのですが、今年は7月20日、21日、22日と2日半の開催です。
私は友だちのよかよかちゃんと21日(土)に行ってまいりました~。
どんな感じかと言うと↓↓。
一応、もともとは各県の郷土食&郷土芸能大会だけあって、日本全国の各県のブースが出て、地元料理からまったく関係ないただの売れ筋狙いのヤキソバ、パステス屋さんまで、さまざまです。
私が食しましたのは~~。
和歌山県が出したお好み焼きと~~
よかよかちゃんが買って来てくれた固焼きそば。
2人で仲よく食しました。
さらに最近は毎年出ている・・・
美しいものがお好きな殿方には・・・
ブラデスコ銀行のブースでアルバイトしていた笑顔のカワイイお姉ちゃん。
私は・・・と言えば、2年前までたこ焼きをセコセコ焼いていた人間とは思えないほどのエンジョイぶり。
エッ?何がエンジョイかって?
そりゃあ、あっちこっちにある日本酒やピンガを試飲しまくり。
よかよかちゃんと昼間っから真っ赤な顔してふ~らふら。
調子に乗って、よかよかちゃん友人たちと2次会まで行っちゃいました~。
あ~飲んだ。
選挙
この日、私は在外選挙へ行ってきましたー。
この前までは、パウリスタ大通りにある「在サンパウロ日本領事館」で行われていたのですが、今回からは我が街リベルダーデの文協が投票会場です。
すでに選挙の結果は日本でも出ており、自民大敗でしたが、私がどこに入れたかは…内緒。
昔、子どもの頃、両親に誰に投票したのか聞いて、「そんなことは聞くもんじゃない」とおこられたことがあります。
今、思うと、父親と母親はどうやら、別々の政党を応援していたようです。
子供の時は選挙カーにのっているお姉ちゃんが手を振ってくれたとか、くれないで良い人、悪い人を決めていましたが、さすがに大人になった今は、そんなことでは決めません。
ではでは、ここで海外から投票する時は2重の封筒に入れて投票するんです。
ちょっと面倒くさいけれども、海外からも投票ができるのは、うれしいこと。
かつての移民にとっては、本当に念願の投票権だったらしいです。
この中に政党名あるいは候補者名を書いて2重の封筒に入れま~す。
日本語が話せても、書けない人のために代筆の方もおりました。
そういえば、この17日にコンゴーニャス空港のTAMの大事故も起きました。
死者が200人にもなってしまいました。
合掌。
般若心経
本日、と言っても7月15日のことですが・・・。
この日、我が家は、とあるご友人のお宅の3回忌に行って参りました。
ご自宅での法要です。
友人のお坊さんの読経に合わせて、私たちも「般若心経」を読みました。
ちゃんとふりがな付きの紙が配られるんだ。
このお宅のお葬式も初七日も1周忌もすべて行かせて頂きましたが、いつも心温まるご法要なの。
お食事もすべて、ご家族の手作り。
日本の形式だけのお葬式に慣れていた私が、ブラジルへ来て、習ったことの1つが「人を弔う」ということのあり方。
赤い服で行ってもいいんです。
教会式もあります。
ブラジルは「宗教天国」と言ってもいいぐらい、ありとあらゆる宗教が来ていますが、どれを選ぶかも自由。
比較的、どの修派のお坊さんも日本より熱心にお説教をしてくれるような気がします。
ポルトガル語の説教や読経すらあります。
でも、やっぱり、私はこのお宅の手作り法要が大好きです。
お土産
そして、いよいよ、M子のブラジル旅行、最後の日。
最後の日、日本からの旅行者は何をするか!?というと、言わずと知れた「お土産買い」なのです。
コレが無ければ、もうちょっと旅行も楽なんだろうな~と、思うのですが、人との付き合い、社会人にはハズせません。
ちなみに私の場合は、もう、とっくに世間からハズれていますので、あしからず。
M子はまだ、世間からハズれていないようで、バタバタとお買い物&荷造りをしております。
がんばれ~~~!
そして、私にお手伝いできるのは・・・
いっしょにお昼を食べること?
そう、本日も食いましたー!
リベルダーデにある手打ち中華のレストランで!
以前にもブログで紹介しましたが、最近、ブラジルのグローボ局という最大手のテレビ局でも紹介されちゃったりして、大人気のお店です。
またしても・・・「食う」「くう」「クウ」って、感じでM子を驚かせた私。
これでやせる訳ないよなぁ。
そして、空港の管制塔がいつもトラブっているブラジルなので、ちょっと早めに空港へ。
M子はわずか1週間の旅で、このグアルーリョス空港には3度も来たことになる。
「もう、帰っていいよ~」というM子が一応、空港内に消えるまでお見送り。
さらば~~~~!
お~~ぃ!M子サンパウロでは泣かんのか?
と、突っ込みつつも、元気に旅立って行ったのであった。
家へ帰ると・・・
M子無きあと、地元の臭いプンプンの・・・
だ~~い好きな固焼き煎餅「将門煎餅」と「れんこんサブレー」が・・・。
やっぱり、お土産って素晴らしい!
貰うのが最高だ!
サンパウロの食事?
さて、M子のわずか1週間の旅。
最後のサンパウロで何をすべきか?
旧市街地(セントロ)は見せたので、今度はAv.Paulista(パウリスタ大通り)と呼ばれるサンパウロのオフィス街を見せようと、テクテクお散歩。
途中、ショッピング・センターに立ち寄り、M子よりも私が「おっ!」と思ったものをご紹介。
おもちゃ屋さんのショーウィンドーに飾ってありました。
子どものお人形さんなんだけれども、さすが!移民の国。
白、黒、黄色、さまざまなお肌の色と人種のお人形さんが揃っていました。
ちょっと前に「肌色って何ぞや」議論がありましたなぁ。
そういえば、私が小さい頃、すごい可愛い三つ編みのインディアン人形を持っていたんだけれども、あれはどこへ行ってしまったのだろう?
それはさておき、ブラジルのショッピングセンターではいろいろな食べ物屋さんが軒を連ねています。
その中でそれぞれ好きな食べ物を買ってきて、中央に置かれたたくさんのテーブルで自由に食べる方式が多いのですが・・・。
我々はミナス料理っぽい店で昼食を取ることに。
そこのシステムは、ポルキロと呼ばれる量り売りレストラン。
重さで値段が決まります。
M子にも好き自由に取ってもらい昼食。
ちなみにコレ↑が、私の取ったもので、奥がM子のご昼食!
さらに「自然と文化の情報誌」BUMBA の編集部へ表敬訪問。
単に遊びに行っただけです。
そこで、美味しい店の情報とBUMBA誌を得て、飲みに行ったのですが…。
バスに乗っている間に予定が変わり、アラブ料理を食べることに・・・。
そして、友人のT辺君も加わり、当初行く予定の店が改装中だったため、別のアラブ料理の店へ。
そこで食したのは「キビ・クルー」。
早く言うと「生肉」。
いやぁ、これがですね。
実にうまかったのです。
今まで、キビ・クルーを食べたことはあったのだが・・・正しい食べ方を知らなかった!
お店の人にちゃんと作ってもらったら・・・。
オリーブ・オイルにネギや香菜を混ぜて、ネリネリ。
知りませんでした。
トロと同じお味です!
いやぁ、日本の皆さん、トロが高くなるそうですが、「キビ・クルー」があなたの食卓を救います。
新鮮な生肉&キビ・クルーを料理してくれたウエイターの技術さえあれば、大丈夫。
いや、油分なんですね。
トロのポイントは…。
ということで、M子よりも私が楽しんだサンパウロの食事三昧でした。
ベレン3日目と飛行機事故
いやはや、サボりだすと、サボってしまうものです。
学校をサボる子どもの気持ち、よ~く分かります。
あまりに寒くて、冬眠していました。
本日、本当は7月30日。
リベルダーデは10℃。
寒いです。
さて、気を取り直して、ベレンの続きを書いちゃいます。
ほんと、mixiで連載しているM子の日記と合わせると、日本に居ながらにして、ブラジル旅行楽しめるかも。
バタバタ1週間の旅。
ベレン最終日の3日目は・・・
お世話になったプリマヴェラ家から歩いて5分。
19世紀のゴム景気の遺産。
1878年に竣工した「平和劇場」。
1時間に1回のツアーに参加。
まず、見て下さい!
こちら、ダンスホールらしきもの。
この写真は半分です。
上から見下ろした写真ですが、この見下ろすというか、見守る場所は奴隷というか、女中さんというか、お手伝いさんというか、そうしたお付きの人がご主人様たちが踊るのを見守っていた場所だったそうです。
そして・・・シャンデリア。
フランスからの輸入品。
正面の舞台の下ではオーケストラの方々が練習をしておりました。
そして、何よりツボに入ったのが・・・。
何だと思います?
床なの。
これ、すべて自然の木の色で、組み合わせて作られた床。
とても堅い木材で、今はもう無い木もたくさんあるそうです。
こ~んな豪華なオペラハウスが1878年、今から約130年も昔にベレンに建てられたのだから、すごい!
ほとんどが、ヨーロッパからの輸入品で建てられていました。
さて、次に向かったのが、ナザレ教会。
毎年、10月にマリア像を引っ張っていくお祭りがあって、すごい人出だそうです。
これまた、中も豪華シャララ~ン。
よくブラジル人が爪で剥がして持って行かないもんだ。
と、変なところで感心しつつ、かなり、この豪華さが気に入ったぶらこでした。
そして、テコテコさん働く某協会へ。
最後にベレンではとても有名な日本食レストランで豪華昼食。
M子はその量の多さに驚いていました。
そして、感動をひとつも現さないM子がベレンの皆さまとお別れする時に、な・な・なんと涙ぐんでいるではあ~りませんか!
お前、感動していたのか!
だったら、もっと早く、そう言え!そう表せ!と突っ込みたくなったぶらこでした。
そ~んな感動のM子を引き連れて、無常にも、時間は過ぎて行くので、トットと空港へ。
さよなら、ベレン!
おっ!ベレンの街並みじゃないか~。
行く時は夜で、私がウソをついたのもあるが、「ド田舎だ」と思ったM子も、昼のベレン上空の景色で、きっとベレンの都会さも分かり、満足したことだろう。ちなみにブラジル第10の都市だそうだ。
さて、ベレンからサンパウロへはGOL社の飛行機でブラジリア経由。
出発が1時間以上遅れ、ブラジリアに着いた時はすでに夜。
ブラジリア↑で乗り換えて、サンパウロへ。
本来、夜の9時に到着予定が10時を過ぎている。
もうすぐサンパウロに到着!という頃になってアナウンス。
「到着予定のコンゴーニャス空港は霧のため、グアルーリョス空港へ着陸します」
えっ~~~~っ。
そうでなくても遅れているのに、国際空港のグアルーリョスじゃ、羽田につく予定が成田に着いちゃうようなもんじゃないか~。
と、怒る私。
タクシー代もかかるし、家に着くのが、0時を過ぎるじゃないか~~。
ふと、隣のおじさんにポルトガル語アナウンスの不明な点を聞いたのがきっかけで、その親切なブラジル人のおじさんは「無料バスがコンゴーニャス空港まで出るよ」と、教えてくれた。
無料バスで戻れば、タクシー代は安くて済むが、我が家までは、行き過ぎてから戻る形になるので、時間がかかる。
だが、聞いてしまったのがウンのツキ。
おじさんがあまりに親切に「いっしょに行こう」と荷物まで持ってくれるので、「いいです。タクシーで行きます」とは言えなくなり、ついつい通り過ぎて、コンゴーニャスまで。
そこからタクシーで戻り、我が家へ着いたのは、やっぱり0時。
果てしなく、粗末な我が家の粗食をM子に食わせたのであった。
実はこの時は「グアルーリョス空港」まで連れて行かれたのを怒っていたのだが、ちょうどその約1週間後(17日)、本来、到着すべきだった「コンゴーニャス空港」でTAM社の飛行機が着陸に失敗し、乗員乗客全員死亡。
最悪の事故を起こしてしまった。
この事故以来、パイロットも「コンゴーニャス空港」に降りるのを嫌がり、また、乗客も「グアルーリョス空港に降ります」とアナウンスがあると、拍手で喜ぶそうだ。
1週間前まではみんな、私同様、ブーイングしていたけれど、事故、恐るべし。
いやぁ、それにしても、無事、到着して、本当によかった。
ベレン2日目
ベレン2日目は船で周遊です。
アウトドア派ではないM子とさんざん協議の結果、今回はマラジョー島までは行かずに、近郊の島々を遊覧。
朝早く行くと、オウムがいっぱいいる島があるそうです。
でも、我々はごく普通の半日コースならぬ、3時くらいまでの1日コース。
なかなかお迎えが来なくて、プリマヴェラさんをヤキモキさせてくれました。
いざ、船に乗り込むとお客さんは私たち3人だけ。
椅子をずるずると好きな場所に引っ張っていって、ガイドさんの説明を聞きます。
途中、島に上陸。
カカオを↑こんな風に棒で叩いて、チョコを作るのを見せてもらいます。
ちなみに小さな袋で5レアル。
買っちゃいました。ぶらこは・・・。
さらに島を歩いて、そこに住むおじいさんの所を訪問。
おじいさんが生のカカオを取って、食べさせてくれます。
↓↓↓生カカオ↓↓↓
中身には種がびっちり入っていて、その周りのヌルヌルが食べられます。
さらにカスターニャ・ド・パラ(=ブラジリアン・ナッツ)と呼ばれるナッツを取ってきてくれました。
山の中に落ちている大きな実を拾ってきて、割ると・・・
さらに小さな実の周りを削ると・・・
おじいさんの笑顔がいいです!
このナッツを毎日2つ食べれば、ガンにならないとか・・・。
また、この実の入った大きなクルミに水を入れておいたのを毎日飲むとすごく健康に良いそうです。
普段、店で売っているカスターニャはこんなにジューシーじゃありません。
まっ、仕方ないよね。
そして、別の島でお昼を食べたのですが、砂糖の入った容器の作りが悪く、M子はフタが取れてしまって、砂糖まみれになっていました。
↓↓砂糖、大好き↓↓
ガイドさんに「彼女は砂糖が好きなんだね」って、言われてました。
さらにさらに、「1時半に出発!」と言われ、船に乗って待っていると、もう一艘の船がやって来て、乗客を下ろして去っていきます。
聞くと何やらトラブルがあったらしく、我々は本来出発できるにもかかわらず、その下ろされた客が昼食を終えるのを待って、一緒に出発しなきゃならないとか・・・。
ボッーと待つこと1時間。
今度は私をかなりヤキモキさせてくれました。
初め韓国人と聞かされたそのお客さんたちはベトナムから来たテレビ取材クルーでした。
70日間でブラジル中、取材しているらしく、スタッフはクタクタ。
帰りの舟でも1人のプロデューサー以外は爆睡状態でした。
爆睡中のベトナム人スタッフ↑↑。
さらに、船の周遊の後は・・・
ベレンでは有名な大砲さんを見に行ったり・・・、元刑務所で今は「宝石の博物館」を見に行ったりしました。
M子があんなに宝石に詳しいとは知りませんでしたー!
いつから、私を差し置いて、セレブになったんじゃ~~!
そしてそして、夕飯も食わずに駆けつけた場所とは・・・。
そう、言わずと知れた「きびたん」。
一見、普通の民家。
だが、その実態は・・・。
知る人ぞ知る、日本のカラオケ店。
本日は貸し切り状態でした。
いやぁ、飲んだ、歌った!
4人でベレンのビール「CERPA」の小瓶を24本完飲。
いやぁ、全国の皆さんに、聞かせたかったなぁ~~。
テコテコ&ぶらこの「3年目の浮気」替え歌バージョン!
えっ、誰?
「下手な歌は聞きたくない」って、言ったのは・・・。
ベレン1日目
リオを夕方に出発。
ベレンへは夜23時に到着予定がこれまた、1時間ほどの遅れ。
にもかかわらず、プリマヴェラさんご夫妻とテコテコさん&S藤さんがお出迎えに来てくださっておりました。
特にテコテコさんとS藤さんとはわずか5分にも満たない「ようこそ~~」のご挨拶だけです。
にもかかわらず、空港まで・・・。
しかも深夜に1時間以上待ってくれていたなんて。
M子はかなり感動しておりました。
プリマヴェラ家でも不幸が起きた中を無理して、来てくださっておりました。
感謝。深謝。
その夜は、我々はバタンQ.
翌朝は同じメンバー(プリマヴェラ夫は仕事)で、マラジョー焼を見に連れて行ってくれました。
素朴な素焼きの焼き物です。
河とは思えない河口を望み、S藤さんが「ここで船に乗り換えて、さらに奥地へ向かった」と説明してくれました。
早速、お昼を河辺のレストランでご馳走になり、さらに車でつり橋を見に連れて行ってくれましたー!
走っている車から上をパチリ。
つり橋の後は、私の大好きなビール!じゃない、ドッカ!
つまり、日本語で言う「ドック」を改造して、おしゃれなレストランやバーにした所へ。
そして、やっぱり私の好きな生ビール!
今回は初の果物で作ったビールを飲みました。
ちょっと甘かったです。
さらに・・・
私は「アサイ&タピオカ」アイスを食べました。
過去2回、ドッカでは飲んでばかりいたのですが、今回は中2階になっているショップ(店)部分もご見学。
午前中に行ったマラジョー焼がこちらでは数倍のお値段で売られていました。
いやぁ、本場で買っておいてよかった。
でも、お店のお姉ちゃんがインディアン(=インジオ)の格好をしてました。
一緒に記念撮影。
とっても愛想が良くて、カワイイお姉ちゃんでした。
それにしても、完全なインディオではないと思うんだけれども、多少、その血は引いていると思います。
とても小柄なお姉ちゃんでした。
そして、夜はプリマヴェラさんお手製のフランゴ・ノ・ツクピー。
ピリピリするジャンブーの草が刺激的。
何度食べても、最初の1口は、ドキドキしちゃうぶらこでした。
リオ
本当は昨日のブログに入れるべき写真なんだけれど…
あんまりにもきれいだったので、本日ご紹介。
さて、テレゾ・ポリスで有名な「神の指 」。以前も紹介しましたが、今回は指を横から見たらどうなるか?
こ~なっちゃうんです↓↓↓。
テレゾ・ポリスからリオへ向かう途中。
我々を乗せたDちゃん車(カー)が父・ I 田さんの命令で急に道の路肩へ。
ブラジルではよく道路脇でいろいろな物が売られています。
何を買ったかと言うと…
モンキーバナナ。
とっても小さくてすっごく甘いバナナ。
「これが昼食だぞ!」
冗談のうまい I 田さん。
まさか!とは、思ったのですが・・・。
翌9日はサンパウロ州は州の独立記念日でお休み。
そのせいか、はたまたリオが人気の観光スポットだからか???
くり出した人が多かった!
「リオ」と言ったら…という2つの名所へ行ってみると・・・すごい人。ひと。ヒト。
まずは午前中行くべき「コルコバードの丘」。
そうキリスト像です!
でも、私しゃ登りませんでしたー!
だって、38レアルもするんだよ~。
M子すまん。
でもまぁ、一緒に行った日本人2人が共に登ったので、写真撮影もバッチリ。
大丈夫だったでしょう。
私はそこで、出発前のお姿をパチリ。
登山列車でいってらっしゃ~い。
ドロボーに気をつけてね~~。
次は「砂糖の山」こと「ポン・デ・アスーカー」。
これも始めて行くというお二人と I 田さんにお任せ。
代わりに下からご一行様がお乗りになったゴンドラをカシャリ。
ゴンドラを2つ乗り継ぎ、砂糖の山からリオの風景をご覧頂けたか、と思います。
ビンボー案内人のぶらこが、皆さんを待つ間に見たものは・・・
なぜか、アメリカのメジャーで活躍するイチローのシャツを着た子供。
英語で話していたので、たぶん、アメリカ人でしょう。
つくづく「リオは世界のリゾート地、世界3大夜景の1つなのね」って事でした。
もっとも、「3大夜景」の言葉で、なぜか我々の口から出てきた地名は「函館」「六甲」「長崎」と日本の3大夜景地を叫んでいたのでした。
とても海外に住む人間の土地勘とは思えない発言の数々。。。
そして、まさか、まさかの朝の I 田さんの予言どおり、我々の昼ごはんはバナナのみ。
ぺこぺこに腹を空かせた一同がようやく夕食にありついたのは夕方5時近く。
その後、M子と私はリオを後にし、ベレンへと飛行機で飛び立ったのであった。
フェスタ・ジュニーナ(6月祭)と空
さて、せっかく日本から来たのに七夕じゃあ、申し訳ないので、さっそくリベルダーデを脱出して、リオ・デ・ジャネイロへ向かうことに…。
お金に余裕のないぶらこの案内ですから、サンパウロ→リオ間は当然、バス。
サンパウロのバスターミナル「チエテ」へ行くと、そこには…
そう、フェスタ・ジュニーナ(=6月祭)と呼ばれる祭りの人形が飾られていました。
もう、7月だけど・・・。
ちなみにフェスタ・ジュニーナは昔の田舎の子供の格好をして、歌ったり、踊ったりする祭りで、収穫を感謝するような意味合いもあるのかな。
ブラジルではまず、学校では必ず行われます。
そんな人形を見ながら、バスで一路リオへ。
途中、↓「ノッサ・セニョーラ・ダ・アパレシーダ」と呼ばれる、ローマのバチカンに次いで大きなローマ・カトリックの教会を左に見てバスは走ること約6時間。
ようやくリオに着きましたー!
お友だちの I 田さんの息子さんDちゃんが7人乗りの車を借りて来てくれて、お迎えに来てくれています。
早速、リオ市内から I 田さんの住むテレゾ・ポリスへ。
途中、ニテロイ市の高所からリオ市内を見ようと小山へ登ると…。
な~~~んと!
楽しそうな空飛ぶ遊びが行われているじゃありませんかーーー!
何とかと煙は高い所が好き!
その間違いなく「何とか」の私はもう、飛びたくてしょうがない。
聞くと、100レアル(約6500円)でタンデムで飛んでくれるそうな。
ちょっと高いけれど、久々の空!
20分から40分のフライトだそうで、かつて、熱気球をしていたぶらことしては、やりたくて仕方がないんだけれども・・・、やりたそうなのは、体育大学の現役大学生Dちゃんと私だけ。
メイン旅行者のM子はひとつも興味がなさそう。ウルウル。
夕方だったこともあり、明日へ希望を繋ぎ、Dちゃんと私はヨダレをたらしながら、その場を後にしたのであった。
ちなみになぜか、この山で本物のフェスタ・ジュニーナっ子にお目にかかりました。
本日の日記はフェスタ・ジュニーナ(6月祭)に始まって、フェスタ・ジュニーナ(6月祭)に終わる。
お後がよろしいようで・・・。。。 7月だけど・・・。。。




















































