現実逃避
うーん。
試験勉強がはかどらない!!
ダメなんですよね、試験勉強って。
試験期間がうまく使えないんです。
時間があると、思考か読書に走るので。
先週、大澤真幸先生の『恋愛の不可能性について』をついつい購入してしまいました。
文庫版になっていたので。
筑摩学芸文庫。
まぁ、「恋愛」論に興味があったというよりは、「大澤真幸」に興味があったわけです。
「若い男が・・。気持ち悪っ」とか言わないください。
社会学に興味があるひとにはおなじみの先生ですね。
以前から読んでみたかったんです、大澤先生の本。
まだ、ぜーんぜん読んでません。
クリプキがでてきてました。
面白そう。
読みたいなぁ・・。
読みたい。
ダメだ、試験勉強しないと。
終わり。
じゃんじゃん。
時間の発見・人間の終焉
昨日、ニュース23に養老さんが出ていました。
筑紫さんとの対談です。
成人の日ということもあってか、今の若者(子供)について語っていました。
<"自分探し"は必要ない>
と言ってました。
社会的役割と「自分」を一緒にするな、と。
養老さん曰く、
どんな社会的役割を振り分けられたとしても、「自分」は「自分」だ。
だから、フリーターのいう
<自分にあった仕事を探している>
というのはおかしな話だ
と。
他には、都市化社会における「感覚」の欠如の話がありました。
養老さんがいつも言っていることですね。
最後に、養老さんは
<まだ希望はある>
と言ってました。
<都市化される前の社会にもどれ>
と。
なんか、ルソーの
<自然に帰れ>
みたいですね。
しかし、やはりそれは難しいですよね・・。
養老さんは
<誰が無理だって試したんだ?>
と言ってました。
以前こんな文章を読んだことがあります。
現代人は自然を求めてキャンプをしに山や海に行く。
そこには勿論、炊飯ジャーもなければテレビも無い。
それが彼らの求めていた「自然」。
しかし
彼らの腕には必ず腕時計が・・・
どうしても時間が気になってしまうんですね、現代人は。
おかしなものです。
いや、「時間」がです。
どこにあるのやら、時間って。
これ、物理的にも、哲学的にもよく問題になっています。
郡司先生曰く
<生命とは時間の別称だ>
と。
なんてスリリングなことを言うのだろう。
ちょっと「原生計算と存在論的観測」をつまみ食いしたら書いてありました。
これは春休みに読もうと思っています。
試験が終わったら一気に読みます。
まあ、正直「読める」自信ないですが。
暫くの間、「時間」がキーワードになるかもしれません。
もし本当に郡司先生の言っていることが正しいのであれば。
そして、僕自身は「生命と時間」という軸に加えて「人間と時間」という軸で考えてみたいと思っています。
あれ?
面白いですね。
人間も時間も「あいだ」という漢字で成り立っています。
「あいだ」
これも最近のキーワードです。
木村敏さんが「あいだ」という本を書かれていた思います。
鷲田先生もそんな本を書いていたような・・・。
「あいだ」かぁ・・・。
まさに「複雑系」ですねぇ・・。
「あいだ」は言い換えると「差異」とも言えるかもしれませんね。
人と人との相互作用
時と時の相互作用
もし時と時の相互作用(若しくは「差異」)である時間から生命が紡がれるのであれば
そこから人と人の相互作用である人間を眺めることが出来るかもしれません。
人間は「終焉」したのではなくて、まだ「発見」すらされていないのかもしれない。
そして、人間が「発見」された時、人間は「終焉」を迎えるのではなく、「始まり」を迎えるのかもしれない。
どうでしょうか?
LIVE FOREVER
今日ちょっといろいろなブログを探検してみました。
面白いですね、ブログって。
思わず"読者"になってしまいました。
yk-meronさん、yurika00さん、見ているかわかりませんが、よろしくお願いします。
でもね・・・
なんだか同時に凹んでしまいまして。。
「何か生き生きしてるなぁ、人々は」
と思ったわけです。
それに比べて僕は・・・
「死なないでいる理由」とか読んでるわけです。
やれやれ・・・
時間ができるといつもこれですからねえ・・・
やはり忙しい日々のほうが僕には向いています。
なんだか「生きてる」って感じがするような気がするんですよね。
一方で・・・
やっぱりそれは「生きてる」という実感ではなくて、「死ぬ」という実感を忘れられることからくる消極的な「生」であって、「生」の消極的肯定なんではないか?
とも思うわけです。
転がり落ちる石のように進んでいく毎日と
転がり落ちる石を支えているような毎日と
どちらが「幸せ」なのでしょうか?
わかんないなぁ。
前者には「意志」がないから嫌だ。
後者には「自由」がないから嫌だ。
ということは・・・
自分の「意志」で転がり落ちる石になればいいわけだ。
森光子のでんぐり返しのように。
そして、自分でも気づかないうちに死んでしまう。
それでいいのかもしれない。
しかし、気がかりな言葉がある。
<ひとりで幸福になろうとしても無理よ>
(寺山修司 「幸福論」 in 鷲田清一 「死なないでいる理由」)
転がる石はいつも孤独だ。
Oasis Live forever
Maybe I don't really want to know
How your garden grows
I just want to fly Lately did you ever feel the pain
In the morning rain
As it soaks it to the bone
Maybe I just want to fly
I want to live I don't want to die
Maybe I just want to breath
Maybe I just don't believe
Maybe you're the same as me
We see things they'll never see
You and I are gonna live forever
Maybe I don't really want to know
How your garden grows
I just want to fly Lately did you ever feel the pain
In the morning rain
As it soaks it to the bone
Maybe I will never be
All the things that I want to be
But now is not the time to cry
Now's the time to find out why
I think you're the same as me
We see things they'll never see
You and I are gonna live forever
We're gonna live forever
Gonna live forever
Live forever
Forever
思考の冬・極寒の哲学
1月のはじめに愚痴をこぼして以来のブログです。
実は一月の初めから結構長い文章を書いていたのですが、データを紛失してしまって、おじゃんになってしまいました。
まあ、いいですが。
ところで
寒いですね!!
いや、東京では雪こそ降らないものの、とはいえ実に寒いです。
そんな寒空の中、古本屋をめぐっていましたら、
なんと!!
郡司ペギオ幸夫先生の「原生計算と存在論的観測」を発見いたしました。
*ちなみに、「内部観測」は12月中に読み終えました。
6300円くらいの定価ではさすがに手が出ないのですが、
3700円でした。
いや、それでも高い・・・。
悩んだ挙句、結局買うことにしたのですが、店主のおじさんが200円まけてくれて、3500円でゲットしました。
超ラッキー!!
そうなんです。
こういうときにやはり「ラッキー」って言ってしまうんですよね。
「ハッピー」ではなくて。
いや、じつはですね・・
昨日から大阪大学の鷲田清一先生の「死なないでいる理由」という本を読んでいまして、その中に、こんなくだりがあるんです。
<いつからだろうか、幸福な気分に包まれたとき、この国のひとびとは「ラッキー」と、Vサインを送るようになった>
言われてみれば、「確かに」です。
いや、実際今日古本屋で「ラッキー」って思ったんですよね。
その瞬間、「アッ」って。
この本、まだ全然読み進んでいないんですが、実に面白いんです。
こんなくだりもありました。
村上龍の「ラブ&ポップ」を引き合いに出すので、まずはその話題の場面を。
<今日中に手に入れよう、と決めた。大切だと思ったことが、寝ておきてテレビを見てラジオを聞いて雑誌をめくって誰かと話しているうちに本当に簡単に消えてしまう。・・・(ここで、「アンネの日記」のドキュメンタリーを見て感動したのに次の日には「JJ」(ファッション誌)を読んでいて「心がツルンとしている」自分に気づいた昨年の夏のことが語られる)・・・「アンネの日記」のドキュメンタリーを見終わって・・・自由に外を歩けるっての本当は大変なことなんだ、とかいろいろ考えて心がグシャグシャだった。それが翌日には完全に平穏になって、・・・心がツルンとして・・・自分の中で「何かが、済んだ」ような感じになってしまっているのが、不思議で、いやだった。今日中に買わないと、明日には必ず、驚きや感動を忘れてしまう。・・・>
この後、この子が援助交際をする、という話らしいです。
それを受けて、鷲田先生は
<これから起こることよりもむしろ<いま>というこの瞬間が刻々と消えていくことへのひりひり痛むような意識に見られるような、自己感情の同一性を維持することの難しさ>
というものを見出し、さらには
<じぶんの時間的な存在と空間的な存在とが、つまりは<世界の蝶番>がもろとも問題化してきている>
とおっしゃっています。
鷲田先生はこれらを「所有」の問題だとも言っています。
「自己(感情)の同一性の危うさ」みたいなものを論じるのは今の時代においては比較的容易かもしれません。
時代の変化が速くなり、物事も次から次へと変化していく。
情報化社会において情報は容易に複製・消去される。
そんな中で、自己の同一性が各々の人々のなかで揺らいでしまってもおかしくない。
といった感じで。
かなり端折ってますけど、「グローバル化」や「インターネット」による時間距離の大幅な短縮、バーチャルな空間における「自己複製的自己」の登場、みたいなことと絡めれば、もしかしたら面白いことがわかるかもしれませんね。
何はともあれ、少なくともこのような現実を受け止めなければいけないわけです。
こうしてブログをつけるということも自己同一性の崩壊に対する抵抗なのかもしれません。
今年は、このようにできるだけ自分の考えをアウトプットできるようにしたいと思っています。たまたま立ち寄った方、僕が誰だか知っている方、是非ともコメントの一つでも残していってください(これも自己同一性の確保のための他者の視線の獲得か!?)。
では。
- 郡司 ペギオ‐幸夫
- 原生計算と存在論的観測―生命と時間、そして原生
- 鷲田 清一
- 死なないでいる理由
あけました!!
あけましておめでとうございます!!
アケオメ!?
・・・。
っていうか、何なんですかね
「アケオメ」
って??
大体略しすぎでしょ、最近の人。
BoAが「メリクリ」って曲出してませんでしたっけ?
はじめ意味わかりませんでした。
「メリークリスマス」ぐらいきちんといいなさい。
まったく・・・。
まあ、新年早々愚痴るのも何ですが・・・。
でもね・・・
また住宅騒音問題が勃発しました。
もうやだ、このアパート・・・。
静かに暮らせないんですかね?
なんか、フリーターらしいです、その問題の男。
何してんだか・・・。
彼、結構crazy guyなんですよね。
もう、うんざりです。
朝の6時から騒ぎ始めるなんてねぇ・・・。
しょうがないので引っ越すことにしました。
僕も今大事な時期なので。
今年院試があるんです。
今いる学科にいてもすることがないので。
まあ、この話は後々何度も出てくるでしょう。
正月なのに不愉快だー!!
何で朝の6時に起こされなきゃいかんのだー!!
どれだけ暇なんだ、フリーター!!
とまぁ、叫んだところで気分は優れないわけで・・・。
ホント、ウンザリだなー。
胃がイターイ。
明けろ、年!!
いよいよ2006年です。
1996年から10年も経ったんですね。
早いなあ。
まさに「月日は百代の過客にして行きかふ年も又旅人なり」ですね。
いつまでも若くありたいと思うのは、僕だけでしょうか?
この前、歯医者に行ったときに、「まだ若いから・・・」みたいなことを歯医者のおネエちゃんに言われました。
まだ若いのかぁ・・・。
良かった・・・。
でも、イトコには「おじさん」って言われてしまいました(彼女は17歳なのです)。
まぁ、高校生のころに比べたら随分落着いたし、確かにあのころから比べたら「おじさん」です。
ま、誰でもいつか「おじさん」になるわけですしね。
いつまでも「やんちゃ坊主」ってのもどうでしょう?
昨日C.P.Snowの「二つの文化と科学革命」を読んでいたのですが、まぁ、イギリスの階級社会のすごいのなんのって。
でも、Snow自身は貧しい出だそうです。
そして、Sirの称号までゲットしたわけで、英雄なわけで・・・。
って、そうかなぁ?
Sirの称号とか貰ってなんかなるのでしょうか?
日本でもありますよね。
文化勲章?
何等とかあるんでしょ?
うーん、いらないなー。
あれ、断れるんですかね?
まあ、僕には縁のない話なので、そんな心配必要なしですが。
アウトローでいいじゃない。
みたいな。
みたいな・・・。
ま、何でもいいんですけどね。
気にしなーい、気にしなーい。
ちょっとは気になる・・・。
いやいや、気にしなーい。
すいません、取り乱しました。
来年はいい年になるといいなー。
っていうか、いい年になれ!!
さっき神社に人が沢山いたなぁ。
行ってみようかな。
行ってどうなるわけでもないが。
こうして2005年は音をたてながら突然終わりを告げるのでなく、すすり泣くように静かに終わっていくのだ。
みたいな!!
C.P. スノー, Charles Percey Snow, 松井 巻之助
Goodbye 2005
いよいよ2005年も終わりです。
いやはや、今年もいろいろありました。
何かあったっけ?
うーん。
読んだ本のことばかり思い出されます。
今年一番よかった本は・・・
何だろ?
ストロガッツの「SYNC」と野矢先生の「無限論の教室」は結構記憶に残ってますね。
どちらもその後の読書に影響を与えました。
映画もまあまあ観た気がします。
アキ・カウリスマキの作品をよく観ました。
一番よかった映画は・・・
何だろ?
「クレーマー・クレイマー」と「ビューティフル・マインド」はなかなかでした(カウリスマキ作品ではないですが)。
村上春樹の小説を映画化した「トニー滝谷」もよかったです。
あとは・・・
スパイク・ジョーンズが監督の「アダプテーション」もふざけた感じで面白かったです。
スパイク・ジョーンズと言えば、洋楽好きならビースティー・ボーイズやファットボーイ・スリムのPVを手がけたことでも有名ですよね。
「マルコビッチの穴」の監督だと言えばピンとくるかたも多いでしょう。
本当はもっと観たい映画たくさんあるのですが、暇がないのです。
やるべきことはたくさんあるわけで・・・。
まぁ、趣味の洋楽にもそれなりには興じました。
今年一番のアルバムは・・・
何だろ?
うーん・・・
Spacecowboyの「Big City Nights」はよかったです。MYLOの「Destroy Rock'n roll」も今年の作品でしたかね。
もしかしてGo! Team のアルバムも今年?
もしそうなら、それが一番です。
しかし、ロック界にもそろそろ新星が現れてもいいんですけどね。
ロックじゃないですけど、spark wood っていうバンドがいい感じでした。
でも、今年はダンスミュージックが豊作の年でした。
ダフト・パンクもケミカルブラザーズもアルバム出してたし。
Basement Jaxx はベストアルバムを出すし。
来年は1月1日からストロークスがアルバム出すので、ぜひともロックな年になっていただきたいものです。
リバティーンズももうダメっぽいし、やんちゃなやつらがイギリスから出てこないもんですかね・・・。
まぁ、来年も洋楽は趣味として生き続けることでしょう。
お腹が空いたので終わり!!
冬本番
久々の更新です。
誰も更新を待ってないのでたいしたことではないですが。
忙しかったんです。先週まで数週間。
試験がありまして。
まぁ、僕にとってはあまり重要ではなかったんですが。
勿論それなりに勉強はしましたが。
ところで、いよいよ冬本番といったところで、昨日は全国で大雪だったとか。
東京は降りませんでしたけど、雪。
とりあえず、今朝も我が家は家の中でも息が白かったです。
こうなると、いよいよ冬なんだなぁと感じるわけです。
大学に自転車で行っているのですが、とにかく寒い。
毎日ダウンジャケットを着てがんばってます。
気温が下がって、空気が乾燥していると、ウィルスが活発化して風邪をひきやすいって言われました。
ホントかどうか知りませんが、僕は風邪をひいてしまったようです。
そういえば、昨日吉野家で「すき焼き定食」を食べたのですが、なかなか美味しかったです。
でも、鍋食べたいなー。
鍋、鍋、なべ・・・。
蟹もたべたいなー。
蟹、蟹、かに・・・。
蟹鍋かぁ・・・。
お腹すいたなぁ・・・。
では、今日はここら辺で。まだまだやることは沢山あるので。
「どうにでもなれるヒト」と「どうにもならないヒト」
いつも思うことがある。
その人の話を聞けば、その人がどの程度のヒトかということが僕には分かる。
「コイツはどうしようもないな」と思ったヒトは付き合っていて、本当にどうしようもないから、ウンザリする。
「このヒトはそこら辺のヒトとはちょっと違うな」と思ったヒトは、先ず間違いなく面白い。
個人的に話をしたら、すごく話が盛り上がる。
この差は何だろう?
思考の過程をかけるほど今日は元気が無いから書かないが、正直結論付けている。
「物事を真剣に考えた・真剣に悩んだ」ヒトと「なんとなく」なヒトの違いだと思っている。
「なんとなく」なヒトは、たいていつまらない理論(理論にすらなっていない)で自分を固めている。
テレビやマスコミの情報を鵜呑みにするようなヒトはその類だ。
「なんとなく」なヒトは時に議論すらしない。
自分の考えを持っていないからだ。
きっと「なんとなく」なヒトの人生は「なんとなく」過ぎていって、「なんとなく」死んでいくのだろう。
そんな「なんとなく」なヒトを僕は「生きている」とは思えない。
少なくとも、「生きている」理由を誰からも見出されないのではないだろうか。
自分でも。
他人からも。
恋愛に走る?
恋人に自分の存在を認めてもらうって?
相手が自分に振り向いてくれなくなったら、殺すんでしょ?
医者にでもなって、他人の役にたっているという満足感に浸る?
自分を満足させてくれない人間(自分に感謝しない患者)は見放すんでしょ?
社会貢献のために働く?
社会貢献がしたいんだったら、JICAにでも参加すれば?
人間は利己的だ。
偽善的な利己的人間は最悪だ。
自分のやりたいことに意志を持ってはいかがか?
勿論他人に迷惑はかけないように。
随分意志のないヒトが多いような気がする。
きっと彼らは「なんとなく」死んでいく。
僕にとっても「なんとなく」死んでいくだけのヒトだから、どうでもよいが。
寒い!!
しかし、今日は寒かった。
これから自転車に乗って自宅に帰る必要があるので、過去形ではないが。
西日本は雪らしいです。
これから、4月くらいまですごく寒いんですよね。
ヤだなー。
ブログ立ち上げ当初に目指していたものとは随分違っていますが、ま、イイか。
いあや、実は松岡正剛さんの「千夜千冊」みたいなサイトにしたかったわけです、実は。
書評とかしちゃったりとかしてですね。
ま、僕の書評なんてただの感想文でありますが。もしくは紹介文。
でも、千夜に千冊も読めたらすごいですよね。
別に松岡さんも千日間で千冊紹介してるわけではないですが。
一年に百冊くらいは読んでおきたですよね、学生のうちに。
しかも、学部生のうちに。
ということで、百冊には満たないものの、それに近いくらいは読んでいるしだいであります。
かなり専門的なことを研究し始めても、五十冊は毎年読んでおきたいですね。
それくらいの教養はあっていいんではないでしょうか?
ま、本を読んでるだけで教養人だなんて言っていると、村上陽一郎先生に怒られてしまいますが(詳しくは、下記の本を参照にしてみてください)。
しかし、村上先生の云うところの「教養」は非常にシビアです。
「ひじをついてはいけない」、とかなんか覚えてないですが、本の一番後ろに「教養を身に付けるための百か条みたいなものが載ってるんです。
僕は「こりゃ無理だな」と思いました。
個人的には加藤周一氏が言っている「教養」のほうが好きです。詳しくは、下記の本を参考にしてください。
外は寒いですが、心はホットに毎日をすごして行きたいと思います。
最後でスベった・・・。
- 村上 陽一 やりなおし教養講座
- 加藤 周一, 徐 京植, ノーマ フィールド, Norma Field
- 教養の再生のために―危機の時代の想像力


