「どうにでもなれるヒト」と「どうにもならないヒト」 | GIRLS AND BOYS

「どうにでもなれるヒト」と「どうにもならないヒト」

いつも思うことがある。


その人の話を聞けば、その人がどの程度のヒトかということが僕には分かる。


「コイツはどうしようもないな」と思ったヒトは付き合っていて、本当にどうしようもないから、ウンザリする。


「このヒトはそこら辺のヒトとはちょっと違うな」と思ったヒトは、先ず間違いなく面白い。


個人的に話をしたら、すごく話が盛り上がる。


この差は何だろう?


思考の過程をかけるほど今日は元気が無いから書かないが、正直結論付けている。


「物事を真剣に考えた・真剣に悩んだ」ヒトと「なんとなく」なヒトの違いだと思っている。


「なんとなく」なヒトは、たいていつまらない理論(理論にすらなっていない)で自分を固めている。


テレビやマスコミの情報を鵜呑みにするようなヒトはその類だ。


「なんとなく」なヒトは時に議論すらしない。


自分の考えを持っていないからだ。


きっと「なんとなく」なヒトの人生は「なんとなく」過ぎていって、「なんとなく」死んでいくのだろう。


そんな「なんとなく」なヒトを僕は「生きている」とは思えない。


少なくとも、「生きている」理由を誰からも見出されないのではないだろうか。


自分でも。


他人からも。


恋愛に走る?


恋人に自分の存在を認めてもらうって?


相手が自分に振り向いてくれなくなったら、殺すんでしょ?


医者にでもなって、他人の役にたっているという満足感に浸る?


自分を満足させてくれない人間(自分に感謝しない患者)は見放すんでしょ?


社会貢献のために働く?


社会貢献がしたいんだったら、JICAにでも参加すれば?


人間は利己的だ。


偽善的な利己的人間は最悪だ。


自分のやりたいことに意志を持ってはいかがか?


勿論他人に迷惑はかけないように。


随分意志のないヒトが多いような気がする。


きっと彼らは「なんとなく」死んでいく。


僕にとっても「なんとなく」死んでいくだけのヒトだから、どうでもよいが。