Gold mt Eggs NLPトレーナー 西川兄弟による 旅と歴史のブログ -14ページ目

イングランド ブライトン


イギリスのブライトンシティー。

ここは、ジョン・グリンダーのトレーナーズトレーニングの会場である。


バンドラーのトレーナーズトレーニングで会った、イギリス人達とブラジル人と再会を祝し、
まずは、乾杯。



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次いで、あとは、あまり遊ぶ暇もなく、厳しいトレーニングの日々。
グリンダーの試験の方が、厳しすぎるくらい厳しい。

日本で受けるよりはるかに難しいのだ。それを分かち合った色んな国の友人たちと記念撮影。

この時の気持ちは忘れもしないだろう。




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香川の旅

香川といえば、最近は、うどんの製麺所が有名だ。

だが、せっかく、香川に行っているのであれば、それ以外にも立ち寄りたいもの。


二つばかり紹介しようと思う。

まず、有名なのは、やっぱり、こんぴらさんで有名な金刀比羅宮だろう。
長く続く参道の石段が有名で、奥社まで登ると1368段にもなる。

通常は、700段くらいの本社までの人が多いようだ。金毘羅講に代表されるように古くから参拝者を広く集め、参道には当時を偲ばせる燈篭などが今も多く残るし、桜の季節などはとても綺麗だ。

修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山(象頭山)に神験に遭ったのが開山の縁起とされているようだ。



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次に、玉藻城(高松城)。ここは美しい城だ。堀には珍しく、鯛などが泳いでいる。
驚きだ。

生駒親正によって築かれ、水戸黄門徳川光圀の兄の松平頼重によって改修されたものである。

水戸黄門は、兄を差し置いて自分が水戸藩の世子となった事を気に病み、兄の子と自分の子を交換して、お互いの家の世子とした。兄弟仲良くしたいものである。

城の中も美しく、この城は立ち寄る価値があると思う。

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鹿児島の旅

我々兄弟は、戦国時代の島津四兄弟が好きで、その歴史を読み、いつか、鹿児島に行きたいと
思っていた。

戦国時代、島津氏には、四人のすごい兄弟が居た。

総領の義久:長男、武略の義弘:次男、知謀の歳久:三男、兵術の家久:四男である。

祖父の島津忠良は「義久は三州の総大将たるの材徳自ら備わり、義弘は雄武英略を以て傑出し、歳久は始終の利害を察するの智計並びなく、家久は軍法戦術に妙を得たり」と兄弟の個性を見抜いた評価を下しており、兄弟に期待していた。

義弘は関が原の引き口で有名であり、家久は、沖田畷の戦いで、わずか三千で竜造寺軍を撃破殲滅している派手な武功で有名だ。

そのため、ここでは、三男歳久を紹介する。

彼らは力を合わせて、九州を統一寸前まで進軍。すんでのところで、豊臣秀吉軍の来襲を受ける。

その時、主に兄義久の傍らで作戦参謀として活躍し、島津軍団の方針を左右する立場にあった三男の歳久は、秀吉を「農民から体一つで身を興したからには只者ではない」と評価して、四兄弟中ただ一人上方との和平を唱えたが、次男義弘、四男家久が主戦に傾き、家臣団が主戦論に傾いたため、義久も迷った挙句に主戦に決めてしまう。

これが結局は命取りとなった。勝っている時に、退く事がどれほど難しいのか、という実例であろう。

それが出来る歳久は、黒田官兵衛や竹中半兵衛と並ぶ、戦国最高の軍師であると思っている。
もう少し言うと、義久・義弘の二兄と弟家久が秀吉に降伏した後、今は降伏の時期を逸しているとし、秀吉軍を険相な路に案内し、秀吉の駕籠に矢を六本射かけさせた予め襲撃に備えた秀吉の駕籠は空駕籠にしていた為、秀吉は難を逃れたが、全国を見渡しても、関白となった後の秀吉に対してここまで徹底した反骨を見せた者は九戸政実くらいである。

結果、島津家は命脈を保った。歳久自身は、朝鮮出兵の際、謀反の嫌疑をかけられ、自害。
自害の際もドラマティックである。

ある日、兄の義久から、呼び出しを受けた歳久は、何故か戦時と同様、鎧兜を持参。
その中には、辞世の句を縫い付けてあった。

歳久が城を出たのを見計らい、義久は秀吉に命じられていた追討の軍勢を出す。
「晴蓑(せいさ)めが 玉のありかを 人問わば いざ白雲の上と答へよ」と書かれていたと言う。

歳久は、自らの死期も悟っていたのである。その歳久の居城、宮野城には小さな資料館が残っている。

なお、義久は、そののち、徳川家康と面会し、家康に武功話を聞かせて欲しいといわれた際、
こう答えている。「私には、優秀な弟たちがいただけで、私自身には何の武功もないのですよ。」と。それを聞いた家康は、島津龍伯(義久)こそ、まことの英雄であったと褒め称えた。

小人は、自らの功を誇りたがるものであるが、彼はその功を弟の者であると宣言したと言う
事からである。

兄弟で争う者に、聞かせたいような逸話ではないか。

このような兄弟が、誰一人として、反旗を翻すことなく、仲良く、和をもっていたところに、
我々は好意を感じるのだ。




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鹿児島神宮。
「神武天皇の時に天津日高彦穗穗出見尊の宮殿であった高千穂宮を神社としたもの」と記載されてはいるが、実際の所は「あまりにも古くてはっきり分からない」と言うのが正しいようだ。

そのくらい古い。

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仙巌園からみえる桜島。絶景だ。


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島津の博物館と名勝仙巌園。

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鶴丸城跡から見る、桜島。ここでは、焼き芋が売ってる。相当おいしい。
お釣りは、かなり古い昔の100円玉でくれるのが、また良い。


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川内では河童が有名なようだ。


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指宿からもう少し南。開聞岳。薩摩富士と呼ばれる。開聞神社から。


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砂蒸温泉で汗を流した次の日は、指宿橋牟礼川遺跡で歴史を感じましょう!

























アメリカ旅行記~フロリダ オーランド~ 

我々兄弟は、フロリダのオーランドへ、NLPのトレーナーズトレーニングで赴いている。

ここは、素晴らしいリゾート地で、トレーナーズトレーニング以外にもものすごく楽しめる土地だ。


幾つか写真をまじえて紹介したい。






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ここはSEAWORLDと言う水族館兼遊園地のようなところ。
写真はマンタという乗り物で、スーパーマンのような態勢で移動するので、激怖だ。

マナティという変わった動物がいたり、変わったエイが見れたり、なかなかおもしろい。
ちなみに、急流滑りでは、日本と違って本当にずぶ濡れになるので、注意がいる。

人間乾燥機なるものが、置かれている。

全身白い服を着たお姉さんたちは、透け透けで、あられもない姿になっていた。
本人たちは、笑っていた(海外の人はおおらかだ)が、仰天する事になるので、服装にも注意すべしだ。白い服白い下着だと結構恥ずかしい事になる。






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ここは SKY VENTURE WORLD。

スカイダイビングの疑似体験と言うことで、少し風圧を受けて舞い上がる事ができる。
それなりに楽しい。



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NASA (ケネディ宇宙センター) スペースシャトルの発射台や、3Dシアターであの月面着陸の瞬間を味わえるなど、一日かけて楽しめる。







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本場の Universal Studio 。 日本と違って、待ち時間はかなりマシ。
乗り物は本当に楽しい。












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ここは、Miami(実はヌードビーチ;人と離れた所から撮影)。

注意しないといけないのは、ヌードビーチがある。

知らずに入ってしまった我々は、遠くから肌色の水着を着たお姉さんがあるいてくると思っていたら、全裸で、びっくり。

ふと、見渡すと、そう言う人だらけ。 でも、サングラスと帽子、靴下だけは、はいてたりするから、何をしたいのか、わからん。

しかし、男の裸は見たくない。なんか気色悪い。
なので、お姉さんの方を見て、気分を打ち消す。

そうこうしている内に、とても疲れてきてしまった。

さすがに、人前で全裸にはなりたくないが、ビーチバレーやってる男性の一部(怪我したら危ないんだろうな・・)以外はほぼ全裸なので、自分だけ海パンはいて海に入るのも気が引けてしまって、すぐさま帰る。


注意して行きましょう。 

なお、我々と同様に迷い込んだ家族連れが居たが、困っていた。

後で、周辺の施設の人に聞くと、普通のビーチもあるとの事。

海自体は綺麗だったし、それを見れたから、まあ良いか。と思う次第である。

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そして、ディズニーランド。 ここは凄い。水着で行くプール系が三つ。普通に行く所が四つ。
合計七つのエリアに分かれていて、数日かかる。

どのエリアも色々楽しめる。色々としかいいようがないので、是非行ってみて下さい。

充分に、四、五日はここだけで遊べる。


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trainers training の会場にて。

お約束の記念撮影!



中国旅行記~大連~

中華人民共和国。大連市。ここは、元ロシアの植民地で、旅順要塞付近である。

それゆえ、今でもロシア街があり、ロシア人っぽい人も時折みかける。

旅順といえば、203高地で、乃木希典だろう。一般に彼は愚直な軍人の代名詞のように
思われているが、事実は少し異なる。

日露戦争時、何とかロシアの南下政策から、国を守るには、ロシア艦隊の撃破が必須であった。
ロシアには極東艦隊(旅順港など)とバルティック艦隊(バルト海付近)がおり、両艦隊に合流されては、日本艦隊に勝ち目は薄かった。それゆえ、バルティック艦隊が日本近海に現れる前に、
極東艦隊を撃滅しておきたかったのである。

しかし、極東艦隊は、日本艦隊との決戦を避け、旅順港に逃げ込んでいた。
それゆえ、海軍から陸軍に要請が入る。陸から大砲を持って、旅順停泊中のロシア艦隊を撃破して欲しいと。

乃木大将は、日清戦争時、わずか二日で、清国当時の旅順を陥落させていた実績があった。
しかし、言ってみると、情報に漏れがあり、旅順は、トーチカまでが存在する、超近代要塞に
生まれ変わり、とても、陥落させる事すら困難な状態であった。

そこで、乃木大将は、小高い別の山のみを奪取し、そこから砲撃することで、ロシア艦隊撃破必至という報告を大本営にする。ただし、砲門の射程内ではあるものの、港を一望できないため、
確定性は証明できなかった。

そのため、海軍は納得せず、陸軍大本営は、203高地に固執する。現地司令官の判断が無視されたのである。203高地には、木がなく、上から丸見えであり、狙い撃ちにされるため、被害が増大するのが見えていた乃木大将は、大本営からの指示を無視し、旅順の地下を掘り進み、出たところを、火薬で爆破し、トーチカを無力化して、突入する作戦をとるなど、犠牲を最小限にとろうと努力する。しかし、その起死回生の作戦も、トーチカ付近の装甲が厚く、結果は失敗。

そんな中、ついに、バルティック艦隊出撃の報が、トルコから入ってくる。

もう時間的余裕が尽きた、乃木大将は、ついに、203高地攻略作戦を実施するのだ。
そして、大量の犠牲を出して203高地を奪取。そこからの砲撃で、残存していた僅かの艦艇も破壊。日本海海戦での完全勝利になっていくのである。

その大連だが、町はそんなに広くない。

虎老公園がある。遺跡と水族館とが混じったようなところだ。



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ここは鍾乳洞の入り口。

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なぜか、お札を貼られている亀がいる。

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変わった魚。


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公園の全体図。


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ロシア人街。



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中心部の広場。


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勝利橋。


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海辺の風景。レストラン街から見える。


迷うこともないし、お姉さんたちは綺麗。
夜店では、ドリアンが売ってたりする。
ただし、中国語。

一日二日は、そこそこ楽しめる土地だった。