スコットランド旅行記
我々が好きな国の一つ、スコットランド。
ここには、誇り高きケルト人(ゲール人、ガリア人とも)の末裔たちが住んでいる。
英語は、ゲーリックイングリッシュ。
単語などが多少違う。乾杯は、Cheersも通じるが、Slatie Mhar だ。
かつて、イングランドと戦い、スチュワート王朝のジェームズ六世の時代、イングランド王の資格も
持つ、同スコットランド王は、イングランド王家断絶のため、スコットランドとイングランドの両方の
王を兼ねることになった。そして、王はロンドンに移動する。
しかし、時代が進み、数代後に、名誉革命が勃発。スチュワート王は、国外へ逃亡し、ドイツからオレンジ公ウィリアムがチューダー王朝を形成し、今に至る。
その際、スコットランドでは激震が走る。遠くロンドンで起きた革命だが、スコットランドはイングランドとは別である
という立場をとるものが多かった。
その時、スチュワート家を支持したのが、ジャコバイトと呼ばれるスコットランド人で、主にハイランドの人たちであった。ハイランダーと呼ばれ、伝説となった戦士たちである。
彼らの勢力を糾合したジェームズ皇太子は、フランスから一度はスコットランドへ帰国。戴冠式をあげ、ロンドンへ迫る勢いにまでなったが、決戦に破れ、その後、インヴァネスまで追い詰められ、ジャコバイトは消滅した。
歴史は時に非常である。
これ以外にも、中世では、ブレイブハートで有名な、ウィリアム・ウォレスの伝説もある。
ウォリスについては、是非、映画ブレイブハートを見ていただきたい。
大変、感動的な物語だ。
[プリンセスストリートから臨むエジンバラ城]
スコットランドと言えば、首都エジンバラである。ここはすごい。まるで中世にタイムスリップしたかのような街。
そこに、近代建築もうまく融合し、街の景観はそこなわれていない。
エジンバラは、長らくのイングランドとの抗争で、常に最前線の要衝でもあった。
それだけに、城の防備は非常に堅い。 今でも、昼には時間を示す空砲が撃たれる。
確か二時ごろであったように思う。
[エジンバラ城内]
城内は広く、たくさんの博物館が城内に存在する。日本語音声ガイドもあるので、お勧めだ。
[ホリルード宮殿]
エジンバラ城近くにある宮殿。
[ウィリアム・スコットを記念したスコッツモニュメント。スコット家はスチュワート家の傍系の子孫]
[市街地を走るバス]
[プリンセスストリートで見かけるパイプオルガン]
そして、スコットランド第二の都市がグラスゴーだ。
グラスゴーには、マッキントッシュの美術学校や、ステンドグラスで有名なグラスゴー大聖堂がある。
[グラスゴー大聖堂]
[グラスゴー プロヴァンスの館]
そして、ブレイブハートの舞台。スターリング。
スコットランド独立戦争はここでの勝利から始まった。
[スターリング城]
[ウィリアム・ウォリスを記念したウォリスモニュメント]
[ファーストクラスの電車内にて]
ここには、誇り高きケルト人(ゲール人、ガリア人とも)の末裔たちが住んでいる。
英語は、ゲーリックイングリッシュ。
単語などが多少違う。乾杯は、Cheersも通じるが、Slatie Mhar だ。
かつて、イングランドと戦い、スチュワート王朝のジェームズ六世の時代、イングランド王の資格も
持つ、同スコットランド王は、イングランド王家断絶のため、スコットランドとイングランドの両方の
王を兼ねることになった。そして、王はロンドンに移動する。
しかし、時代が進み、数代後に、名誉革命が勃発。スチュワート王は、国外へ逃亡し、ドイツからオレンジ公ウィリアムがチューダー王朝を形成し、今に至る。
その際、スコットランドでは激震が走る。遠くロンドンで起きた革命だが、スコットランドはイングランドとは別である
という立場をとるものが多かった。
その時、スチュワート家を支持したのが、ジャコバイトと呼ばれるスコットランド人で、主にハイランドの人たちであった。ハイランダーと呼ばれ、伝説となった戦士たちである。
彼らの勢力を糾合したジェームズ皇太子は、フランスから一度はスコットランドへ帰国。戴冠式をあげ、ロンドンへ迫る勢いにまでなったが、決戦に破れ、その後、インヴァネスまで追い詰められ、ジャコバイトは消滅した。
歴史は時に非常である。
これ以外にも、中世では、ブレイブハートで有名な、ウィリアム・ウォレスの伝説もある。
ウォリスについては、是非、映画ブレイブハートを見ていただきたい。
大変、感動的な物語だ。
[プリンセスストリートから臨むエジンバラ城]
スコットランドと言えば、首都エジンバラである。ここはすごい。まるで中世にタイムスリップしたかのような街。
そこに、近代建築もうまく融合し、街の景観はそこなわれていない。
エジンバラは、長らくのイングランドとの抗争で、常に最前線の要衝でもあった。
それだけに、城の防備は非常に堅い。 今でも、昼には時間を示す空砲が撃たれる。
確か二時ごろであったように思う。
[エジンバラ城内]
城内は広く、たくさんの博物館が城内に存在する。日本語音声ガイドもあるので、お勧めだ。
[ホリルード宮殿]
エジンバラ城近くにある宮殿。
[ウィリアム・スコットを記念したスコッツモニュメント。スコット家はスチュワート家の傍系の子孫]
[市街地を走るバス]
[プリンセスストリートで見かけるパイプオルガン]
そして、スコットランド第二の都市がグラスゴーだ。
グラスゴーには、マッキントッシュの美術学校や、ステンドグラスで有名なグラスゴー大聖堂がある。
[グラスゴー大聖堂]
[グラスゴー プロヴァンスの館]
そして、ブレイブハートの舞台。スターリング。
スコットランド独立戦争はここでの勝利から始まった。
[スターリング城]
[ウィリアム・ウォリスを記念したウォリスモニュメント]
[ファーストクラスの電車内にて]
イングランド旅行記
日英同盟100年を記念する。とは、イングランド人が良く口にする言葉だ。
長らく、英国は孤立している事を誇りにしていた。
その英国と初めて同盟を結んだのが日本であり、それは、英国にとって、
画期的な変化であった。
当時、いまだ先進国ではなかった日本にとっては大変重要な価値を持つ外交の成果でもある。
それ故か、イギリス人たちは、日本人には好意的な視線をなげてくれる事が多い。
ただし、詐欺まがいの行為も結構多いので、気をつけよう。
一見親切そうに見えても宜しくない事が結構多い。
ちなみに、英国としてしか、日本ではなじみが薄い方も多いかもしれないが、実は、四国の連合王国であって、
国家としては、四国ある。スコットランド、イングランド、アイルランド、ウェールズ。スポーツなどでは、それぞれ独立にナショナルチームを組織しているし、紙幣も独自の中央銀行が個別に発行している。
今回はその中で、日本人がイギリス(英国)として認知しているイングランドを多少紹介する。
イングランドといえば、まず、ロンドン。
[トラファルガー広場、国立美術館]
ナポレオン軍を海戦で破った、ネルソン提督を記念した広場。
この近くに、有名なミュージカルがある。また、中華街がある。
[レ・ミゼラブル]
どうも、このあたりでは結構人気らしい。我々も入ってみる。
綺麗な声、とても見栄えがするミュージカル。もう一度行って見たいものだ。
[ハイドパーク]
イングランドは基本的に雨が多い。地元の人は、傘を持ってなくても平気で歩いている。
タンクトップ一枚で、思い切り透け透けのまま、ランニングしている美人のお姉さんとかも、結構見かける。
感覚が違うんだろう。我々も、めったに傘ささないので、イングランドとかスコットランドの人たちと感覚が似ているのかもしれない。
[East Croydon駅のスタバと店員たち]
ここにはよく滞在して、毎日、ここで店員たちと話しながら、お茶を飲むのは一つの楽しみだった。
ちなみに、我々は、トミーに、マーと呼ばれる。
[ウエストミンスター]
[ウエストミンスター寺院]
中にはものすごい壮大な偉人の墓がある。
[タワーブリッジ駅から]
[ロンドン塔、タワーブリッジ]
ロンドン塔は、政治施設であり、暗い影もある。
タワーブリッジは、日本でも有名な「ロンドン橋落ちた~」の舞台。
[バッキンガム宮殿]
人が多いが、見所がたくさん。宮殿内はやたら広い。
[ロンドンから南に100キロ ブライトンの町]
舌平目が美味しい。海辺の綺麗な避暑地。
ただし、やはり少し肌寒い。10℃くらいか。でも、ビキニのお姉ちゃんが海水浴してたりする。
ここにあるRoyalPalaceは自然に囲まれた宮殿。
壁画などは中国風だった。
[ウインダミア編]
さて、ここからは、湖水地方 ウインダミア周辺の紹介。
ウインダミアはロンドンから北西にあり、三時間くらいかかる。
我々はスコットランドのエジンバラから行ったが、それも大体三時間くらい。
オクセンフォルムという駅で乗り換えて行く。
ここでは現地の一日ツアーに参加した。綺麗な湖水地方、ピーターラビットの誕生地もめぐる。
湖に、ローマ時代の遺跡、見所だらけ。
かなり綺麗だが、個人で回るのは難しいので、一日ツアー参加が良い。ただし、英語が大事。
[窓からの風景]
[有名なストーンサークル。 ただし、羊が放牧されてるので、糞だらけ。 サンダルでは行かないように。]
弟がサークルの真ん中にいるが、結構行くのは大変。(汗)
ここにあるような、たくさんの湖も楽しむ。
[湖での遊覧。確か、コニストンウォーターだったと思う。]
[ピーターラビットの誕生した地]
この車で回った。
[駅にて。]
長らく、英国は孤立している事を誇りにしていた。
その英国と初めて同盟を結んだのが日本であり、それは、英国にとって、
画期的な変化であった。
当時、いまだ先進国ではなかった日本にとっては大変重要な価値を持つ外交の成果でもある。
それ故か、イギリス人たちは、日本人には好意的な視線をなげてくれる事が多い。
ただし、詐欺まがいの行為も結構多いので、気をつけよう。
一見親切そうに見えても宜しくない事が結構多い。
ちなみに、英国としてしか、日本ではなじみが薄い方も多いかもしれないが、実は、四国の連合王国であって、
国家としては、四国ある。スコットランド、イングランド、アイルランド、ウェールズ。スポーツなどでは、それぞれ独立にナショナルチームを組織しているし、紙幣も独自の中央銀行が個別に発行している。
今回はその中で、日本人がイギリス(英国)として認知しているイングランドを多少紹介する。
イングランドといえば、まず、ロンドン。
[トラファルガー広場、国立美術館]
ナポレオン軍を海戦で破った、ネルソン提督を記念した広場。
この近くに、有名なミュージカルがある。また、中華街がある。
[レ・ミゼラブル]
どうも、このあたりでは結構人気らしい。我々も入ってみる。
綺麗な声、とても見栄えがするミュージカル。もう一度行って見たいものだ。
[ハイドパーク]
イングランドは基本的に雨が多い。地元の人は、傘を持ってなくても平気で歩いている。
タンクトップ一枚で、思い切り透け透けのまま、ランニングしている美人のお姉さんとかも、結構見かける。
感覚が違うんだろう。我々も、めったに傘ささないので、イングランドとかスコットランドの人たちと感覚が似ているのかもしれない。
[East Croydon駅のスタバと店員たち]
ここにはよく滞在して、毎日、ここで店員たちと話しながら、お茶を飲むのは一つの楽しみだった。
ちなみに、我々は、トミーに、マーと呼ばれる。
[ウエストミンスター]
[ウエストミンスター寺院]
中にはものすごい壮大な偉人の墓がある。
[タワーブリッジ駅から]
[ロンドン塔、タワーブリッジ]
ロンドン塔は、政治施設であり、暗い影もある。
タワーブリッジは、日本でも有名な「ロンドン橋落ちた~」の舞台。
[バッキンガム宮殿]
人が多いが、見所がたくさん。宮殿内はやたら広い。
[ロンドンから南に100キロ ブライトンの町]
舌平目が美味しい。海辺の綺麗な避暑地。
ただし、やはり少し肌寒い。10℃くらいか。でも、ビキニのお姉ちゃんが海水浴してたりする。
ここにあるRoyalPalaceは自然に囲まれた宮殿。
壁画などは中国風だった。
[ウインダミア編]
さて、ここからは、湖水地方 ウインダミア周辺の紹介。
ウインダミアはロンドンから北西にあり、三時間くらいかかる。
我々はスコットランドのエジンバラから行ったが、それも大体三時間くらい。
オクセンフォルムという駅で乗り換えて行く。
ここでは現地の一日ツアーに参加した。綺麗な湖水地方、ピーターラビットの誕生地もめぐる。
湖に、ローマ時代の遺跡、見所だらけ。
かなり綺麗だが、個人で回るのは難しいので、一日ツアー参加が良い。ただし、英語が大事。
[窓からの風景]
[有名なストーンサークル。 ただし、羊が放牧されてるので、糞だらけ。 サンダルでは行かないように。]
弟がサークルの真ん中にいるが、結構行くのは大変。(汗)
ここにあるような、たくさんの湖も楽しむ。
[湖での遊覧。確か、コニストンウォーターだったと思う。]
[ピーターラビットの誕生した地]
この車で回った。
[駅にて。]
栃木の旅~日光~
栃木と言えば、日光が有名である。
江戸300年の平和を築いた徳川家康を祀る日光東照宮がある。
観光客が多いためか、宿が良い。
風景も良く、家康はよくもこんな良い土地を見つけたものだと思う。
[神橋] ここを渡れば幸せがふりかかるとされる。橋を渡るのに幾らかかかる。
[華厳の滝]
日本三大瀑布である華厳の滝である。
かなり水量もあって、綺麗である。
[中善寺湖]
そして、日光東照宮と栃木の一宮の二荒山神社
[二荒山神社]
ふたらさんと読む。
3つの山の神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命)を総称して二荒山大神と称し、
この山々は神体山、いわゆる神奈備である。
諸説あるが観音菩薩が住むとされる補陀洛山(ふだらくさん)が訛ったものといわれ、
後に弘法大師空海がこの地を訪れた際に「二荒」を「にこう」と読み、
「日光」の字を当てこの地の名前にしたといわれる。
[東照宮]
東照宮は広い。見事な彫刻もあり、見所は十分である。
ここ日光は是非おすすめ。もう一度訪れたいところである。
富士山登山
富士山は日本一の山である。高さは、約3800メートル。
兄、知希トレーナーは、この年、初の富士登山に挑戦した。
出張後、大学の友人たちと待ち合わせ、AM2:00、五合目より登頂開始である。
コンビニにて、黒ウーロン茶と、補給用のVAAMと、酸素吸入用のスプレーを購入。
いざ出陣。しかし、この時、誤算が生じた。
皆の格好は山登りの正式なもの、対する、筆者は、シャツにジャケット、普通の靴(さすがに革靴ではない。)
仕方なく、酸素吸入用のスプレーのみ、友人のリュックにいれてもらい、後はコンビニ袋を提げて歩き始める。
日本人の心の故郷でもあり、見ると、富士山の歌とか、ふるさとの歌が自然と流れてくる。
少し行くと、警官がたっている。呼び止められ、「あなた、装備が軽量すぎませんか?お仲間がいるんですか?」
筆者は、「仲間がいろいろ持っていますから大丈夫ですよ。」と答え、無事通過。
まだ、途上なのに寒い。山頂ではもっと寒いことが想定されるため、筆者は、ジャケットとシャツを脱ぎ、まず、Tシャツのみの格好でしばらく歩くことにする。寒さに慣れるためだ。
しかし、結構、寒い。 注意:富士山に登るときには、それなりの装備で向かいましょう!!
そして、徐々に上着を着ていき、七合目だったか、八合目だったかに、ジャケットを羽織っても、そろそろ本格的に
寒さを感じる状態になってしまった。
後は、気迫で乗り切るしかない。
[上っている途中、休憩の記念撮影。右端が、兄 知希トレーナー。]
上の方にくると、休憩をとっていると、相当、寒い。
友人たちは、休憩を望み、筆者は休憩はしたくない。
仕方ないため、友人たちの荷物を、筆者が代わりに背負うことにして、休憩をほとんどとらぬ強行軍で
移動。
[朝日が昇る。]
非常に綺麗だ。これを見るだけで価値がある。
富士五湖が見える。
しかし、この付近で、友人たちの足が限界に来てしまう。
筆者は、ミルトン催眠が効いているためか、まったく疲労は感じてない。
#筆者は体力はあまりない方だ。小学校を通じて、クラスでもっとも足が遅かったくらいである。
そこで、山頂に休憩所があることを期待して、隊を分裂させ、山頂で落ち合うことにした。
マップによると、もうはぐれて危ないところもなく、山頂に行くにつれ、人も増えているため、
間違いは起こらぬだろうとの判断だ。
[山頂で皆を待つ兄 知希トレーナー]
[友人たちはどこだ?!]
山頂には休憩所があり、ラーメンや暖をとれる食料や飲料が買える。
そこでアメリカ人と出会い、会話を楽しんでいるうちに、まず、一人が到着。
その後、待つこと一時間。全員が無事到着した。
しかし、生来、体が強くない筆者は、酸素が足りなくなっている事を、体から感じた。
酸素吸入スプレーがここで役に立つ。
山頂到着時は、AM6:00。2:00登頂開始なので、四時間での走破である。
さて、下山。下山は太陽が照りつけ、足場も悪いため、速度がでない。
結局、五合目にたどり着いたのは、13:00過ぎ。下山は非常に時間がかかってしまった。
その後、付近の温泉へ行き、いのしし鍋をいただく。
無事返ってこれた事に感謝した日であった。
富士山は非常に綺麗で、神々しく感じられる。しかし、下山が大変であり、山頂付近は寒い。
次回は、このあたりの対策をして、いつか再び挑戦しようと思う。
兄、知希トレーナーは、この年、初の富士登山に挑戦した。
出張後、大学の友人たちと待ち合わせ、AM2:00、五合目より登頂開始である。
コンビニにて、黒ウーロン茶と、補給用のVAAMと、酸素吸入用のスプレーを購入。
いざ出陣。しかし、この時、誤算が生じた。
皆の格好は山登りの正式なもの、対する、筆者は、シャツにジャケット、普通の靴(さすがに革靴ではない。)
仕方なく、酸素吸入用のスプレーのみ、友人のリュックにいれてもらい、後はコンビニ袋を提げて歩き始める。
日本人の心の故郷でもあり、見ると、富士山の歌とか、ふるさとの歌が自然と流れてくる。
少し行くと、警官がたっている。呼び止められ、「あなた、装備が軽量すぎませんか?お仲間がいるんですか?」
筆者は、「仲間がいろいろ持っていますから大丈夫ですよ。」と答え、無事通過。
まだ、途上なのに寒い。山頂ではもっと寒いことが想定されるため、筆者は、ジャケットとシャツを脱ぎ、まず、Tシャツのみの格好でしばらく歩くことにする。寒さに慣れるためだ。
しかし、結構、寒い。 注意:富士山に登るときには、それなりの装備で向かいましょう!!
そして、徐々に上着を着ていき、七合目だったか、八合目だったかに、ジャケットを羽織っても、そろそろ本格的に
寒さを感じる状態になってしまった。
後は、気迫で乗り切るしかない。
[上っている途中、休憩の記念撮影。右端が、兄 知希トレーナー。]
上の方にくると、休憩をとっていると、相当、寒い。
友人たちは、休憩を望み、筆者は休憩はしたくない。
仕方ないため、友人たちの荷物を、筆者が代わりに背負うことにして、休憩をほとんどとらぬ強行軍で
移動。
[朝日が昇る。]
非常に綺麗だ。これを見るだけで価値がある。
富士五湖が見える。
しかし、この付近で、友人たちの足が限界に来てしまう。
筆者は、ミルトン催眠が効いているためか、まったく疲労は感じてない。
#筆者は体力はあまりない方だ。小学校を通じて、クラスでもっとも足が遅かったくらいである。
そこで、山頂に休憩所があることを期待して、隊を分裂させ、山頂で落ち合うことにした。
マップによると、もうはぐれて危ないところもなく、山頂に行くにつれ、人も増えているため、
間違いは起こらぬだろうとの判断だ。
[山頂で皆を待つ兄 知希トレーナー]
[友人たちはどこだ?!]
山頂には休憩所があり、ラーメンや暖をとれる食料や飲料が買える。
そこでアメリカ人と出会い、会話を楽しんでいるうちに、まず、一人が到着。
その後、待つこと一時間。全員が無事到着した。
しかし、生来、体が強くない筆者は、酸素が足りなくなっている事を、体から感じた。
酸素吸入スプレーがここで役に立つ。
山頂到着時は、AM6:00。2:00登頂開始なので、四時間での走破である。
さて、下山。下山は太陽が照りつけ、足場も悪いため、速度がでない。
結局、五合目にたどり着いたのは、13:00過ぎ。下山は非常に時間がかかってしまった。
その後、付近の温泉へ行き、いのしし鍋をいただく。
無事返ってこれた事に感謝した日であった。
富士山は非常に綺麗で、神々しく感じられる。しかし、下山が大変であり、山頂付近は寒い。
次回は、このあたりの対策をして、いつか再び挑戦しようと思う。





















