Gold mt Eggs NLPトレーナー 西川兄弟による 旅と歴史のブログ -13ページ目

奈良の旅~吉野千本桜編~

古都奈良と言われるように、奈良にも沢山の遺跡が存在する。

特に、和歌山県から奈良県にかけての国道24号線沿いには知られざる日本書紀の遺跡が多い。

古代豪族たちの息吹が聞こえるかのようである。

今回は、その奈良でも、やはり一番の見所を紹介したい。

なんといっても、春の吉野である。

吉野には、ソメイヨシノが、大量に植えられており、千本桜と言われ、関西では桜の名所として
有名だ。下千本、中千本、上千本、そして、奥千本と、しばらくに渡って、楽しめる。

蔵王権現や、南北朝時代の朝廷跡もあり、見る場所も多々存在する。
古くは、大海人皇子が隠れ、この吉野から、壬申の乱に出撃したと伝わる。

諸豪族は近江朝廷弘文天皇側と吉野側に分かれて戦ったが、古代軍事を司った親衛隊の大伴氏だけは、一族を挙げて、大海人皇子についた。これが大きかった。

大伴氏は、天智天皇の改革によって力を失ってはいたが、その力は健在だった。
大伴吹負は、わずか数十人の手勢で、奈良の飛鳥を陥落せしめたのである。
後に、日本初の征夷大将軍もこの大伴氏から出ている。余談になるが、大伴弟麻呂で、坂上田村麻呂を見いだした将軍である。

時代がたって、その後は、後醍醐天皇の南朝の本拠地となった。

我々が行った時には、一生懸命に演説していた人が居た。拉致被害者撲滅の会の方だった。
「パチンコに行かないでおきましょう!パチンコは朝鮮人がやってるんです。拉致被害者の国にお金を送金しているに等しいのです!」と。

まぁ、一昔前であれば、それは紛れもなく真実に近かったかも知れぬ。
今でもそう言う所があるかもしれない。 いずれにせよ、パチンコは何も生産しない。
それによって、事故も起きているし、人の自由をとやかく言うつもりはないが、ほどほどに。
と思った次第である。


以下に、見事な景観、そして、蔵王権現は、この季節だけしか、見れない秘仏。
是非、一度見てみましょう。




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三重の旅~伊勢編~

三重県は小学校の頃は、旅行先として、もっとも行った県。特に伊勢は感慨深い。

その伊勢に因んだ歴史といえば、

伊勢は足利尊氏と戦った北畠氏の子孫が織田信長と戦い、その後は、伊勢長島一向一揆があり、
滝川一益が、豊臣秀吉と戦ったとされる。
江戸時代には、紀伊藩、桑名藩といった親藩が守った、大事な土地。

実は、この伊勢に因んだ、太平洋戦争の時に活躍した戦艦伊勢は、中瀬艦長以下、レイテ沖海戦において、空母が全滅した後の連合艦隊へ向けての敵機からの爆撃を一手に引き受け、
無傷で生還。猛将ハルゼー提督をして、老練の艦長にしてやられたと言わしめているが、
中瀬艦長は新任であった。

このように、伊勢にまつわる話は大変多い。観光地も大変多く、まずは、鳥羽水族館があげられるだろう。


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鳥羽水族館のおける、アヒルさん。



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安土桃山ちょんまげランド。


ここは、お芝居は面白いのだが、お得感がまったくない。

申し訳ないが、高すぎるのだ。一度行ったら二度と良いと思ってしまう。

外装などは、面白そうなのだが。。。。もう少し安くしたら良いのに。

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台風後の二見浦。すごいの一言。


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伊勢神宮。内宮、外宮。


天照大神は、男神か?女神か?これが、邪馬台国を説く鍵であるかもしれない。

外宮の神は、わざわざ、九州から、内宮が一人では寂しいからと呼び寄せた、女神の豊受大神。

そう、”とよ”うけ大神だ。 邪馬台国の女王卑弥呼の後継者の名である。


そもそも、もし、天照大神が女神で、寂しいという理由であるならば、男神を連れてくるはずだ。

だが、女神それも、九州から、”とよ”受大神を鎮座させている。


そもそも、天皇家は、男系氏族であり、女系ではない。そして、天皇家発祥の高千穂神社の夜神楽では、

天照は、男神として登場するのだ。


それが何を意味するのか、

推察でしかないが、天照は元々男神であるが、大和朝廷が、卑弥呼の邪馬台国を滅ぼした。その際、

天照を女神に変更し、卑弥呼と重ね合わせ、旧邪馬台国系の人間に、大和朝廷が正統である事を

暗に示したのではないか、とも推察できる。


平安時代の持統天皇が、中継ぎとして、自分の孫に譲位するために治天となった時、その正統性を示すため、こうしたとする説もある。


こうしたロマンが、伊勢にはあるのだ。皆さんも考えてみると面白い。


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ここは、伊勢神宮付近にある、猿田彦神社。

猿田彦は、後の天狗のモデルにもなった。天孫降臨の際、道案内した神様で、後に、
天鈿女を妻に迎え、ここ伊勢で没したと伝わる。
天鈿女は、
天照大神が天の岩戸で、神隠れした時に、裸踊りをして、宴会をなごませた踊り子の女神。
心優しき女神である。

伝承を見ると、どうも、ここの神主は、彼らの子孫であるようだ。

境内には、本当につつましく、天鈿女の神社も祀られている。
#外向きには、男性を立てつつ、内では、強かったのかもしれないが。

昭和初期、小泉八雲は、日本でもっとも素晴らしいものは、花瓶や刀剣などのものではない。
この文化が長年はぐくんだ、大和撫子であると述べた。
奥ゆかしく、思いやりをもって、自分のことばかりを考えない、欧米には居ないような、
理想の女性だったのだろうか。

昔の女性は男に恥をかかすような事はしなかったし、自分ばっかりの事をいう事はなかった。
その分、男性も女性を慈しみ、いつの時代も、女性は守られていたし、守るものだと思ってきた。
現代では、そういった、フィクションも崩れ去り、自己主張ばかりが強い女性が増えている気がする。

相手を思いやれば、相手に思いやられる。
ゆえに、まずは、相手を思いやり慈しむことができれば、もっと良い世の中になるのにと思わざるを得ないのである。

「己の欲せざるところ、人に施すこと勿れ。」 全員ではないが、OLの皆さんの一部は、自分が嫌なことでも、人のやってるのを見るのは、別に良いと思っていないか?同姓のことばかり考えるのではなく、全員が、活き活きと出来るように、どうするのか、それを考えて欲しいと思う。
















ヒーローズジャーニー 

我々トレーナーは、時折、別のマスタートレーナークラスのセミナーに赴き、皆様にお伝えするためにも、日々新たな知識を得ている。

これは、世界的なマスタートレーナーのロバート・ディルツ、スティーブン・ギリガン先生とその弟子アラスタプレンティスと撮った記念写真。

ロバートディルツは、NLP四天王と言われ、新たな秀逸なパターンを多数産み出した方。

スティーブン・ギリガンは、エリクソン催眠によって、ミルトン・エリクソン先生をモデリングした際、細胞まで変質してしまい、元々無かったはずなのに、エリクソン先生と同じ遺伝性の糖尿病になってしまったほどの、催眠の達人。




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山形の旅

山形は見所の多い土地。

何度も訪れたが、飽きはしない。その中でも特に我々が好きなスポット、お勧めだと思うところを紹介したい。

まずは、米沢。米沢牛の店はたくさんある。まずは、米沢城へ。



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[冬の米沢城]                    [夏の米沢城]


米沢は、東北の英雄、伊達政宗が生まれた土地。

後には、上杉謙信で有名な、長尾上杉氏が入ることになる。

城跡は、小さい城郭が公園になっており、中は、上杉神社として、上杉謙信が祀られている。

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[鯉の六十里]


ここでは、本格的な鯉料理が味わえる。

そんなに高くないし、美味い。 是非行ってみることをお勧めしたい。


宿泊は、我々のお勧めは銀山温泉だ。次の日にお釜を見たいなら、どこかで食事を取った後に、

遠刈田温泉も良いが、銀山温泉は、別世界である。


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[銀山温泉街]

どうだ、この景観。旅行気分を満喫できる上、飯もこの上なく美味い。

ここ何度も行きたい土地である。




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[冬の最上川 川くだり:戸沢藩邸跡] 

冬はコタツ舟を運行しており、温かく船下りが楽しめる。雪深いため、探すのが大変だが、

鮎の焼き物などおやつを仕入れて、乗り込むと、船頭さんの話を楽しみながら、

冬の景観を楽しめる。 船頭さんの話によると正月でも運行しているようだ。


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[夏の最上川 川くだり]


夏は、行く先で、休憩を挟む。休憩所にて、鮎の塩焼き等が販売されており、ナイス!

#冬は休憩所は閉まっている。



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伊達氏のライバル、最上氏の居城だった、山形城跡。最上義光の銅像が立つ。
彼は、上杉景勝と戦い、山形を守り抜いた郷土の英雄だ。


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実は、ここから見える橋の下に、鉄道が通っている。鉄道が元堀の下を通るというのは、なかなか風情がある。敷地としては、山形城はとても広い。付近には博物館がある。


最上氏は、最終的には改易。旗本として何とか存続した。




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[松尾芭蕉で有名な、山寺=立石寺]


夏は、色んな売店もやっていて、名物コンニャクイモが美味しく、蝉の鳴き声が涼しい。

芭蕉の句が偲ばれる。

しかし、冬山は、下手すると滑り落ちたりもするし、そういう面白さがある。

個人的には冒険する感じがあるので、冬も好きである。



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[蔵王 お釜]

山形といえば、ここははずしたくない。見事、すばらしい自然の景観だ。

我々が行ったときには、曇っていて、宿の方から、今日はきっと見えませんよ、と言われるも、
行ってみると、そこだけ、その瞬間だけ、晴れてくれて、この素晴らしい景観を見ることができた。

まさに、最高!

山形は観光スポットが多く、また、地産で食料自給率100%の数少ない土地であり、食事も大変美味しいので、是非一度は訪れて頂きたいとそう思う次第である。
















滋賀の旅

滋賀は歴史が深い。京都を守る要害の地でもあり、古来、京都を目指す武将達の通り道でもあった。

第二十一代の継体天皇は、滋賀から大阪の枚方に宮を起き、反対派を沈めながら奈良の遠つ飛鳥、大阪河内の近つ飛鳥の宮へと移動した。

壬申の乱では、大津に宮が置かれており、弘文天皇軍の本拠地があった。


源平合戦のときも、源義仲は滋賀をとおり、京都に凱旋、敗走し捲土重来を図る事を期して、
京都を脱出したときも、滋賀に到達している。

戦国時代では、浅井氏、六角氏が滋賀を二分し、その両家を併呑した織田信長が安土城を築き、
天下布武を宣言した。

何より、戦国時代には、国友村の鍛冶屋が有名であり、日本の旧来の鉄砲の製造を担った。

古い神社も多く、見所は多い。 その中でいくつかを紹介する。


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[国友村]

このあたりは、国友さんが多い。どうも、昔の鉄砲鍛冶の子孫のようだ。



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[国友村 鉄砲資料館] 




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[彦根城]

彦根城は、徳川四天王の一人、井伊家の城。
博物館内には、天衝突立と呼ばれる天を衝く独特の兜が存在している。

徳川家最強を誇った赤備えの井伊直政。 彼は、時の天下人、豊臣秀吉と徳川家康の唯一の直接対決
小牧長久手の戦いで、先頭を切って徳川方の勝利に貢献。

しかし、徳川家康に「大将たるもの先頭に立つべきではない。大将が死ねばその軍は壊滅する。」
とたしなめられる。

しかし、関が原の合戦の時、井伊直政がとった決断は、再び、自らが先頭に立った上、軍法違反の抜け駆けによる先陣を切ることだった。

当時、先陣は福島正則に決まっていた。先陣は武士の誉れであり、それを無視することは軍法会議にかけられる
重罪である。

しかし、彼の行動のおかげで、徳川家は面目を保つ。 徳川家の世継ぎである、徳川秀忠は、軍才無く、大事な主戦場へ遅延。そのため、徳川家は本軍を欠いたまま戦いに臨むことになり、諸大名なくしては戦えない状況であったからである。

そのため、家康は、この時は、井伊直政の罪を不問に付すだけではなく、感状を与えて賞賛した。

以後、明治維新まで、彦根城は、井伊家が治めた。

少し、戦国時代に思いを馳せる。




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[多賀神社]

多賀神とは、日本創世の神、いざなぎ尊の別名である。
我々の母方、明渡家に伝わる、二種の掛け軸(多賀大神、天照大神)のうち、多賀大神とは何を意味していたのか、長い歴史の中で忘れ去られていたため、今回、ここでその意味を知りえた事がうれしかった。

かなり社殿も古く、みやげ物屋街も並んでいて、結構面白い。

いざなぎ尊と言えば、淡路島に御陵がある。近畿で発祥した大和政権の先祖神なのだろうと、
ぼぉーっと考えていた。



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[竹夫島]

琵琶湖の中島である。ここには、お寺と神社がある。
自然む美しいが、パワースポットとしても有名で、古くは、浅井氏もここに寄進したようだ。

神社では、杯を投げて、そのすべてが鳥居をくぐると願いがかなうという言い伝えがある。
早速やってみる。全発、鳥居をくぐる。

最高の結果を得るのであった。




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[長浜城天守閣から]

長浜城は、戦国時代に、豊臣秀吉が、初めて城持ち大名になった地であり、後に、甥の秀次に引き継がれた。
秀次は、秀吉に処断されてしまい、後世評判は良くないが、
ここでは、事績も多く残っており、領民に慕われる殿様であったようだ。
銅像すら残っている。

後世の悪像は、歴史の敗者が故に創られた像である可能性が高いと感じた筆者たちであった。

ここは、織田家筆頭家老の柴田勝家との決戦の場となり、秀吉は、その戦いに勝って、織田家をのっとり、
自らが天下人になった、その地である。