著者の谷口真由美さんは法学者で大阪芸術大学の客員准教授、ご専門は国際人権法やジェンダー法とのことだが、2019年6月に日本ラグビー協会の理事に就任され、今年スタートしたジャパンラグビーリーグワンの立ち上げに深く携われた方だ。副題に「大阪のおばちゃんが見た日本ラグビー協会失敗の本質」とあったので俄然興味が湧いた。



面白くて一気に読んだ。最近は規模の大小に拘わらず「おっさん」がいろんな組織に増えているし、私自身にも「おっさん」要素があって、割りきれば楽になれるのにと思いながらも「おっさん」化の誘惑と日々戦っているから、谷口先生のおっしゃることが良~く分かる。同時に、「ラグビーがすっかり変わったこと」を思い知らされることにもなった。

私が出会った50年前のラグビーは「アマチュアリズムの牙城」と言われ、しかも「マイノリティな競技」でルールを知る人など殆どいなかったし、大学と企業が脈々と発展維持を支えてきたスポーツだったように思う。それが次第に商業化し、競技者が増え、結果的には高いレベルで競われるスポーツになったが、それでも世界からは立ち遅れているのだから、野球やサッカーのようにプロ化が必要ということだろう。

そんな中、谷口先生は未来の完成図から必要と思われる課題とプロセスを提示されたが、残念ながら、現実との差を埋める人々に恵まれず、最終的には孤立されたのかと思う。歴史や実績のある組織を変えるのは難しい。清宮さんが外部の組織や人を使おうとしたのは良く分かるし、谷口先生も自分が作った組織で進めたかったことと思う。

ソニア・リキエルだったか別のデザイナーだったか、こんなことを言っていたように思う。「デザイナーは大変なの。一歩先を行きながら、今を生きるんだから」。

タンポポの花を見つけた。



花言葉は「幸せ」、「真心の愛」、綿毛が恋占いに使われて来たことから「神の信託」、更には「タンポポと南風」という物語が出て来て、「別離」という花言葉もあると紹介されていた。

「タンポポと南風」

とても昔のこと。怠け者の南風は、いつもよのうにのんびりと木陰に寝そべり、穏やかな風を吹かせていました。ある日、南風は美しい黄色い髪をした少女に一目惚れし、彼女のいる場所から離れることなく、毎日うっとりと眺めて過ごすようになります。南風は気づいていませんでしたが、少女はタンポポの花でした。やがて月日が経つと、黄色いタンポポが綿毛になるように、黄色い髪の少女は白髪の老婆になってしまいました。その姿をみて悲しくなった南風がため息をつくと、綿毛が全て飛ばされてしまい、南風は2度と少女に会うことができなくなってしまいました。

何とも悲しい話だが、タンポポは春の再来を知らせる花だから別離ではなく「再生」、一つの花から多くの綿毛が生まれるから「子孫繁栄」、綿毛が風で舞う様子から「大地の産卵」はどうだろう。私としては、誰も世話などしないのに、毎年鮮やかな黄色の花を咲かせるタンポポの生命力を讃えたい。

久し振りに高尾山を訪れた。体力が落ちたことを自覚しているので、石畳で舗装され、人の往来も多い1号路で山頂を目指した。



浄心門に掲げられた額には「霊気満山」と記されているようだ。気のせいか、はたまた季節のせいか、門をくぐると爽やかな空気に包まれたように感じた。


立派な杉の木が沿道に並び、仰ぎ見るとはこういうことかと気付かされる。自然に手を合わせたくなるのは、人間の力を超越したパワーやエネルギーをそこに見るからだろう。


手を合わせるのは無抵抗の印だと聞いたことがある。確かにそうだ。手を合わせた状態では攻撃などできないし、神仏やご先祖さまの墓前で手を合わせるのは恭順の証だろう。ところが、相手が人だと人は攻撃的になれる。人のことを言えないが、ウクライナの報道を見ていて、つくづくそう思う。


かといって、神さまの前では手を合わせる人も、信仰する神さまが異なると分かると、今度はそれが攻撃の理由になったりする。本当に人とは厄介なものだと思う。こんな岩場でも文句一つ言わずに根を張って生きてきた杉の木を見ると、先ずは静かにしなさいと忠告されているような気がしてきた。


帰りはせせらぎの音が聞こえる6号路を下ったが、赤い帽子の石仏がにこやかに迎えてくださった。平和と健康に感謝。