同志社大学対天理大学のラグビー戦の応援に京都まで駆け付けた。



同志社が勝つための準備をしてきたことは、前に出て低いタックルで天理の攻撃を止めるディフェンスと、数少ないチャンスを確実につないで前進し、スペースができたら果敢に展開してゴールに迫るという、見事に意思統一されたプレーから読み取れた。

前半は同志社の好守に攻めあぐねた天理がミスや反則を重ね、逆に、同志社BK陣の切れのあるステップが何度か天理のディフェンスラインを突き破り、ディフェンスの的を絞りにくくさせたように思う。同志社が何とかゲームをコントロールしていると言って良いかと思う。

勝敗を決めたのは、結局、後半の後半で、フィットネスの差が出てしまったのかなと思う。同志社の前に出るディフェンスが少し弱くなり、一方の天理は最後までトップスピードでボールをもらってつなぐというパワーで前進を重ねた。真面目にタックルし続けた同志社には疲れが見えた。

前に座っておられた校友と思われる方から、「近大戦も京産大戦も終了間際に逆転されている。今日もや。」と叱られたが、昨日の戦い方をしていたら、近大にも京産大にも負けなかったように思う。いよいよ大学選手権だ。同志社には戦う毎に進化を続けて欲しいと思う。
父の形見のオメガが止まってしまった。銀座にオメガの修理を受け付けるショップがあると知り、そこにオメガを持ち込んだ。診断の結果、「スイスに送って修理します」と言われた。7年ぶりのオーバーホールになる。

(7年前のオーバーホールで交換した部品)

このオメガは叔父がアメリカで買い求め、仲の良かった父に贈ったものだ。もう50年以上も前に製造されたものだと思うが、何度かオーバーホールして部品は取り替えたものの、正確に時は刻むし、外見も全く変わらない。大したものだ。

残念ながら、私たち人間は健康診断や精密検査は受けられても、そうそう簡単に部品は替えられない。だから、身体を大事に使うしかないが、企業は定期的にオーバーホールして、行うべき事業や必要とする人材を入れ替えるのはどうだろう。

急激な世の中の変化で、継続していて良いのだろうかと思える事業や、逆に、もっと活躍できるのにと思える人材がいる。既にあるものを変化させるのは困難を伴うから、時にはオーバーホールが企業にも人にも新しいチャンスを提供できるように思う。

丸紅で上司だったKさんからメールを頂いた。もう40年以上のお付き合いになるが、久しぶりにお会いした際に、私が「これからどう生きるかを考えるようになりました」と呟いたのを聞き逃さず、「参考になるかな?」というメッセージと共にオスカー・ワイルドが残したという言葉を教えてくださった。


「人を善悪で分けるなんて馬鹿馬鹿しい。人は面白いか、退屈かのどちらかなんだから。」

(オスカー・ワイルド)


思わず笑ってしまったが、いや待てよ、その通りかもと思い始めた。家庭でも学校でも社会に出てからも善悪を学んできたが、「最後の審判」という絵を思い浮かべると、「神さま、私は100%善人です。どこを叩いてもホコリ一つ出ませんから」とはちょっと言い辛い。



しかし、「面白い人」なら、これからの努力次第でなれるかもしれないし、何より面白そうなチャレンジではないか。始めてみようかと思う。