CT検査の結果、異常はなかったと伝えられ、ホッとしてからは怪我をしたときのことを思い出そうとした。


緩やかで、いつも2段ずつ駆け上がる階段だ。急なら自然に注意もするが、その階段には危険など想像もしておらず、いきなり一歩目の右足でつまずいた。そんなことを想定もしていなかったから、前に出る勢いを止められず、慌てて出した左足も手も間に合わず、額から落ちて階段の角にぶつけたのだ。事故は油断から起こるのだと思った。


傷を縫合して頂いている間は、母の言葉を思い出し、それを繰り返した。母は私が怪我をすると、「怪我は自分を怪しむと書くやろ? 過信したり、何か勘違いしてへんか良う考えなさいということや」と言っていたのだ。大切な身体だ。良く考えようと思う。


(気分はこのときのままなので・・・笑)

一昨日の夜、帰宅途中に階段で転び、額を負傷した。傷が深くて血が止まらず、通りすがりの方が救急車を呼んでくださり、救急病院に運び込まれた。幸い、CT検査の結果、異常は見つからず、消毒と縫合だけで済んだが、13針を縫う大きな傷で、暫く安静にしているようにと言われた。



ストレッチャーに寝かされてから縫合が終わって立ち上がるまでの約3時間、いろんなことを考えた。


最初は、私のために救急車を呼んでくださった男性と、救急車が来るまで一緒にいてくださった女性と小学生と思われる息子さんのことを思い、世の中には親切な方がいることを実感した。その女性は旦那さんまで呼び、私のためにタオルを持ってきてくださった。私も人に親切であらねばと反省した。


次に、救急車の中で私に話し掛けながら脈拍や血圧を計り、自分の名前や住所、日付や曜日が言えるかどうかをチェックし、一方では私を運び込める病院を探しておられる隊員の皆さんからは、これで大丈夫、何とかなる、という安心感をもらった。皆さん、プロだった。


病院に着いてからは、ウクライナとロシアの戦闘で負傷した兵士や人々のことを思った。私にはこんなに多くのお医者さんや看護師さんが居てくださるし、十分な医療器具や薬品が揃っているが、劣悪な環境で、もっとひどい傷を負った人々はどんな痛みと不安に耐えているのだろうと申し訳なく思った。


(続く)

「大きな声では言えない96の法則」という本を出した。




社会に出て44年、いろんな人と出会い、さまざまな場面に遭遇し、「みんなハッキリとは言わないけど、本当はこうなんじゃないの」と感じたことを書き留めていたら、100を超える法則ができた。それを友人の一人に見せ、「これ、面白いよ」と言われたことに気持ちが高ぶり、その勢いで原稿を幻冬舎に送ってしまった。


「はじめに」にも書いたが、読んでくださった方に「その通りだよね」と言ってもらえる法則が一つでもあればと願っている。