昨夜、同級生のA山さんと話す機会があった。彼は長らく外資系の企業で働き、日本法人の代表まで務めた後、5年前に退職した。その際、「これはセミ・リタイアや。まだ元気やし、もし求められたら、これまでの経験や知識、アイディアを提供しよう」と決めたそうだ。その後、複数の組織や知己から声が掛かり、現在、何社かのコンサルタントを務めている。


これに対し、私は同じ時期に退職したものの、同じ企業で契約に基づいて働いている。又、何社か私の経験や知識を求めてこられたが、全て無償で応じてきた。それをA山さんに話すと「複数の会社と契約し、複数の収入を得た方が安定するのでは」と言われるが、「いやいや、柱となる収入があれば、それでええねん」となる。



例えが悪いから言わなかったが、A山さんは複数のガールフレンドと同時に付き合い、各々に楽しい時間を提供できるプレーボーイ、私は一人の女性に尽くすが、同時に尽くして欲しいとも願う無器用な男か(笑)  ただ、これからの5年、10年の過ごし方に個性が出ること、そして、この5年、10年はやり直しが効かないという点では意見が一致した。


日本では人生を春夏秋冬と例えるが、中国では親の支配下にある幼少期を冬とし、その後の春や夏の努力で実ったものを自由に収穫できる秋で人生を終える冬春夏秋に例えると聞いた。冬で終えるよりは秋で終えたいものだが、あっという間に収穫が終わらないよう、もう少し働こうと思う。

アメリカの人気ファッションブランドとライセンス契約を結んでいたときのこと。そのブランドの日本法人の担当者が来社された。名刺交換して商談が始まったが、私が携帯電話に付けていた同志社ラグビーの携帯ストラップが気になるようだ。



「どうかされましたか?」と尋ねると、いきなり「○○さんは同志社のご出身ですか?」と聞いて来られた。「そうです。良く分かりましたね!」と答えたら、「それ、同志社のラグビージャージですもんね。私の姉が、大学はアメリカに留学したんですけど、中学高校は同志社でバレーボール部でした。実家が喫茶店で、ラグビー部の方も良く見えてましたよ」とのこと。


更に話を進めると、お姉さまは私の一年先輩だと判明したので、私がラグビー部の一年先輩のお名前を出したら「知ってます」「良く見えてました」「その方はバレーボール部の同級生と結婚されましたよね」と盛り上がり、仕事どころではなくなった(笑)


その場でラグビー部の一年先輩に電話し、「バレーボール部の△△さんの弟さんが見えてます。偶然、知り合いました」と伝えたら、「おう、久しぶりや。電話代われ」と命じられ、しばらく電話を返してもらえなかった。このときも、「世間は狭い。偉そうな態度を取らなくて良かった」と思った。


以上、ビックリした出会いが三つあったが、いずれにもラグビーが絡んでいるのは偶然ではないように最近思う。ちゃんとOB会費を払います(笑)

次の出会いにもビックリした。



京都に本社がある日本を代表する下着会社を訪問したときのこと。名刺交換したら、相手の方が私の名刺をじっと見詰めておられる。と、「○○さん、ご親戚に早稲田でラグビーをしておられた方はおられますか?」と聞いて来られた。


「はい、父が早稲田でラグビーをしていました」

「では、お父様と私の母は小学校の同級生です」


ここで私も相手の方の名刺を見て記憶がよみがえった。


「ひょっとして、△△女医先生の息子さんですか?」

「そうです。良く分かりましたね」

「はい、父はどこか具合が良くないと△△先生に電話していましたから」


父が存命なら、きっと驚きながらも喜び、「世間は狭いやろ。それに○○っちゅう名字は珍しいから、お前、悪いことするなよ」と言ったに違いない。なぜか、この注意を受けるのは兄弟で僕だけなんだけど(笑)