4月中旬なのに雪が降るなど、どうも今年の春は春らしくない。

が、今日はやっと天気も回復し、春の日差しが戻った。ここは出掛けるしかない。そこで、以前から気になっていた「芝桜」が美しいという「野鳥の森ガーデン」に行くことにした。


東北自動車道の館林までは小一時間のドライブ。高速を下りて約10分で野鳥の森ガーデンに到着した。

入場料は1000円。門をくぐると目の前にピンク、紫、白など、色鮮やかな芝桜が広がる。うん、これはなかなか美しい。まるで丘をペイントしたかのように見えるではないか。


ボルネオ7番のブログ-芝桜

 
ボルネオ7番のブログ-芝桜


芝桜が有名とは言え、園内には美しい花があちらこちらで咲き誇っている。

我々同様、やっと戻った春の日差しを喜んでいるようにも見える。


ボルネオ7番のブログ-空色の花

ボルネオ7番のブログ-ビオラ3

ボルネオ7番のブログ-ビオラ


ボルネオ7番のブログ-マーガレット


ボルネオ7番のブログ-ポピー


ボルネオ7番のブログ-山茶花


そして最後に見つけた花は「たんぽぽ」。

誰が世話するでもないのに、道端で力強く咲いていた。偉い!見習うべし。記念に写真を撮っておこうと思ってカメラを構えたら・・・・・あらら、何と蜂が飛んできて、そのたんぽぽに舞い降りた。今日の写真では一番の出来かなぁ。


ボルネオ7番のブログ-タンポポと蜂

関東同志社スポーツユニオンの打合せで仲間と集まった。代表は柔道部の先輩で、求められてフランスまで柔道を教えに行くような方だから、睨まれると恐いのだが、褒められると嬉しいし、お話の筋は通っている上、迫力がある。全員が「親分」と慕うのも頷けるというものだ。そういう方がリーダーやと打合せもどんどんはかどり、方針が決まって行く。


「ほな、あとは晩飯食いながら話すか・・・」

「ええっすねぇ、ごっつぁんです」


食べ終わると、


「ちょこっと歌って帰るか・・・」

「ええっすねぇ、ごっつぁんです」


後輩思いの先輩に連れられ、世間の常識や社会人としての心得をご馳走になりながら教えてもらえる・・・これこそ、体育会にとり「至福の時」だといつも思う。体育会が弱い「打算」がそこにはなく、体育会が敏感な「愛情」をそこに感じるからだ。


さて、参加者の殆どが関西出身なので、歌の合い間には関西弁が弾む。と、隣のお客さんのグループから一人、こちらに話し掛けてこられるではないか。


「あの・・・京都のご出身と聴いたんですが」

「はい、まぁ、他県の出身もいますけど、みんな、京都で学生時代を送った仲間なんですわ」

「そうですか・・・ひょっとして京都大学ですか?」

「惜しい!もうちょっとお勉強が難しい大学で同志社という学校です(笑)」

「せやったんですか、私は京都大学の出身なんですけど、妻は同志社の出身です」

「あらま、そうですのん。我々は皆、運動部やったんです。あの方が親分で柔道部、隣が弓道部、その右の恐そうな人はヤクザ・・・ではなくて應援団、彼はラグビー、こちらは柔道、で、私もラグビーです」

「同志社のラグビーですか・・・実はですね、私の父は天理大ラグビー部の出身で、京都市役所でラグビーをしてました」

「ええ~っ、ホンマでっか?ほな、私らの先輩ともお付合いがあった筈ですね!」


世間は狭いなぁ、という話を続ける内に、更に世間が狭くなっていく。


「私は京都大学でボート部やったんです」

「ええっ?ホンマでっかいな、私ら、一昨年、昨年と戸田公園までボート部の応援に行ってますよ」

「そうでしたか・・・ボート部の応援にも行っておられるんですか・・・」

「行ってます。応援のタイミングが難しいんですが、行くとボート部が喜んでくれるんです」

「いやいや・・・そうなると、言わん訳には行きませんね・・・実はですね、妻は同志社大学ボート部のマネジャーやったんです」

「え、ええ~っ、ほな、まるまる我々の後輩でんがな!」


世間は狭いなぁ・・・狭いから嬉しいこともあるんやなぁ・・・偶然隣合わせになっただけの、見ず知らずの人やったのに、スポーツが縁で今や旧知の仲のような親近感をお互いに覚えていたと思う。体育会至福の夜は、こうして更けて行ったのであった。




どう考えても「体育会」と「哲学者」は水に油で、住む世界が異なり、先ず混じり合うことなどないと思うが、昨日はひょんなキッカケで「ニーチェ」に関する本を読むことになった。


タイトルは「ニーチェ 運命を味方にする力」、

副題が「ツァラトゥストラかく語りきを読む」、

帯に「125年ものの滋養強壮剤 今のあなたに効きます」


ボルネオ7番のブログ-ニーチェ


体育会には難解な部分も多かったが、文字通り、「125年ものの滋養強壮剤」だと思えた箇所があった。解釈が間違っているかも知れないが、私はこう読んだ。


「意志の力は過去に及ばない。どんなに強い意志を以ってしても、過去を変えたり消すことはできない。だから、人はそれぞれ辛い過去に囚われてしまうことになる。しかし、これから自由になる方法はないのだろうか?ある。その過去は、自分が望んだものだったと思えば良い。意志を過去に遡らせて、自分の意志でそうなることを選んだのだと考えれば良い。その結果として今があるのだから。」


私など恵まれすぎた人生を送らせて貰っているが、それでも、思い出すだけ後悔の念にかられ、申し訳なく思う過去がやっぱりある。しかし、その時点まで戻り、その後の結果まで知りながらその道を選択したのだと考えると、急に気持ちが軽くなった。確かに、その過去のお陰で今の自分があるのだから。


さて・・・

普段、絶対に使っていない脳細胞を酷使したので、そちらは休ませ、今日は「如何にも体育会」っぽい本を読むことにした。やっぱり、こっちの方が快適やなぁ。


ボルネオ7番のブログ-名将