関東同志社スポーツユニオンの打合せで仲間と集まった。代表は柔道部の先輩で、求められてフランスまで柔道を教えに行くような方だから、睨まれると恐いのだが、褒められると嬉しいし、お話の筋は通っている上、迫力がある。全員が「親分」と慕うのも頷けるというものだ。そういう方がリーダーやと打合せもどんどんはかどり、方針が決まって行く。
「ほな、あとは晩飯食いながら話すか・・・」
「ええっすねぇ、ごっつぁんです」
食べ終わると、
「ちょこっと歌って帰るか・・・」
「ええっすねぇ、ごっつぁんです」
後輩思いの先輩に連れられ、世間の常識や社会人としての心得をご馳走になりながら教えてもらえる・・・これこそ、体育会にとり「至福の時」だといつも思う。体育会が弱い「打算」がそこにはなく、体育会が敏感な「愛情」をそこに感じるからだ。
さて、参加者の殆どが関西出身なので、歌の合い間には関西弁が弾む。と、隣のお客さんのグループから一人、こちらに話し掛けてこられるではないか。
「あの・・・京都のご出身と聴いたんですが」
「はい、まぁ、他県の出身もいますけど、みんな、京都で学生時代を送った仲間なんですわ」
「そうですか・・・ひょっとして京都大学ですか?」
「惜しい!もうちょっとお勉強が難しい大学で同志社という学校です(笑)」
「せやったんですか、私は京都大学の出身なんですけど、妻は同志社の出身です」
「あらま、そうですのん。我々は皆、運動部やったんです。あの方が親分で柔道部、隣が弓道部、その右の恐そうな人はヤクザ・・・ではなくて應援団、彼はラグビー、こちらは柔道、で、私もラグビーです」
「同志社のラグビーですか・・・実はですね、私の父は天理大ラグビー部の出身で、京都市役所でラグビーをしてました」
「ええ~っ、ホンマでっか?ほな、私らの先輩ともお付合いがあった筈ですね!」
世間は狭いなぁ、という話を続ける内に、更に世間が狭くなっていく。
「私は京都大学でボート部やったんです」
「ええっ?ホンマでっかいな、私ら、一昨年、昨年と戸田公園までボート部の応援に行ってますよ」
「そうでしたか・・・ボート部の応援にも行っておられるんですか・・・」
「行ってます。応援のタイミングが難しいんですが、行くとボート部が喜んでくれるんです」
「いやいや・・・そうなると、言わん訳には行きませんね・・・実はですね、妻は同志社大学ボート部のマネジャーやったんです」
「え、ええ~っ、ほな、まるまる我々の後輩でんがな!」
世間は狭いなぁ・・・狭いから嬉しいこともあるんやなぁ・・・偶然隣合わせになっただけの、見ず知らずの人やったのに、スポーツが縁で今や旧知の仲のような親近感をお互いに覚えていたと思う。体育会至福の夜は、こうして更けて行ったのであった。