「9日の母の日、13時にcocotiビル3階GREEN GRILL集合」

というメールが長女から回ってきた。

「はい、かしこまりました」

と返事。老いては子に従え。ゲームではキャプテンに従え。家では妻に従え。

ハ、ハーッ m(___)m


久し振りに5人が揃い、各々好きなものを注文。

先ず、十種の野菜のサラダ。このレストラン、どうやら野菜にこだわりがあり、全国から美味しく新鮮な野菜が届くらしい。15種類ほどの野菜が各々ボールに入っていて、その中から十種類を選べる。ドレッシングまで3種類あった。私はこういう選択が苦手で「今日のサラダ」とかの方が楽で良いのだが、当家の女性陣は、「な~んとなく、おトク感があるのよね♪」と言う。この心理、良う分からんわ・・・・。


ボルネオ7番のブログ-十種のサラダ


続いて前菜の数々。全部で6種類。一人3種類まで選択できるらしいので、ペアで来ると、全種味わえることになる。


「こういうのも女性っておトクって思うもんなん?」

「そうよ♪半分こしましょ・・・と言って断る人は先ず居ないわね」

言われてみると、お客さんの9割は女性だった。


左からベーコンとポテトのサラダ、タコとジャガイモのトマトソース煮込み、二種類のキャベツソテー。
ボルネオ7番のブログ-前菜2


左から蒸しカボチャとチーズソース、色んなお豆が入ったカレー、焼きアスパラガス。
ボルネオ7番のブログ-前菜1

メインディッシュは肉又は魚を選択できる。

妻と娘たちはマグロのグリル、外側だけ火であぶってあり、中は赤身のまま。シンプルな味付けでヘルシー感たっぷり!
ボルネオ7番のブログ-マグログリル


私は豚の黒胡椒焼き。こちらもシンプルな味付けにたっぷりのトマトソース。相性がなかなか良くて、最後まで楽しめた。

ボルネオ7番のブログ-ポークグリル


ここで娘たちから花束贈呈のサプライズ。

どうやら早めにレストランに来て、花だけ預けておいたようだ。嬉しそうな妻。それを見て満足そうな娘たち。
ボルネオ7番のブログ-花束


「じゃ、次は父の日か・・・。楽しみやなぁ~♪♪」

「そんなのあったけ?オリンピックのある年だけじゃなかった?」

「何言ってんのよ、この間終わったばかりじゃないの?5月5日・・・」

「それ、子供の日やろ!」

「パパが可哀そうだよ。だからさ、ジャンケンで負けた人が相手してあげようよ」

「コラーッ!」



翌5月5日には創部100周年記念試合が宝ヶ池球技場で行なわれた。


先ず10時から同志社高校、同志社香里高校、同志社国際高校による三つ巴戦。各々のチームに特徴があり、なかなか面白かったが、ビックリしたのは観客席からグランドに送られるお母さん方の黄色い声援。私が現役の頃にはなかった光景だが、「ラグビーなんか危ないから止めとき」などど言うお母さんとは根性の据わり方が違う。頼もしい。

お母さん、息子さんには是非大学でもラグビーをやらせて下さいね!

(写真は同志社高校対同志社香里高校)


ボルネオ7番のブログ-岩倉対香里



11時からは同志社大学OB対慶応義塾大学OBのゲーム。

同志社は赤パン(60歳以上)あり、黄パン(70歳以上)ありのメンバー編成。対する慶應義塾は・・・・おいおい、コンビネーションのスピードが違うやん、同志社のコンビがスローモーションに見えるで・・・・という同志社より少し若目の編成。「同志社、大丈夫かな?」という心配が見事に当たり、慶應がキックオフ早々からトライを重ねる。しかし、そこは「地元の利」。ゲーム展開を見ながら若手を適宜投入した同志社がゲーム終了2分前、逆転に成功、歓喜の勝利となった。


ボルネオ7番のブログ-同慶OB戦



12時20分、同志社大学対京都大学の定期戦キックオフ・・・・やったらしい。すんません、あまりの好天にアタマがボーっとし、おまけにお腹はグーっと鳴り、2年先輩のつーやん、同級生のうっしー、ミコの4名で、近くのお好み焼き屋さんまでお昼を食べに出掛けた。ビール中瓶×7、お好み焼き×3、焼きそば×1を平らげ戻ってきたら、ゲームは既に後半の後半、同志社の快勝だった模様。スコアは68対5。


ボルネオ7番のブログ-同志社京大戦1



そして14時00分、慶應義塾大学との定期戦キックオフ。

慶應は昨シーズン同様、FW、BK一体となってつなぐラグビーか。ボールをつないで前進を図り、隙を見つけると急襲する。その意思統一の見事さ、セットプレー習熟レベルの高さ、そして強い精神力に基づく稼働率の高さが身上か。


ボルネオ7番のブログ-同志社慶應戦1



しかし、同志社のディフェンスはなかなか速くて正確、しかも厚みがある。ゲインラインを何度も切られるが、決定的なチャンスを慶應に与えない。どこかで慶應の攻撃が止まるのだ。同志社、やるやん!BKのライン・ディフェンスはCTB西田を中心に「攻撃的」、慶應にミスが目立ったのはそのせいだと思う。昨年6月、三ツ沢で行なわれた同慶定期戦の記憶が甦る。あのときのライン・ディフェンスにも破壊力があった。


残念ながら、その後、慶應に一つのトライを許したが、これはSOがボールを限界までキープし、同志社のライン・ディフェンスとの間合いが詰まったところでCTBがすれ違いざまにボールを貰って抜き去ったもの(だったと思う)。慶應の意図を読み切れなかったということだろう。最近はどのチームもディフェンスが厚く、普通に回してもゲインを切れないが、この慶應が見せた「すれ違いざまのパス」は有効で、研究する価値があると思う。それにしても、慶應というチームにはいつも知性を感じさせられる。私の同級生が一言、「慶應はさすがやな。同志社陣に入ってくるとスピードまで違うがな。同志社はまだまだ甘い」。


ボルネオ7番のブログ-同志社慶應戦2

後半、LO冨田の突進からFWがつないでトライを奪い逆転に成功。同志社はそのまま10-5で逃げ切ったが、FWの健闘が目立ったゲームだった。先ずスクラムには安定感があり、余裕のあるボールをBKに供給。ラインアウトは慶應ほどの正確さは欠くものの、ほぼ100%マイボールをきっちり獲得。モール、ラックも互角。ディフェンスにも貢献、且つ、NO.8四至本やLO冨田には均衡を破るパワーがあり、慶應FWと互角に戦えたのが勝因だと思う。


慶應は数日前に東海大と練習試合をしたばかりで、調子は決して良くなかったと思うし、何より、未だ春のシーズンがスタートしたばかりだ。勝った、負けたと騒げる時期ではないが、久し振りに関東有力伝統校に勝利し、少なくともOBの顔に安堵の笑顔が戻った。私自身も、あまりの単純さに苦笑しているが、勝利の瞬間、ガッツポーズをしていたのである。うん、ホンマに単純。


5月4日、同志社大学寒梅館にて、同志社大学ラグビー部創部100周年記念式典が行なわれた。


地下鉄「今出川」駅を出ると、大聖寺というお寺がある。そのお寺の向こうに寒梅館が見えてくるのだが、そのコントラストが好きだ。仏教とキリスト教。瓦屋根とレンガ造り。

校祖、新島先生は京都という仏教勢力が特に強い場所にキリスト教の学校を創立されたが、当時の人々に同志社はどのように写ったのだろう。この景色を見る度に想像してしまう。


ボルネオ7番のブログ-仏教とキリスト教


記念式典とパーティは質素に、という趣旨から、会場は寒梅館という学校の施設で行なわれることになったが、案内から受付、誘導、司会進行、ケータリングの手配等々、準備は本当に大変だったと思う。関西在住OBに感謝。

受付は12時開始。我々は9時半集合。3時間後にはここを500人の参加者が通り抜けて行く。正に嵐の前の静けさ。


ボルネオ7番のブログ-寒梅館エントランス


午後1時、厳かに記念式典が始まる。

前奏に続き讃美歌を斉唱。聖書朗読のあと祈祷、そして物故者となられたOBや関係者を思い黙祷。

私は昨年12月に亡くなった同級生のことを思った。


ボルネオ7番のブログ-100周年記念式典


来賓の方々から祝辞を頂いたが、日本ラグビーフットボール協会専務理事の真下氏からは、「ここ数年来、同志社ラグビーは国立競技場に現われず、関西でもチャンピオンになっていない。一体どうしたのか。強い同志社の復活を願う」という厳しくも友情に溢れるご意見を頂く。更には、「ラグビーは人間形成に必要なファクターを多く持っているスポーツ。同志社にはラグビー学科があっても良いくらいだ」との言葉も。確かに、同志社にとりラグビーは校技であるとおっしゃる校友もおられ、少なくともラグビー部員や我々OBにはその自覚が必要だと思った。ラグビー部は多くの校友に支えられてきたのだ。


ボルネオ7番のブログ-舞台上の現役選手

式典の最後には現役部員が舞台に勢揃い。会場のOBと一体となり、♪Come and sing♪で始まる部歌を斉唱した。明日の100周年記念試合で、彼らは慶應義塾大学、京都大学と戦う。これら二校から誘われて同志社はラグビー部を1911年に創部し、翌1912年には第一回の同志社-慶応義塾ラグビー定期戦が始まっている。


ボルネオ7番のブログ-同期、後輩達と


式典が無事終了し、懇親会に移る。

大学卒業以来、初めて会ったと握手を交わす先輩や後輩、すっかり体型が変わり、「お前、どこの(相撲)部屋や」とからかい合うOB、相手をあだ名で呼び止め、「ところで、お前の本名は何やったっけ?」と尋ねる先輩等々、思わず笑ってしまう光景があちらこちらに見られたが、卒業後30数年という年月を飛び越えて、あっという間に学生時代にタイムスリップしてしまった。


ボルネオ7番のブログ-鴨川の床


二次会は昭和49年の卒業生から昭和54年の卒業生まで、6年次に亘るOBが集合。終始笑いっぱなし。

そう言えば、学生時代の「芸」までやらされた。「もう54歳っすよ、勘弁して下さいよ」と言いながら芸の準備をしていた自分に苦笑。その後、昭和52年から昭和54年の卒業生で三次会。こちらも終始笑いっぱなし。


「なんでお前、俺の悪いとこばっかり覚えてるんや?」

「先輩、何言うたはりますのん、悪いことしかしてはりませんやん」

「・・・・・・・・」


締めくくりは昭和53年の同級生3名で「天下一ラーメン」へ。

ようやく、長~い一日が終わった。