スポーツジムまで歩いて出掛けた。


夏の日差しに汗が吹き出したが、花々は涼しげに風に揺れる。中でも、雑草はコンクリートやアスファルトの照り返しをものともせず、元気に見える。


先月、歩道で見つけた緑の実が・・・・


ボルネオ7番のブログ-雑草3


今日は赤い実になっていた。誰もお世話していないのに、お見事!


ボルネオ7番のブログ-赤い実


アスファルトの裂け目からは、可愛らしい野いちごの実が・・・・。


ボルネオ7番のブログ-野いちご


いずれも雑草ではなく「野生」というべきかも知れないが、ひろさちやさんによると、


①雑草は決して強くない。

②雑草が強く見えるのは、人間の作った作物が弱いから。

③人間の作る作物は一斉に発芽する。だから、急な寒波や干ばつで全滅する。

④雑草は一斉に生えないから全滅もしない。


ということらしい。


今春の新卒は「ゆとり世代」の一年目らしい。

早速、かれらを部下に持った友達から「扱い方が分かりまへんわ」という悩みを聞かされた。社会人としては準備不足、大人としての自覚も足らんということなのだろうが、考えようによっては、「発芽がばらばら、一斉に生えない雑草タイプ」なのかも。


ここは一つ長い目で・・・。

お~い、若い衆、頼むで!


ボルネオ7番のブログ-夏の空

先週、従兄から手紙が届いた。


従兄の父、私からすると父の長兄にあたる伯父は、昭和18年10月13日に上海で戦病死している。その伯父の遺影が、靖国神社の境内にある「遊就館」に掲揚されたらしい。写真でしか知らない伯父だが、靖国神社への参拝を兼ねて、その遺影を見に行こうと決めた。


直ぐにチャンスはやってきて、今日、市ヶ谷にある取引先を訪ねた後、靖国神社まで足を伸ばすことができた。久し振りの参拝を終え、遊就館と名付けられた資料館に向かう。ガラス張りの建物に入ると、先ず、ゼロ戦の勇姿が目に入った。


ボルネオ7番のブログ-ゼロ戦

不謹慎だが、一瞬、胸が躍った。

子供の頃、ゼロ戦や隼、紫電改といった戦闘機を主人公にした戦争漫画をむさぼり読んだ記憶がある。


振り返ると、高射砲が展示されていた。

遠目には分からなかったが、近くに寄ると、アメリカ軍の銃撃跡が無残に残り、この高射砲を操っていた兵隊さんはどうなったんだろう、と思わず考え込んでしまった。


ボルネオ7番のブログ-高射砲

その後、戦没者の遺影が掲揚されている展示室へと向かった。

多くの遺影が掲揚されていた。

言うまでもなく、生きておられるときに撮影された写真で、私の伯父と同様、奥さんや子供たちを残して出征し、異国の地で亡くなられた方々なのだろう。いやいや、中には広島で亡くなった可愛らしい少女の遺影まである。何と、戦争とは悲しいものか。


伯父の遺影とも向き合った。

にこやかに微笑む伯父がいた。どこから見ても温厚そうで、知性に溢れる紳士だ。好んで人を傷付けることなど絶対にしない人であったに違いない。そんな人でも戦争に駆り出されるのだろうか。息を引き取るとき、最後に何を思われたのだろうか。考えれば考えるほど切なくなって、その場を後にした。


何気なく入った展示室には、人間魚雷「回天」が展示されていた。

説明を読むと、先端部分に爆薬が、その後ろ、ちょうど中央部分に兵士が座って操縦するスペースがある。実際に回天を操り、回天とともに最期を迎えた兵士のことを思った。そして再び例えようのない切なさを味わった。


ボルネオ7番のブログ-人間魚雷 回天

遊就館には兵士たちの遺書や、家族に宛てた手紙や葉書も展示されていた。どれもこれも、妻や子供、両親を気遣うものばかりで、その心情を思うと、途中で読めなくなってしまった。この優しい人柄と、戦場の殺伐とした風景はどう考えても調和しない。日本の兵士だけがそうだったのではなく、日本が戦った米英の兵士たちも、同じように良き父であり、頼りになる夫であったに違いない。


展示室の片隅に懐中時計が展示されていた。

既に時を刻むことを止めている時計だが、私の伯父も、その他大勢の戦没者の人たちも、みんな人生の途中で時間が止まってしまったのだ。そして、その何倍もの人たちが涙を流し、今も癒えない傷を抱えておられるのだろう。戦争とは本当にむごいものだと思った。


合掌。


ボルネオ7番のブログ-懐中時計


昔から誰かの著書を読み、気に入ってしまうと、その著者の本を読み続けてしまう傾向がある。司馬遼太郎がそうだった。「坂の上の雲」に始まり、大方、読破した。渡辺淳一にもハマッた。ハマるだけでなく、時々主人公になりきってしまったりした。厚かましいにも程がある(笑) そして今、ひろさちやさんにハマりつつある。


「ずぼら人生論」、「仏教に学ぶ老い方・死に方」、「ゆうゆう人生論」を読んだが、未だ厭きない。多分、ひろさちやさんの魅力は、プレッシャーやストレスでがんじがらめになっている読者を、自然体で淡々とした口調で解放してくれるところにあるのだろう。内容は結構反社会的で過激なのだが、ひろさちやさんが言うと、肩の力は抜けるし、警戒感は薄れるし、気がつくとゆったりした気分になっている・・・・そんな感じだろうか。


今夜、紹介したい言葉は、「人間は誘惑に負ける存在」。

良くぞ、おっしゃって下さいました。私なんか生まれてこの方、誘惑には全戦全敗、最近は戦う前に白旗上げて降参(笑)


ひろさちやさんは説く、

「どう抗っても誘惑には勝てないのですから、負けたらいいんです。ただし、どうせ負けるなら上手く負けるのがいい。上手く負けるとは、欲にかられて誘惑を受け入れてしまった。かくなるうえは、そんな自分を恥じつつ、ひそやかに生きよう、と決意し、謙虚になることだ」。


私に欠けていたのは、この謙虚さだったようで・・・・。

全戦全敗などと居直っている場合ではありませんでした。反省!