朝の散歩でバッサリ切られたと思われる大きな木の切り株を見つけた。直径は悠に1mを超えていた。良くみると「年輪」がくっきり見えて、この木は何歳だったんだろうと気になった。



帰宅後、「年輪」は英語で何というのかを調べたら「tree ring」と出てきた。なるほど、「木の輪」か。フランス語は 「anneau d'arbre」、イタリア語は「anello dell'albero」で、いずれも「木の輪」という意味らしいから、欧米人は年輪を見た目で表現し、日本人は年輪から年を重ねることに思いを馳せ、少し文学的になって年輪と名付けたのだろう。ちょっと良い気分(笑)

しかし、ドイツ語を忘れていたと調べたら、「baumring」と出てきた。やっぱり「木の輪」という意味らしいが、何となく聞いたことがあるような言葉だなと考え、はたと気づいた。これだ!


「バウムリング」のバウムは木という意味で、「クーヘン」は焼き菓子という意味らしい。切られた木は気の毒だが、こうしてお菓子の原型となり、広く長く愛されるようになったことは何よりの供養だ。これからも供養に協力し、美味しく頂きます(笑)

毎日新聞に面白い記事があった。東京大学の小林武彦教授(生物学)によると、「野生動物は老いない。老化するのは人間だけ」とのことだ。

 

例えば、海から遡上して放精や産卵を行う鮭は現役バリバリだから逆流を遡れる訳だが、生殖を済ませた途端、脳が委縮を始め、ホルモンが出なくなって死んでしまうそうだ。「子孫を残してくれてご苦労さま。あとはゆっくり余生を楽しんでね」という老後が鮭にはないのだ。

 

文字通り、ピンピンコロリだが、何故そんなことが起こるのかというと、激しく変化する環境で生物が生き延びるには、生物も変化を続ける必要があり、古い世代が死に、新しい世代が生まれることで生物は環境に適応できる進化を遂げて行くものらしい。そう言われると、デジタル化に順応しているのはアナログ派の私より明らかに子供たちや孫たちだし、新しい世代の方が変化に適応できる可能性が高いということだろう。

 

では、人間だけが老化することに何か意味や理由があったのかが気になるが、小林先生は「若い親に代わって子守りをしたり、経験知から若者たちを指導したりする共同体は統率が取れて効率的、シニアのいる共同体は生産性が高かったから、ヒトの進化には好ましかったのだろう」とおっしゃる。又、「若い時は動物のように私利私欲に走りがちだが、年を重ねると利他的になる。だから、野心ある若者を公共性の高いシニアが支える二層構造ができれば、社会の効率は上がる」と結んでおられた。

 

 

以上、古い世代になってしまった私からすると、老後があることを喜ぶべきなのか、野生動物同様に、若い世代の邪魔をしてはいけないと心掛けるべきなのか大いに迷うところだが、多摩動物園の猿の背中を思い出すと、「自分の人生を生きろ!」がぴったり来るように思う。

次女の家族とグアムに行ってきた。4年振りの訪問だったが、新型コロナによる旅行者の減少で、この3年間、観光業を主力とするグアム経済は大きな打撃を受けたらしい。ホテルのプールや海岸には多くの観光客がいたが、ショッピングモールやDFSは4年前に比べると明らかに人が少なく、空き店舗や売り場の縮小も目に付いた。皆さん旅行は再開しても、案外、財布の紐は固いのだろう。

 

 
グアムではセール商品を探すのが楽しみだが、円安になった分、4年前より高く感じた。それでも、スポーツソックス10足、ショートパンツ2点、スイミングパンツとポロシャツを各1点、小売価格の合計220ドルがセールで約半分の115ドルになったのには少し考えさせられた。その価格でも全て売り切れるとは思えない商品が売場に残っていたからだ。観光業だけではなく、小売業も変化を求められているのかなと思った。
 
 
ホテルに引き揚げてくると、ちょうど太陽が沈むところだった。美しい海と空、ダイナミックに色を変えて行く夕暮れは4年前と全く同じで、この景色は来年も再来年も変わって欲しくないと思った。
 
世の中はこれからも変化を続けるし、それに合わせて私たちも変化を心掛けるべきだと思うが、この雄大な自然や、人と人をつなぐ愛情や信頼はきちんと手入れし、大事にしないといけないように思う。ついでに、孫たちと長く遊べるよう、体力も維持するぞ。