アメリカンフットボールでは「10ヤードの前進」が重要な意味を持つ。
だから、それをきちんと測定する人たちがいる。
ラグビーでは見慣れない人たちであり、光景なのだが、何故か彼らを見ると、ディズニーの「不思議の国のアリス」に出て来るトランプの兵隊を思い出す。
似てない?(笑)
アメリカンフットボールでは「10ヤードの前進」が重要な意味を持つ。
だから、それをきちんと測定する人たちがいる。
ラグビーでは見慣れない人たちであり、光景なのだが、何故か彼らを見ると、ディズニーの「不思議の国のアリス」に出て来るトランプの兵隊を思い出す。
似てない?(笑)
同志社vs立教アメリカンフットボール定期戦の応援に出掛けた。
今年66回目を迎えた伝統の一戦。
場所はアミノバイタルフィールド。
楕円球のボールを使い、攻撃側はボールをパス、キック、又は自ら持って前進を図る。一方、守備側は果敢なタックルでそれを止めたり、インターセプトを狙う。ラグビーとそういう共通点を持つアメフトなので、きわどいパスが通ったり、フェイントで敵のマークを外して大きくゲインしたりすると思わず声が出る。相手を一発で止めるタックルを見たときも同様だ。
ラグビーと大きく異なる点は「分業制」か。選手達がゲーム前のトスを見守っているとき、隣にいたアメフト部OBの●野さんがこう教えてくれた。
「背番号50から79まではオフェンス・ラインの選手たちです。攻撃の際、ボールを触ったらアカンので、レフェリーがそれをチェックし易いように工夫してる訳です」
●野さんの話では、ゲーム中、一度もボールに触ることなく卒業するラインの選手たちもいるとか。ちょうど目の前に背番号が50代の選手が並んでいたので、ちょっと気の毒になった。ラグビーにもボールを触る機会に恵まれないポジションがあると言われたが、最近はその代表格とされたフロントローでさえパスの練習をしているし、ゲームではBKラインに参加したりしている(笑)
しかし、そういうラインの選手達が極めて重要なことに気付く。アメフトの場合、前進が止まると笛が鳴り、連続して攻撃することができない。すなわち、攻撃は全て「セットプレー」から始まるのだ。ラグビーで言えば、攻撃は全てスクラムから始まり、モールやラックから始まる2次、3次攻撃がないということになる。
ラグビーならあり得る2次攻撃からのゲインがないとすれば、一回毎に仕切り直される攻撃で前進するしかない。その攻撃の鍵を握るクォーターバックに余裕を持たせることができれば優秀なオフェンス・ライン、逆に、ディフェンスの侵入を許し、クォーターバックが逃げ惑うような事態を招くオフェンス・ラインならゲームに勝つのは難しくなるだろう。
ゲームの方は、0-14とリードされた同志社が3rdクオーターに奮起して14-14とし、結局そのままゲーム終了となった。同志社の二つ目のタッチダウンは、立教ゴール前の立教パントを同志社選手が見事にチャージしたことから始まっている。チャージした選手の出足も見事だったが、多分、その選手をフリーにするライン同士のせめぎ合いがあったのだろう。
ラインの選手たちはラグビーで言うとフロントローの選手と重なる。頑強な身体、不屈の闘志、縁の下の力持ちに甘んじる謙虚さ。こういう選手たちがいて、アメフトならクォーターバックの華麗なパス、ラグビーならスピード感溢れるBKのオープン攻撃が可能になる。
しかし、当然、ラインの選手たちにも言いたいことはあるのだろう。インターネットで、偶然、ラインの選手達が投稿したと思われる「ラインになって良かったこと」を見付けた。
●ラインメンは内面も体温も「温かい」。
●いやいや、むしろ「熱い」。
●バックスよりラインの方が人間関係も温厚。
●体育の授業や人込みで当たり負けしなくなった。
●太ってもサイズアップと言い換え、褒められた。
もう一つ、ラグビー界では、「一番美人の嫁さんを貰っているのがプロップ」と言われている。ラインの皆さんもそうかな?ただ、その巨体で押し倒したりしてはいけません('-^*)/
古い写真が山ほど出てきた。
さて、どうしたものかと思案したが、そのまま捨てることにした。一瞬、思い出を捨てるような気持にさいなまれたが、最近は記憶力も落ち、罪の意識を感じる前に、片っ端から忘れているではないか(笑)
次に、古い手帳が出てきた。2003年から昨年までのものだ。こちらはついついページをめくってしまい、捨てられなくなった。「あぁ、ぜんぜん成長してへん・・・」と分かったからだ。
これらは、戒めのために、毎朝、目に付く場所に置くことにした。
古い写真は過去への散歩で済むが、
古い手帳は過去に追試を受けに行くような気持になる。
今年の手帳こそは、将来、笑いながらめくれるものにするぞ!('-^*)/