昨日は母の命日だった。


ボルネオ7番のブログ-両親


13年前の7月26日、親父と、三人の子供の中では唯一間に合った私の二人に看取られ、母は息を引き取った。それまで苦痛に歪んでいた母の顔が、見る見るうちに優しい表情になり、これで良かったんだと思ったことを覚えている。


「世界の名言・癒しの言葉」というHPを見つけた。そこに、「母」にまつわる言葉がいくつか紹介されていた。


「良心というものは、あなたが6歳になるまでに、あなたの母親があなたに話してくれたものなのです」(ブロック・チゾム、米国の医師)

・・・・そうかも、と思う (^-^)/


「母の涙は子の不満を消し去る」(アレクサンダー大王)

・・・・そうかも、と思う (^O^)/


「カラスは、自分の子が一番美しいと思っている」(イギリスのことわざ)

・・・・そうかも、とは思えない(ノ´▽`)ノ 我が母はそこまで親馬鹿ではなかった。私の顔を見ると、毎回、「あんた、色黒いなぁ、ちゃんと顔洗うてるか?汚れてるんちゃうか?」と引いていた。が、流石に「親の顔が見たいわ」とまでは言わなかったなぁ(笑)


ロンドン・オリンピックが間もなく開幕となる。


今回も多くのドラマが生まれることだろう。

ダークホースの出現、

優勝候補の敗退、

ベテランの執念、

そして、ルーキーの活躍。


選手にしてみれば、この日のために辛い練習を繰り返してきたという思い入れや自負があるだろう。しかし、問題は、その力を出し切れるかどうかだ。


インターネットで調べものをしていたら、

"I never practice; I always play"

という言葉が出てきた。

「練習はしません。いつも本番です」

という意味だろうか。


現役時代、「練習で出来ないことが試合で出来るか!」と良く叱られたが、そもそも、練習だという考え方そのものが甘いという意味だろう。素晴らしい洞察力ではないか。


この言葉を残したのは、ワンダ・ランドフスカという人だ。何のスポーツをしていた人だろうと調べたら、なんと、スポーツとは関係なく、ポーランド出身のチェンバロ奏者とのことだった。20世紀に入ると既に忘れられた存在であったチェンバロを復活させた立役者だ。


ボルネオ7番のブログ-ワンダ・ランドフスカ
てっきりスポーツの話だと思っていたのだが、音楽や演奏の世界も全く同じだということだろう。そう考えていくと、人生そのものにも当てはまる言葉なのかなと思い始めた。「練習はない。毎日が本番」。その通りだろう。


ワンダ・ランドフスカさん、1879年7月5日生まれ。

誕生日が私と同じ。やっぱり、7月5日生まれはええこと言うわ!(笑)


「インドの父」と勝手に呼ばせてもらっている方がいる。


丸紅時代に知り合い、その後もずっと親しくさせてもらっているのだが、英語が達者な上に会話はウィットに富み。時折り気の利いたジョークを披露される。こういう人を国際人というんだろうなぁ、といつも感心する。


そのインド人だが、今年80才になられるのにお元気そのもの、ほぼ毎日、面白いメールを下さる。今日はどこで仕入れられたのか、「18の質問」というのが並んでおり、読み進む内に思わず笑ったり、苦笑したりと楽しませてもらった。特に印象に残った質問は次の通りだが、なんとなく日本語より英語の方がフィットするように思うので、そのまま書く。


Do Lipton employees take coffee breaks?

(リプトンの従業員にもコーヒーブレイクはあるのか?)


If the police arrest a mime, do they tell him he has the right to remain silent?

(パントマイム芸人を逮捕した警察は、彼にずっと黙っている権利(黙秘権)があると伝えるのだろうか?)


Why do they sterilize the needles for lethal injections?

(死刑などの薬物注射をするとき、なぜ注射針の消毒をするのか?)


If love is blind, why is lingerie so popular?

(もし、愛が盲目なら、何故ランジェリー人気はこんなに高いのか?)


ちょっと考え込んでしまう質問もあった。


If you are in a vehicle going the speed of light, what happens when you turn on the headlights?

(光速で車を走らせているときに、ヘッドライトを付けたらどうなる?


ちょっと捻ってあったり、ブラックユーモアだったりするところに知性を感じる。先ずは日本語で言えるようになることを目指すか(笑)