丸紅時代の上司はパリに駐在されていたことがある。その方とは今も電話のやり取りがあるが、昨夜、「カードルというフランス語がある。知ってる?」と尋ねられ、「もちろん、知りません!」と力強く答えて大笑いとなったが、その後、こんな話をされた。


カードルは絵画の額縁のことだが、企業で働くエグゼクティブのこともカードルという。恐らく、どんな名画もそれを引き立てる額縁があって初めて観る人に安心や感動を与えるし、そういう額縁があるように見える人のことをエグゼクティブというのだろう。


もう20年も昔のことだが、インドに出張した際、買い求めた絵がある。



生地にプリントされた絵で、無造作に丸められた生地の束の中から探し出した。3ドルもしなかったと思うが、帰国後、額縁に入れてもらった。絵の何十倍もの費用を要したが、家族や訪ねて来た人に見てもらえる絵になった。

人にとっての額縁は何だろう? 知性か教養か、はたまた威厳か。どれも自分にあるとは思えないが、少なくともインドから持ち帰った絵と同様、見られているという意識は持とうと思う。

昨日の合唱祭で「神奈川県知事賞」を受賞されたのは、「槻の木コーラス」という女声合唱団だった。残念ながら、私たち、男声讃美歌研究会の連続受賞はならなかったが、たまたま「槻の木コーラス」の演奏を会場で聴いていたので、「やっぱりな」というのが正直な印象だった。

 

 

ラグビーの試合を観ていると、「あぁ、もったいない!」と思う場面が度々ある。「せっかく次の攻撃につながる有利なモールが組めたのに、なんであそこで無理するねん」という呟きが回りからも聞こえてくる場面だ。ラグビーは頭数の勝負でもあるから、過信から猪突猛進して孤立するとボールを奪われたり、味方に出ないようにされてしまう。チームの組織的なプレーが崩壊すると攻撃は止まるのだ。同じようなことが、多分、チームプレーが求められる合唱にもあるのだと思う。

 

「槻の木コーラス」の歌声はリズムもハーモニーも見事に一体化していて、無理なく多彩な攻撃を連続させて前進するラグビーチームのようだった。あそこまで意思統一し、実行できるようになるまでには相当の練習を積まれたのだろうと思うし、その点、私たちの男声讃美歌研究会は練習不足だったのだ。

 

考えるところがあり、同志社混声合唱団は今月からお休みさせて頂くことにした。男声讃美歌研究会もお休みさせて頂こうと思っていたが、昨日の「無冠」がどうも悔しい。もう少し続けさせてもらおうかと思う。

第13回国際シニア合唱祭が横浜みなとみらいホールで開催されている。3日間の日程で約90の合唱団が参加されているが、参加資格は「50歳以上、且つ、平均年齢は60歳以上の合唱団」となっているから、元気でいたい高齢者(私もその一人)には大歓迎のイベントだろう。



私たちの合唱団、男声讃美歌研究会は明日17日(水)の出演で、「Northern Lights」と「The Lord's Prayer」の2曲を歌う。指導頂いているW辺先生からは「どちらも外国語の歌詞です。何を歌っているのかを知ることが大切です」と訳されたものを頂いた。

 

「Northern Lights」は北極寄りで見られる「オーロラ」をラテン語で歌ったものだ。ローマ神話の暁の女神、アウロラに由来する命名とのことだが、恐ろしいまでに美しい光を放つことから、北欧では死者の世界と生者の世界が結びついたものだと信じる人が未だにいるとのこと。ラテン語の歌詞にも「時に軍隊の隊列のように恐ろしい」という言葉が出てくるが、戦場で生きる者と死ぬ者を選別する「ワルキューレ」という女性たちの甲冑の輝きこそオーロラだとする北欧神話があるそうだ。そういう神々しい光を放つオーロラを表現できるかどうか。



「The Lord's Prayer」はキリスト教の最も代表的な祈祷文で、今回は1662年に英国聖公会が定めた祈祷文を当時の古い英語を残したまま歌うようだ。「天にまします我らの父よ。願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。」から始まるお祈りで、私は同志社中学生時代、毎朝の礼拝で口にしている。そういう意味で、身近に感じた歌詞だったが、改めて読むと、「あぁ、こういう謙虚さを失くしているなぁ」と思わざるを得なかった。明日は心を込めて歌おうと思う。