米国の政治家、法律家、法学者で、カリフォルニア州地方検事、同州知事、連邦最高裁判所長官を歴任したアール・ウォーレン(1891~1974年)という人がいる。1948年の大統領選挙では共和党の副大統領候補でもあったようだ。


(Wikipediaからお借りしました)

そのウォーレンさんの言葉。


「私はいつも最初にスポーツ欄を開く。そこには人間が達成したことが記録されている。第一面は人間のしでかした失敗ばかりだ。」


どんなスポーツも、選手として活躍できる期間には限りがあるし、指導者としてそのスポーツに携われる機会も多くはないと思う。このところ、現役を引退するというラグビー選手の記事が目に付くが、スポーツ選手の良いところは失敗や負けることを経験し、そこからやり直すことの大切や面白さを学んで来たことだと思う。


そういう経験をさまざまな組織や教育の場で伝えながら、自らもチャレンジを続ける魅力的な第2の人生を送って欲しいと思う。

10年振りに高尾山から陣馬山まで歩いた。10年前はまだまだ元気で、平らな道があるとトレイルランをされている方を真似して走ったりもしたが、今回は「無理せず、花の写真など撮りながら、優雅にゆっくり歩く」と決めてからスタートした。


が、結局、花の写真は一枚しか撮らず、花を探すどころか、ひたすら足元を見て歩き、前を行く方に追い付くと「すみません、通ります」と出前を急ぐ配達のお兄さんのようになってしまった。体育会の血がまだ流れているらしい(笑)


(シャガというアヤメ科の花らしい)

翌日は身体中が痛く、以前、腰を痛めた時に頂いていた湿布薬をあちらこちらに貼ることになった。ついつい無理をしてしまうが、こんな西洋の諺を見付けた。

「牛乳配達をする人間は、これを飲む人間よりも健康である。」

一日も長く、配達できる側にいようと思う。

毎日新聞5月9日(木)夕刊の「特集ワイド」にあった記事だ。



今から30年前の1994年、南アフリカ大統領に就任したネルソン・マンデラさんは人種隔離政策の撤廃を訴え、27年間も獄中生活を送られた。さぞかし白人優位の社会に怒りや恨みがあったものと思うが、大統領就任後は国家運営上、軍や警察、経済の実験を握っていた白人との協力が必要との判断から「白人のスポーツ」とされていたラグビーを和解と団結の象徴にされる。自国開催となった1995年のラグビーワールドカップで南アフリカが人種の壁を超えて戦い、優勝を遂げたことは「インビクタス」という映画にもなった。

 

そのマンデラさんが「スポーツには世界を変える力がある」とおっしゃったことを記者の田原和宏さんが引用され、日本でも「スポーツには世界と未来を変える力がある」と東京オリンピックの際に謳われたが、新型コロナ禍での開催で分裂した世論や閉幕後に発覚した汚職や談合を思うと、果たしてそう言い切ることができるのだろうかという問題提起をされていた。ごもっともだ。


ここからは私の意見だが、オリンピックやワールドカップも興行が絡めばそこにお金や企業や人が集まって来るし、そういう企業や人はスポーツではなくビジネスをされるのだから、なかなか綺麗事だけでは済まないことも出てくるのだと思う。だから、スポーツに世界を変える力を期待するのではなく、そこでルールを守りながら全力で勝つために戦うスポーツマンにこそ世界を変える力を期待すべきかと思う。


野球なんか見たことないと公言する人も、大谷翔平の話題に乗ると身を乗り出してくる。ずば抜けた能力に恵まれながらも、決して手を抜かない大谷選手の人柄に人々は感銘を受け、未来への希望を感じ取れるのではないかと思う。