中学時代の恩師から手紙を頂いた。

中に、金子みすずさんの詩が書かれていた。


「私と小鳥と鈴と」


私が両手をひろげても、

お空はちっとも飛べないが、

飛べる小鳥は私のように、

地面を速くは走れない。


私がからだをゆすっても、

きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のように、

たくさんな唄は知らないよ。


鈴と、小鳥と、それから私、

みんなちがって、みんないい。



恩師は、「みんながこういう気持ちになれば、イジメは起こらないと思う」というモを添えておられた。その通りだと思う。金子みすずさんの他の作品を探し始めたら、「蜂と神さま」という詩が出てきた。これも素晴らしい詩だと思う。



「蜂と神さま」


蜂はお花のなかに、

お花はお庭のなかに、

お庭は土塀のなかに、

土塀は町のなかに、

町は日本のなかに、

日本は世界のなかに、

世界は神さまのなかに、

そうして、そうして、神さまは小ちゃな蜂のなかに。



金子みすずさんは26歳の若さでこの世を去っておられるが、誰もが知っているありふれた言葉を綴りながら、良くぞこれだけの真理を語れたものだと思う。やはり天才なんだろう。それに比べると、私は機関銃のように喋れるが、言葉が相手に届く前に蒸発しているような気がしてきた(笑) 深く反省中(ノ゚ο゚)ノ

かつて音楽家として活躍した人たちが暮らす老人ホームが舞台。

財政難から存続の危機を迎えるが、そうはさせじとオペラ界の元スター4人が立ち上がる。


ボルネオ7番のブログ-カルテット
(左から)

ウィルフ役のビリー・コノリー 70歳

ジーン役のマギー・スミス 78歳

レジー役のトム・コートネイ 76歳

シシー役のポーリーン・コリンズ 72歳


サラリーマンなら定年をとうに過ぎて隠居暮らしの年齢だが、皆さんバリバリの現役俳優だ。しかも、顔に刻まれた皺や白髪や少し崩れた体型までフルに活用しての名演だ。そういう彼らを見ていると、現役か隠居かを分けるものは年齢ではなく本人の意志だという気がしてくる。


さて、監督のダスティン・ホフマンが何を伝えようとしたのかは知る由もないが、私が感じたことは次の三つだ。


1.いくつになっても、人は注目され、称賛されると嬉しいものだ。

2.いくつになっても、人は恋に落ちるものだ。

3.過去の栄光に頼ると、そこで時間が止まって孤独になる。


要するに、老人になっても人間を卒業できる訳ではない。喜怒哀楽の感情はより豊富になり、好き嫌いには遠慮がなくなる。しかも、男は男、女は女であり続ける。「うまく年を取るのは難しい」と聞かされたことがあるが、その理由が何となく分かったように思う。


大切なことは、過去を美化するのではなく、今日が自分にとってベストの日だと思い、「明日よりは一日若い」と自分に言い聞かせ、チャレンジングに生きることなのかなと思う('-^*)/

中野さんは産業革命の話から入り、過去3回あった産業革命について次の通り解説されている。


【第1次産業革命】

1750年~1830年

蒸気機関、紡績機、鉄道の発明


【第2次産業革命】

1870年~1900年

電気、内燃機関、上下水道の発明


【第3次産業革命】

1960年~1990年代半ば

コンピュータ、インターネットの発明


この3回の内、世界を一変させたのは第2次産業革命であったとおっしゃる。エンジンが家畜に取って代わり、移動のスピードが劇的に速くなった。電化製品が通信、娯楽、家事を革命的に変え、この時期には寿命まで伸びたのだという。


では、第3次産業革命はどうだったかというと、第2次には労働生産性や生活水準を劇的に向上させた自動車、電灯、上下水道があったが、第3次には世の中の仕組みを根本的に変化させるような発明はなかったとおっしゃる。すなわち、「イノベーションが鈍化している」のだ。


折り悪く、そういう時代に食糧やエネルギーという資源の制約を受ける。例えば「水」だが、水の利用可能量が必要最低限以下となる「水ストレス状態」に陥る人が、2030年には世界人口の47%(39億人)に達するとのこと。BRICsだけで見ると人口の62%が水ストレス状態に陥るとのことだから、もっと悲惨な状況になる訳だ。


そこで、中野さんの「中国のチベット問題は水資源問題」という発言が飛び出す。全く知らなかったが、チベットには揚子江、黄河、メコン川、サルウィン川、ブラフマプトラ川、インダス川、サトレジ川の源流があるんだそうだ。そして、これらの河川の下流にはインド、パキスタン、ネパール、ブータン、バングラデシュ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムがあり、当然、これらの国は中国に水源を押さえられていることに懸念を抱いている訳だ。


景気も大事だが、食糧やエネルギーの安定確保があっての平和だろう。そういう観点に立てば、単純に円安を喜べんでいる場合ではないし、仮に景気が上向いたとしても、砂上の楼閣のような脆弱さをいずれ痛感させられるに違いない。