インドの友人が「老いネタ」ジョークを再び送ってきた。

英語が苦手でも理解でき、笑えるジョークが二つあった。


【その1】


車上荒らしに遭ったという老女から110番があった。

老女は興奮した声で交換手に訴える、「ひどいのよ!カーステレオは無いし、ハンドルも無いのよ。ブレーキペダルもアクセルも盗られたみたい」。交換手は、「まぁ、とにかく落ち着いて下さい。間もなく警官がそちらに到着しますから」となだめるしかない。

しばらくして、現場に駆けつけた警官から連絡が入る。

「さっきの婆さんの件だけどさ、もう忘れていいよ。彼女はね、間違って後部座席に座ってしまったんだ」。


【その2】


快晴の3月のある日、三人の老人がゴルフに興じていた。三人とも老人性難聴だ。

一人が言う、「今日は風が強いな」。

「いいや」と、二人目がそれを否定し、続けて言う、「今日は木曜日だよ」。

これに三人目が同調して言う、「俺もそうなんだ、早くビールを飲もうぜ」。


ボルネオ7番のブログ-ひまわり


アンチ・エイジングもいいが、どこかで「エンジョイ・エイジング」に切り替えて良いのかも('-^*)/


坂田さんと一度だけ対戦している。と言っても、ガチガチの公式戦ではなく、1970年(昭和45年)5月5日の同志社ラグビー祭でのことだ。坂田さんは同志社大学の長老OBチームで、私は同志社中学ラグビー部で出場している。相当手加減をして貰ったのだろうが、13-15で同志社中学が惜敗している。


ボルネオ7番のブログ-1970年ラグビー祭
(翌日の京都新聞の記事)



当時、坂田さんがどれくらい憧れの人だったかというと、私はゲーム後、坂田さんの元に行き、サインをお願いしている。手帳に書いてもらったのだろうが、新聞記事と一緒にスクラップブックに貼られていた。


ボルネオ7番のブログ-坂田さんサイン


世界的なプレーヤーだから、サラサラっとローマ字でサインされるのかなと思っていたら、坂田さんはゆっくりとした動作で、「サカ・・・タ・・・ヨシ・・・ヒロ」と漢字でお書きになった。名前はきちんと書くものだと教えるかのような、静かでゆっくりとした動作で、当時は、物凄いスピードと迫力でゴールに突き進まれる坂田さんとのギャップがあまりに大きく、それだけに強く印象に残る出来事となった。


当時は、坂田さんって真面目な人なんや、という印象しか持てなかったが、それから40数年経ち、少しはオトナになった私からすると、坂田さんは当時からグランドでも人生でも、「真っ直ぐ走る」方だったのだろうと思う。

坂田さんは、この本で素敵な言葉をいくつも紹介されている。

その中から、二つだけ抜き出してみた。


An eye never sees anything.

An ear never hears anything.

Only heart can do it.

ものを見て、ものを聞くのは、目や耳ではなく心である。


これは1960年、日本のサッカーを指導に来られたデットマール・クラマーさん(西独、当時)が自分の部屋に飾っておられた言葉とのこと。これを見て、当時の日本サッカー協会の野津会長は、この人物なら指導を任せて大丈夫と思われたそうだが、スポーツに限らず、人と人をつなぐのは心なのかなと思う。多分、坂田さんもそう確信しておられるから、「心で見る」というタイトルにされたのではないかと思う。


もう一つの言葉。


Rugby opens many doors.

ラグビーはたくさんの扉を開いてくれる。


坂田さんがオーストラリアのご友人から教えてもらった言葉とのことだが、坂田さんはその後も世界のあちこちでこの言葉の重みを感じられたのだという。私は坂田さんほど名選手ではないし、その活動の範囲も小さなものだが、この言葉を見たときは、「はい、その通りです。私の幸せな人生はラグビーのお陰です」という気持ちになった。


ラグビーはいろんなことを教えてくれた。そして、ラグビーをしていた方々は、私を疑うことなく、私にチャンスというドアを開いて下さった。


ラグビーの神さま、ありがとうございます!

あっ、その前に、素敵な言葉を教えて下さった坂田さん、ありがとうございます!