第一土曜日の毎日新聞に「新・発見伝」という連載がある。

今月は「夫源病」という聞きなれない言葉を解説していた。


ボルネオ7番のブログ-夫源病


タイトルは「いい夫婦を保つには」という穏やかなものだが、サブ・タイトルの「定年後、妻が夫源病にならぬよう」は穏やかではない。これでは奥様方に対する「病気予防のススメ」で、夫どもはまるで病原菌扱いではないかむかっ


しかし、読み始めてみると、これが説得力があり、奥さんにべったり依存するしかない定年後の旦那さんは間違いなく奥さんを病気にするだろうと思えてきた。事実、男性の更年期障害を治療してきた石蔵文信医師(大阪樟蔭女子大の教授でもある)は、患者の妻たちが夫との時間を苦痛に感じることから体調不良に陥っていることに注目し、「妻の病気の9割は夫がつくる」(マキノ出版)という本まで出しておられる。


定年まで働き、その後は奥さんの健康を蝕む夫源病の病原菌になりました・・・では笑うに笑えない。考えただけでもみすぼらしくて情けない。男の原型は、暗くなるまで外で遊び、なかなか帰ってこなくて母親を心配させる男の子、で良いのかなと最近思う。

義父と金沢を訪れた翌週、今度は義母と共に小田原を訪れた。

小田原は義母の故郷で、二人の弟さんが今も住んで居られる。久し振りに義母が帰ってくると聞き、お二人が出迎えて下さった。


ボルネオ7番のブログ-小田原


いつも感心するのだが、義母も叔父さんも姿勢が良い。きちんと背筋を伸ばし、正座して話をされる。こちらもそれに合わせて正座するのだが、だいたい10分で我慢の限界を迎える。しかし、義母も叔父さんたちも涼しい顔で正座を続けられる。


「良く平気ですね?」と訊ねたことがあるのだが、その時の返答は「子供の頃から厳しい躾を受けた。食事中も読経中もきちんと正座していないと叱られた。それはそれは怖い親父だった」とのこと。実は、義母のお父さんはお坊様で、お寺の住職を務めておられたのだ。


そのお寺さんにお邪魔したとき、ご一緒した叔父さんたちが見事なお経を読まれるのに驚いたことがある。「門前の小僧、習わぬ経を読む、だよ」とおっしゃっていたが、お二人ともお坊様ではなく、学校の先生になっておられる。対象は異なっても、人に何か大切なものを教え諭すという血が流れているのだろう。


その血は義母を通して我が妻にも受け継がれており、これまで何度もその迫力ある説教を私も娘たちも受けている。そして、その血は娘たちに受け継がれ、最近は娘たちから・・・・((((((ノ゚⊿゚)ノ あぁ怖わ(笑)

遠くの親戚より近くの他人、

多くの友より数限られた親友、

そう固く信じて生きてきたが、この夏、義理の両親をそれぞれの故郷にお連れし、兄弟姉妹との再会を喜んでおられる様子を見ている内に、兄弟姉妹というものは、心の深いところでつながり合っているものなのかなと思えてきた。


義父は金沢の出身で、正月には金沢に帰省し、伯母、叔父と一献傾けることを楽しみにしていたのだが、足腰が弱ってからは金沢を訪れることができず、これが4年振りの再会となった。無口な義父だが、妻によると出発の日が近付くにつれ嬉しそうにしていたとか。


伯母さんがちょうど米寿とのことで、伯母、叔父だけではなく従兄弟たちも集まり、みんなで米寿や再会を祝うこととなった。皆さん酒豪揃いだが、「年には勝てない」と言う伯母も叔父も義父も飲みっぷりが良く、どんどん徳利が空いていく。大丈夫かな、と思って見ていると、88歳の伯母が86歳の義父に、「ちゃんと食べながら飲みなさい」と注意し、義父が大人しく頷いている。あぁ、いくつになっても姉は姉、弟は弟なのかと思うと微笑ましくなった。特に会話がある訳ではないのに、三人を何か暖かい空気が包んでいたのはそのせいか。


ボルネオ7番のブログ-竹橋三姉兄弟
(86歳の義父、米寿の伯母、83歳の叔父。合計257歳!)


この米寿の伯母さんはアメリカ、ニューヨークの生まれで、生後何ヵ月後かに撮ったという珍しい写真を見せてもらった。


ボルネオ7番のブログ-竹橋家 in New York


お母さんに抱かれているのが伯母さんで、お父さんに抱かれているのは既に亡くなられた伯父さんだ。88年前だから1925年(大正14年)のことになるが、このお父さんやお母さん(うちの妻の祖父母)、その子供たちである伯父さん、伯母さん、叔父さん、そして義父はどんな人生を過ごしてきたのだろうと写真を眺めながら想像し、長い時間のことを思った。


多分、いろんなことがあったのだろうが、それぞれの喜びや悲しみ、成功や失敗を知っているのが兄弟で、しかし、それらをことさら口に出す訳ではなく静かに共有しているから、何か暖かい空気を感じたのかなとそのとき思った。