今ごろ気付いたか、と笑われそうだが、今回の仙丈ケ岳登山で学ばせてもらったことがある。一つ目は、「自分の荷物は自分で背負う」という自己責任の基本だ。
今回ご一緒した仙丈ケ岳を愛する会には小学校6年生の男の子と4年生の女の子が参加していた。ご両親もご一緒だったが、子供たちは各々背中が隠れるような大きなリュックを背負っている。その姿が健気で、大丈夫か?頑張ってや!と後ろからその背中を見守っていたのだが、彼らは「疲れた」とも「荷物が重い」とも「代わりに持って」とも言わない。黙々と歩き、休憩時間には美味しそうに水を飲み、お煎餅を食べている。
最初の方こそ心配しながら見ていた彼らの背中も登るにつれ逞しく見えてきたし、それだけではなく、「大人の皆さんも、ちゃんと自分の荷物を背負っていて下さいね。まさか、誰か代わりの人に持って欲しいなんて思ってないでしょうね」と主張しているようにさえ見えてきた。そうなると、こちら側まで、「あぁ、疲れた」とか「ちょっと休みたい」という弱音が吐けなくなってしまった(笑) 「自分のことは自分で」は社会を生きていく上での基本的なルールだろう。登山はそれを体験させ、学ばせてくれるように思う。
子供たちだけではない。仙丈ケ岳を愛する会のN山会長は70歳を超えておられるそうだが、ちゃんと自分の荷物を背負い、回りの人のことを気遣いながら登っておられる。小学生たちから見れば「おじいちゃん」の年代だろうが、寝たきりのおじいちゃんより、一緒に山に登り、花の名前や山の物語を聞かせてくれるおじいちゃんの方が余程カッコいいだろう。大人たるもの、そういう元気で優しく、物識りなおじいちゃん(おばあちゃん)を目指さねばならないということを登山が教えてくれているように思う。
最後尾を歩いておられたのはレスキュー隊員でもあるK原さんだ。みんなの荷物の3倍はあろうかという重い荷物を背負っての登山だが、いつ見ても笑顔で、何かあればおっしゃって下さいという余裕の表情をされている。これも、余力のある者は回りの人たちのために少し重い荷物を持とう、何かあれば助けようという精神や、それができる人物の必要性を感じさせ、学ばせるものであったように思うのだ。K原さんとは3度目の登山だが、今回初めてそう感じたのは、小学生と一緒に登ることで、いつもなら閉じている感受性の蓋が開いたのかも知れない。
(自分の荷物を背負って登る親友のM柴。昨年の仙丈ケ岳登山)