「真に美しいものを見たとき、人間は、まず、ただ、呆然としています」

新聞に紹介されていた写真家、大野純一さんの言葉だ。シャッターを押すのも忘れ、美しい景色や光景に見入る姿が目に浮かんできそうだ。大野さんの言葉は続く。

「その後、その美は、あなたの知らぬ間に、あなたの実人生を大きく変化させてゆくものへとあなたの中で成長してゆきます。あなたの愛した人や、こと、ものが、あなたに与えた影響の、そのすべての結果のように」

この記事に興味を持ったのは、最近、私自身もそういう美しいものに惹かれることがあるからだ。元々は太るのが嫌で始めた朝のジョギングだが、偶然、美しい夜明けに立会い、写真を撮った。

夜明け

その数日後、銀杏並木の裏側がいっぱいの黄葉で埋め尽くされているのを見つけた。思わずため息をつくほど美しかった。

いちょう

小雨の中を走った朝には、雨に濡れる紅葉を見つけた。現物を自宅に持ち帰りたくなるほど美しかった。

雨

そういうことが続くと、今日も何か美しいものに出会えるかな、という楽しみができてきて、以前より未練を感じることなく寝床を抜け出せるようになった。これは「光景」とは光が作り出す景観のこと・・と納得できる光景。

ひかり

紅葉もあれば黄葉もある。葉の形や大きさもさまざまだが、元々いた場所もさまざまだったはずだ。人も同じかな・・大事にすべきは個性かなと眺める内に考えさせられた写真。

おちば

ついつい美しい花に目が行くが、この時期は葉っぱも美しい。毎日少しずつ色合いを変え、ひょっとすると実は花より長く楽しませてくれるのかも知れない。

葉っぱ

さて、「花より団子」歴約60年の私にも、美しい景色や光景に触れて変わることのできる可能性があるのだろうか?

ボル 「どう思う?まだ変われるかな?」
娘 「なに言ってるのよ。パパはね、ず~っと長い間、美人三姉妹を見てきたの。やっとその影響が出てきた訳よ」
ボル 「・・・・・・」
妻 「あなた、なによ、美しいのは娘だけだった訳?」
娘 「・・・・・・」

最後に、タイトルを付けるなら「消火栓の紅葉狩り」という写真。

消火栓の
小栗成男さんという方と知り合った。

同志社大学のご出身で、体育会ゴルフ部のOBだ。卒業後は自動車販売会社に就職され、年間180台の車を販売するというもの凄い実績を残しておられる。その小栗さんが今年の1月に上梓された「オグリズム」という本を送ってきて下さった。増刷を重ねるベストセラーになっているとのこと。早速読ませて頂いた。

オグリズム

体育会のOBで年間180台の車を販売した営業マン・・などど聞くと、足で稼ぎ、情に訴え、最後は押しの一手で顧客を押し切るモーレツ営業マンを思い浮かべそうだが、小栗さんがそういうタイプの人間ではないことが21ページ目で分かる。小栗さんはこう書いておられる。

来店されたお客さまに挨拶を済ませたら、その方には当日クルマを購入する気持ちがあるのか否かを見極めることが、即決の可否を決める第一歩になる。まずは次の3つの質問をぶつけてみよう。

⚫いつ買うのか?
⚫どのクルマを買うのか?
⚫いくらで買うのか?(支払い方法は?)

小栗さんは中でも最初の質問が一番大事だとおっしゃるが、面白いのは「買い替えを考えている」と明確に答えるお客さんは当然としても、ダンマリを決め込むお客さんに買ってくれる可能性があり、曖昧な答えを返すお客さんには可能性がないとおっしゃっている点だ。これは客の立場になって考えると分かる。私に買う気があるなら、直ぐに相談に乗って欲しいと思うか、又はゲームに臨むラグビー選手のように一人気合いを入れたい思うところだろう。八百屋さんで大根を一本買うのとは訳が違うのだから。

それから、テーブルに案内したお客さんにお茶を出したスタッフを「今後もお客さまには(具体的に⚪⚪と呼び掛ける)お世話になると思います。彼女は当店のスタッフの⚪⚪と申します」と紹介してはどうかと提案される箇所がある。お客さんは「ここは店舗ぐるみで接客してくれる」と好印象を持つはずだとおっしゃるが、これもその通りだろう。多くのスタッフからお客さま扱いされて嬉しくない客はいないだろう。この本にはこういう顧客になったつもりで読むと実に分かりやすい話がたくさん出てくる。

その他、小栗さんはビジネスや人生についても語っておられるが、二つ印象に残るお話があった。一つは「軽続、継続、そして敬続」という継続の大切さ、それを成功させるための秘訣を説かれた言葉だ。思い付きで軽く始める「軽続」、これが3日続いたら一年続けてみる「継続」、そして、回りの人から尊敬されることを意識して続ける「敬続」。これは正に私が禁煙したときやダイエットに成功したときのプロセスだ。小栗さんはそれを端的に表現されている。

もう一つはカリスマ性の条件として上げておられる「愛と憎」のお話だ。リーダーに必要なのは本気の愛と本気の憎とおっしゃっているが、これは私も同感で、リーダーに必要なものは「感情の量」だと思っている。両親始め多くの方々に叱られてきたが、私がそれを素直に受け容れられたのは、必ずしもそれが正しいと思ったからではなく、言葉の裏に溢れんばかりの愛情を感じることができたからだ。人の心は騙せないものだと思う。

小栗さん、素敵な本をありがとう!



未だに同志社ラグビーの敗退から立ち直れないので、気分転換に映画「利休にたずねよ」を観に行った。

この映画は直木賞を受賞した山本兼一さんの小説を映画化したものだが、山本兼一さんは同志社で学ばれた方らしい。又、この映画のプロデューサー、森田大児さんも同志社のご出身で、たまたま校友会の行事で知り合ったのだが、これがなかなかの好男子だ。その場で前売り券を買わせて頂いた。

映画は、高麗から渡ってきた薄倖の女性との出会いと別れ、そして、天下人、秀吉との出会いと確執という二つの軸を中心に描かれている。これらを通し、そして、これらが絡み合って利休の人となりが築かれて行き、やがて悲劇的な最期を迎えるのだが・・・。

り

「何のためになら命を懸けられるのか」

それがテーマかなと思いながら美しい映像に見入ったが、天下統一を目指す信長に忠誠を尽くし、命まで懸けて出世した秀吉が求めていたものは自分に対する忠誠だったのかなと思う。しかし、そういう秀吉から見た利休は、武力も財力もないのに人々を従わせ感嘆させるという、極めて特異な存在となり、やがて脅威の対象となっていったのではないか。

例えにならないかも知れないが、信長が社長の会社に入社した秀吉と利休が各々の持ち味を活かしながら時には競い合い、時には助け合いながら出世していく。そういう意味では、互いに良き理解者であった二人だが、秀吉が信長社長の後継者になったところで二人の間に亀裂が入り始める。どうだろう?

しかし、元々は互いに尊敬し合える部分を持っていた二人のことだ。秀吉が切腹を命じ、利休はそれに従うが、二人の間には憎しみ以外の感情もあったように思うのだ。だから、もし私がシナリオライターなら、タイトルである「利休にたずねよ」を次のようなラストシーンで出したいと思う。

利休の切腹から数日後のこと、家来が秀吉の元にやってきてこう尋ねる。
「殿、侘び茶の祖と言われている村田珠光という方が『不足の美』という言葉を残しておられます。これはどういう意味でございましょう」
これに対し、秀吉は思わずこう答えてしまう。
「さようなことは、利休にたずねよ」
そして、驚く家臣の表情を見て我に返った秀吉が苦笑いし、複雑な表情を見せる。

山本兼一さんと話す機会があれば、是非、タイトルへの思い入れを聞いてみたいと思う。