今年、最初に読んだ本は「脳はバカ、腸はかしこい」という、脳が聞いたら怒りそうなタイトルが付いている。私の脳は怒りはしなかったが、「どういうことやねん?」という疑問を持ったらしく、数分の立ち読みを経て購入した。著者の藤田紘一郎先生は寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学では高名なお医者様とのこと。

本

なるほど、と思える具体的な話がいくつも出て来るが、そもそも生物に最初に備わった臓器は、脳でも心臓でもなく腸だったそうだ。生物の歴史が40億年だとすると、脳の歴史はせいぜい5億年で「私たち人類は歴史の浅い脳をうまく使いこなせていない」とのこと。結果として脳は時に暴走し、私たちの健康を害したり、地球を汚染するようなバカをしでかしているという訳だ。

これに対し、腸は歴史が長い分、人類のことを知り尽くしていると先生はおっしゃる。例えば、脳は食べ物が安全かどうかを判断できないから、空腹なら取りあえず「食べろ」と指示を出す。その結果、腸内に危険な物質が入って来ると、腸が激しい拒絶反応を示し、脳に「胃から吐き出せ」という命令を出させる。同時に、脳を介せず下痢という手段で体内から危険な物質を排泄しようとするとのこと。腸は私たちの安全を守ってくれていた訳だ。

(続く)
今年初の映画鑑賞は「ゼロ・グラビティ」になった。

ゼロ・グラビティ

主演のサンドラ・ブロックは「スピード」、「しあわせの隠れ場所」、「デンジャラス・ビューティ」などの作品で、強固な意志を持ち、それを堂々と押し出しすことで危機を克服したり、状況を改善するという積極的で前向きな役回りが多かったように思う。

ところが、この映画のサンドラ・ブロックは肉体こそ鍛え上げているものの、感情は一切表に出さず、回りのクルーにも心を閉ざしたまま淡々と任務をこなす科学者として登場する。その理由は後ほど明らかにされるが、その彼女を予想もしなかった事故が襲う。

その後は、酸素も重力も音もない大宇宙の中で彼女の苛酷なサバイバルが始まるのだが、共に生き残ったジョージ・クルーニーに彼女が次第に心を開き始める場面が印象的だった。又、偶然無線を通して地上から聞こえてきた犬の吠える声や赤ちゃんの泣き声に、彼女が感無量になる場面も実に印象的だった。

映画のテーマは「宇宙では悲しいほど無力な人間」だったのかも知れないが、私は「どう生きるか?」を観客に考えさせる映画でもあったのかなと思う。回りに心を閉ざし、淡々と生きることも可能だが、一方では、回りに心を開き、共に生きるものの声に耳を傾けて生きることも可能。そういう選択肢があることを教えてくれる親や先達の存在をジョージ・クルーニーが演じていたのかなと思う。
対抗戦グループの前半戦と後半戦では明治大学ラグビー部の変化に驚かされたが、対抗戦が終了してから大学選手権が始まるまでの間に見せた慶應義塾大学ラグビー部の変化にはもっと驚かされた。

慶應は11月23日の早慶戦で7ー69と早稲田に大敗し、それで緊張の糸が切れたのか、12月1日の帝京戦は0ー75と完封負けを喫している。それを見て「慶應は終わった」と早合点した私は12月7日付のブログで対抗戦グループを代表するチームから慶應を外し、帝京、早稲田、筑波、明治の4チームを上げている。慶應同期のM谷、K川、先輩のM谷さん、Y山さん、大変失礼しました。

(12月8日のブログ)
http://ameblo.jp/borneo7ban/entry-11720552807.html

その慶應だが、12月8日に立命館を26ー22で下し、15日には明治に19ー20で敗れたものの、22日には東海大の猛攻を凌ぎ、10ー7で貴重な勝利を上げている。これにより、明治と並ぶ2勝1敗ながら勝ち点で1ポイント上回る戦績となり、準決勝進出を果たしている。これは単なる幸運などではなく、最後まで諦めず、全力を尽くしたからこそ勝ち取れた権利だろう。私と同じように感じるOBがいるようで、年賀状に「慶應との差を感じる」というメッセージが複数あった。全くその通りだ。

慶應ラグビー部
(日本ラグビー協会HPから)

慶應は昨日、残念ながら帝京に敗れているが、準決勝まで進出したことは大きな経験としてチームに残る。伝統を守れるものがあるとすれば、こういう勝負に対する厳しさなのかなと最近思う。では、どうすればそういう厳しさやプライドや精神を引き継いでいけるのだろう。

それで思い出すのが、慶應の「塾蹴球部憲章」だ。以前、OBに見せてもらい、その中の一節があまりに印象的だったので写させてもらった。「塾蹴球部希求三箇条」の一つだ。

「身・心・知、極限の鍛錬」
・練習は不可能を可能にする。
・限界まではウォーミングアップ。そこからが練習。
・魂のラグビー

慶應は日本で最初にラグビーを始めた学校だし、同志社も慶應、三高に次いで三番目にラグビーを始めた古い学校だ。しかし、実力を伴わない歴史など過去の遺物になってしまう。伝統校と敬意を込めて呼ばれ、又、自らもそれを誇りに思いたいなら、優勝に絡めるような実力と覇気を見せつけないといけないのかなと思う。同志社、頑張れ!