昨日、5月18日は「言葉の日」だったようだ。

五(こ)十(と)八(ば)という語呂合わせのみで決められたことには多少不満を覚えるが、言葉を重要視する精神や考え方には大賛成だ。これまで先人が残してくれた言葉に、どれほど私も勇気付けられたり癒されたりしてきたことか。

ウインストン・チャーチルの言葉を二つ。

Kites rise highest against the wind, not with it.
凧は風を背に受けたときではなく、風に向かうときに最も高く上がる。

A pessimist sees the difficulty in every opportunity; an optimist sees the opportunity in every difficulty.
悲観主義者はどのような機会の中にも問題を見付け、楽天主義者はどのような問題の中にも機会を見付ける。

もう一つあった。
こう言われた夫人はどのような気持ちになったのだろう。

My most brilliant achievement was my ability to be able to persuade my wife to marry me.
私の最も輝かしい業績は、妻に私との結婚を承諾させたことだ。

バラ
パティシエの ののりょう さんが以前紹介されていた麻布十番「京あずま」の豆大福。ずっと気になっていたのだが、仕事で六本木まで行く用事があったので、その後、立ち寄った。「こんにちは」と声を掛けると、奥から上品なご婦人が出てこられた。

ボル 「豆大福を買いにきました」
ご婦人 「はい、ありがとうございます」
ボル 「京あずまさんは京都のご出身なんですか?」
ご婦人 「いいえ、父が京都で修行をしたんですよ」
ボル 「そうなんですか」
ご婦人 「だから、京風のお菓子も作っているんですよ」

ご婦人は私より年長者だから、そのお父さんが京都に居られたのは、私が生まれるずっと以前のことだろう。その頃の京都をちょっと想像してしまった。

京あずま

さて、こちらの豆大福、長方形のお餅で粒あんを巻いておられるのが特徴だ。早速いただいてみると、思ったよりお餅は柔らかくモチモチ感がある。印象的だったのは粒あんの控えめで上品な甘みだ。粒あんだけお代わり!と言いそうになった。

京風と聞くとお上品な雰囲気が漂うが、京都生まれ京都育ちの私としては、そのイメージを壊さないようお上品でありたいと思う。と言ったら、娘に「それなら京都生まれ京都育ちなのを隠した方が早いよ」と言われた。うん、そやね。

ののりょうさんが京あずまさんを紹介されたページ⬇
http://ameblo.jp/ryoko-nonoda/entry-11796114033.html
5月16日は「旅の日」だったようだ。

そう定められたのは、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出立したのが元禄2年3月27日、新暦では1689年5月16日に当たるからだそうだ。その芭蕉が残したと言われる「不易流行」という言葉にはいくつかの解釈があるとのことだが、その一つに「変わっていくことが、永遠に変わらない真理である」とするものがあった。

これに近い言葉をギリシャの哲学者、ヘラクレイトスが残している。英語では "The only constant is change" と紹介されているので、「唯一不変なことは、変化するということだ」になるのだろうか。すべてのものは変化する、その真理だけは不変だ、という意味なら、芭蕉とヘラクレイトスは異なる時代に異なる場所で全く同じことを言っていたことになる。

しかし、変化しないものはない、すべては変化する、と最初に説かれたのは「諸行無常」のお釈迦様だろう。ひょっとすると、お釈迦様の思想がギリシャにまで伝わったのだろうか。いずれにせよ、紀元前の昔から、人間にとって「変化する」ということは時に受け入れ難いことであったり、気付くのが遅くなったりする真理だったのだろう。

そんな中、周りの変化のことより自分自身を変化させろとハッパを掛けている人がいた。ウィンストン・チャーチルだ。 "To improve is to change, to be perfect is to change often" 「向上とは変化することだ。完全になるとはしばしば変化するということだ」。

変化しないでどうするんだ、完全でいたければ変化を続けるしかないだろうとは、全くせわしない話だが、自他ともに認める変化は老化だけ、という人生は避けたいと最近強く思う。