7月5日に59回目の誕生日を迎えた。

来年はいよいよ還暦を迎える。一つの節目なので、こんな子供のままでええのかなとか、あの仕事だけはやり遂げたいなとか考えるようになったが、体力や様々な機能が低下していく中でどのように生きるのかを決意することが大事なのだと最近思う。

昨年は「58才の決意」として、①好奇心全開で新しいことにチャレンジする、②相手や環境を変えたくなったら自分自身を変える、③自分の未来について10分間話せるようになる、の三つを挙げていた。具体的で分かりやすい目標だが、私はいったいどういう生き方を望んでいるのか。

そんなとき、丸紅時代の先輩からこんなメールを頂いた。
「こういう人が多いように思います。Lonely, but not alone.(一人じゃないんだけど寂しい)。できれば、こういう生き方が良いように私は思います。Alone, but not lonely.(一人なんだけど寂しくない)」。

このメールを拝見したあと、58才の決意を改めて読むと、私が望んでいる生き方が良く分かったような気がした。Alone, but not lonely. 豊かに感じられる個人を目指したいと思う。

バラ
(代々木公園に咲いていたバラ)
登山には、世界が広いことを思い出させてくれる良い面がある。

甲府を望む
(仙水峠から甲府を望む)

普段、私たちが見ている世界など、せいぜい20mか30m先までで、勤務先では同僚や取引先の顔、書類、そしてパソコンの画面くらいしか見ていないような気がする。

山3
(栗沢山から伊那方面を望む)

せっかく外出しても、地下鉄に乗ればスマホを食い入るように見つめるか、忙しく指を動かすばかりで、周りの人のことすら見ていない。

仙丈ヶ岳
(栗沢山から仙丈ヶ岳を眺める)

その点、山に登ると一気に視界が開ける。青い空、白い雲、緑の山々、多くの動物や植物を育む豊かな自然。

栗沢山
(今回登った栗沢山を山小屋から望む)

しかし、ここに一人取り残されたら、と想像していつもゾッとする。私は自分の非力を認めざるを得ないし、何より、世の中が自分を中心に回ってはいないことを思い知らされる。だから、私のような直ぐに調子に乗ってしまう輩は、ときどき山に登り、謙虚な気持ちを取り戻すべきなのだろうと思う。

誰か今、「毎日登れ」とおっしゃいましたか?(笑)
登山中に花を見付けると、それだけでテンションが上がる。誰もお世話をする人などいない筈なのに、ちゃんと花を咲かせるとはエライと思ってしまうからだろう。

コイワカガミ
(コイワカガミ。恋をした女性は鏡を見るようになるから「恋は鏡」なんだとか。ちょっと怪しい話だが、ロマンチックだから許す。)

蛇イチゴ
(ヘビイチゴ)

クリンソウ
(クリンソウ)

緑の葉も実に美しい。

シラビソ
(シラビソ。先端の明るい緑は新芽らしい。)

緑
(不明)

シダ
(シダかな?)

緑2
(不明)

ハイマツ
(ハイマツ。赤い実を付けていた。)

岩肌2
(岩壁の隙間に咲くコイワカガミ。逞しい!)

岩肌1
(こちらはキンポウゲだったかな?これも逞しい!)

シダ
(密生するシダ。陽を受けてキラキラしていた)

最後に、倒れた木の根が他の草花の住処となっていた。ちょっと感動。

木の根