インドの友人からジョークが届いた。
国民性を面白おかしく語り、時には皮肉るジョークなのだろう。

Irish Grandma's home remedies
アイルランドのおばあちゃんの家庭薬

“For better digestion I drink beer,
in the case of appetite loss I drink white wine,
in the case of low blood pressure I drink red wine,
in the case of high blood pressure I drink scotch,
and when I have a cold I drink schnapps.”

「消化を良くしたいときはビールを飲むわ。
食欲がないときは白ワインを、
血圧が低いときは赤ワイン、
血圧が高いときはスコッチね。
風邪を引いたときはシュナップスに限るわ」

“When do you drink water?”

「じゃ、水はいつ飲むの?」

“I’ve never been that sick!”

「その病気には罹ったことがないわね!」

恐れ入りました!
毎週火曜日の夜は、所属している合唱団の練習に参加する。場所は、日曜日にバイオリンを弾かせてもらった音楽喫茶だ。到着すると一枚の写真を手渡された。

バイオリン

演奏前の紹介を受けているところだろうか。私を紹介下さっている上品な女性は音楽喫茶のオーナーであり、又、その音楽喫茶が主宰されている音楽教室の迪子先生だ。写真はどうやら同じ音楽会に出演されていた男声合唱カルテッドの方がわざわざ届けて下さったようだ。

その写真を手に奥の方に入って行ったら、音楽会に来て下さっていた合唱団の方々から「素晴らしい演奏だったよ」とか「もっとギーコギーコしているのかと思っていたけど、ちゃんと弾けているじゃない」とか「まだバイオリンの音色が残っているわよ」というお褒めの言葉を頂いた。いくつになっても褒められるのは嬉しいものだ。「いえいえ、とんでもないです」と恐縮し、口では否定しながらも表情はだらしなく緩んでいたに違いない。

その後、冷静になって振り返り、私の演奏を褒めて下さった方には二つの共通点があるように思った。一つは、私に好意を持って下さっていること。当たり前のことだが、どんなに頑張っても私はバイオリンの先生のように上手くは弾けない。では、皆さん何を褒めて下さったのかというと、それは技量や芸術性ではなく、私が積み重ねてきた努力や簡単には諦めなかった挑戦意欲だろう。すなわち、私の良い点にフォーカスして好意的に見て下さっているのだ。

もう一つは、こちらの方が重要だと思うが、精神的に豊かな人たちだということだ。人を褒めるには相手に対する関心を持ち、その上で喜んでもらおうというサービス精神が必要だ。しかし、私にも経験があるが、そういう心の余裕がないと、筋違いの対抗意識やつまらないジェラシーなどネガティブな感情に負けてしまい、なかなか人のことは褒められないものだ。要は、精神的にケチな人には他人を褒めることはできないということだと思う。

私の幸運は、そういう人を褒めることができるオトナの人たちに囲まれて育ったということだろう。両親、学校の先生、そして社会に出てからお世話になった先輩の方々。しかし、そういう私もそろそろ褒められる側から褒める側に回らねばならないのかなと最近思う。心して周りの人を褒められるオトナになりたいと思う。
昨日の日曜日、自宅近くの音楽喫茶で開かれた小さな音楽会でバイオリンを弾かせてもらった。

音楽会

サン=サーンス作曲の「白鳥」とザイツ作曲の「協奏曲第5番ニ長調第3楽章」。この2ヶ月間、耳にタコができるほど繰り返し繰り返し何度も練習で弾いた。ご近所さんにはさぞかしご迷惑だったろうと思うが、お陰さまで最初は飛べなかった白鳥も何とか離陸に成功し、ラグビーに例えるとノックオンだらけで全く曲にならなかったザイツも一つの曲だと分かるまでにはつなげて弾けるようになった。

年齢は関係ない。努力は必ず報われる。そんな手応えを感じながらリハーサルに臨み、自分でも驚くほどの滑らかな音が出て、ちょっと安心してしまったのだが、しかし、現実は甘くない。30人程の方が聴いて居られたが、リハーサル時のガヤガヤした雰囲気はなく、シンと静まり返った会場で私のバイオリンと伴奏の先生のピアノしか聞こえない。あぁ、私が主役だ。そう実感して身体に力が入ってしまった。

それでも最後まで弾けたのは、メロディーと弓の上下を覚えていた左手と右手のお陰だ。自分でもおかしかったが、楽譜を見る目は焦点が合っていないのに、手が勝手に動いていた。ラグビーのゲーム中に脳震盪を起こして退場し、その後、意識が戻ってゲームに復帰したら、頭は未だフラフラしているのに身体が勝手に動いている・・そういう懐かしい感覚を久し振りに思い出した。やはり、練習しておいて良かったのだ。

「首振り三年、ころ八年」ということわざがあるそうだ。尺八は三年練習してやっと首を振り振り良い音を出せるようになり、ころころという哀調が出せるようになるには八年かかる。そういう意味らしい。よしっ、取りあえず三年間続けてみよう。バイオリンの先生が差し入れて下さった石田屋のどら焼きを頂きながら、そう心に誓った。それにしても、石田屋のどら焼きは栗がまるまる一個入っていて贅沢で美味しい。お持ち下さった先生の旦那さんの熊さん、ありがとうございました!

石田屋どら焼き