岩崎俊一さんという方は本当に優秀なコピーライターだと思う。

岩崎俊一

本の帯に推薦文を書いておられる残間里江子さんによると、岩崎さんは「コピーは作るものではなく見つけるものだ」とおっしゃっているらしい。多分、特殊な言葉や言い回しを考えるのではなく、普段の生活の中にある真実や希望を見つけ出し、それを誰もが理解できる言葉で語れ、ということなのだろう。

例えば、才能のある写真家にも言えることだと思うが、彼らは私たちと同じ景色を見ているのに、その中から絵になる構図やアングルを探し出すのが上手い。岩崎さんがおっしゃっている「見つけるものだ」というのは、そういうことではないか。日常生活の中にある風景やテーマだからこそ、現実味や説得力があるということか。

私がそう思ったコピーが二つあった。いずれも「食」に関するコピーだ。

「食べる物に、世界一臆病な企業でありたい」
(ゼンショーグループ 2008年)

「牛乳を飲む子を叱る お母さんを、見たことがない」
(農協牛乳 1995年)

臆病という言葉が広告宣伝で使われることは先ずないだろうが、こと食べる物に関しては、神経質を通り越して、正に臆病であって欲しいと思う。又、母親ほど子供の健康や成長を望む存在はいないだろう。その母親を登場させることで、牛乳の栄養や安全を十二分にPRされている。

どちらもお見事!('-^*)/
高尾山から景信山を経て、陣馬山まで行ってきた。

せせらぎの音が涼しげな6号路から高尾山に登ったのだが、今日は気温も湿度も高かったのか、20分も歩くと身体中から汗が吹き出した。又、一人で登るとどうしても体育会の記憶が甦り、前に人がいると追い付いて抜こうとするし、後ろに人がいるとぶっちぎろうとする。山頂手前の石段では、後ろから来た若者に抜かれまいと歯を食いしばって頑張ってしまった。阿呆だと思うが、ちょっとかわいい(笑)

こんな調子で陣馬山まで行ったら身体がもたないから、できるだけキョロキョロして歩くようにしたのだが、夏草ばかりで意外に花が少ない。ただ、高尾山から景信山に向かう途中にアジサイが咲いているのを見つけた。

アジサイ

いつものことだが、倒れてしまった木の幹に新しい命が宿っているのを見ると感動する。

倒木から

この美しい実はいったい何なんだろう? 遭難したら食べてしまいそう。

何の実?

そして、「今日の一枚」は景信山から陣馬山に向かう途中で出会った「ヤス君」(オス3才)だ。ご主人のリュックに行儀良く収まり、不審な人物が後ろから付けて来ないかどうか、予期せぬ危機が迫っていないかどうかをチェックしているように見えた。この写真にタイトルを付けるとすれば「信頼」かな。

ヤス君

7時から12時まで歩き、今日は3万歩を超えた。健康に感謝(^O^)/
毎日新聞に面白い投稿があった。

投稿

投稿されたのは、千葉県市川市の宮内瑞穂さんという主婦の方で、以前は東京都下の小学校で先生をされていたようだ。今も年に一回、東京銀座で教員仲間と同窓会を開いておられるそうで、今年は新たに2名の方が定年退職を迎えられ、花束や記念品、心のこもったねぎらいの言葉が贈られたとのこと。その中にこんな言葉があったらしい。

「私たちシニアが心して生きていかなければならない2点、それは教育(『今日行く』ところがある)と教養(『今日用』事がある)です。認知症にまっしぐら。そんな事態に陥らないためにも、この二つを目的にして、生活していきましょう」。

「教育と教養」というタイトルだったので、堅苦しい話かなと思っていたのだが、実に軽妙で、ウィットに富んだお話だった。実際に定年を迎えると、月曜日から金曜日まで自由に使える時間が一気に増える。できれば、「時間が増えたはずなのに、全く足りない」と言えるくらいになりたいものだ。