取引先を訪問すべく静岡を訪れ、静岡駅の構内を歩いていたら、同志社大学の広告が目に飛び込んできた。予想外のことでビックリしたが、同志社が大好きな私としては嬉しくない訳がない。しばらく新島先生のご尊顔を拝した後、写真を撮って引き揚げた。

人一人は大切なり

さて、「人一人ハ大切ナリ」という言葉だが、調べてみたところ、1885年、同志社英学校創立10周年を記念する式典で新島先生がおっしゃった言葉だと分かった。その式典の直前まで、新島先生は欧米視察旅行に出掛けておられたようだが、その間に同志社で退学処分を受ける学生が出たらしい。それを知った新島先生は涙ながらにその学生の将来を憂い、学校の処分が正しかったのかどうかを考えるよう訴えられたというのだ。激情とも言える新島先生の熱い思いが129年の年月を経て伝わってくるように思う。

そう言えば、先日、同志社を卒業された大先輩から「私たち一人ひとりの中にも新島先生がおられる筈だ」と言われたことを思い出した。私の中にも先生がおられるのだろうが、私には先生ほど回りの人のことを思い遣る豊かな愛情などあるとは思えないから、「君は人間の器が小さ過ぎて窮屈だ」と文句をおっしゃっているような気がしてきた。だから、せめて、先生が戒められた「優柔不断にして安逸を貪り、苟も姑息の計を為すが如き軟骨漢には決してならぬこと」だけは守りたいと思う。