友人からメールが届いた。いろいろ動いてみた結果、引退は延期し、次の仕事を探してみることにしたとのこと。その心境の変化を綴った内容が面白かった。まとめるとこうなる。


段階①

契約終了という会社側の決定が許せず怒ってしまった。


段階②

冷静になり、自分に問題があったのでは、と過去を振り返った


段階③

①と②が何度も繰り返され、疲れてしまった。


段階④

気分を変えようと、東海林さだおの漫画を思い出し、映画館のはしごをしてみた。が、思うほどには気が晴れず、又、映画館のはしごも毎日はできないことに気付いた。


段階⑤

次のことを発見した(そのまま引用)。

「過去の失敗や後悔は安心して振り返り、考えることができる。もう済んだことだし、どう考えようが、これまでの人生が変わるわけではないから。変化がないから、いくら考えても怖くないんだと思う。」


段階⑥

更に発見(そのまま引用)。

「しかし、将来のことを考えるのは不安を伴う。どんな世の中になるのかは誰にも分からないし、どう考えるか、どう決断するかで、これからの人生が変わるから。やっぱり、変化が心配で怖いんだろうね。」


段階⑦

そして決心(そのまま引用)。

世の中の変化を受けない自分だけの世界なんかないし、だったら変化を感じやすい場所に身を置き、自分も変化できるようにしておいた方が良いと思う。だから、引退は延期し、次の仕事を探すことにした。次に会ったとき、変化していても驚かないでね(笑)」



友人には簡単に返事した。

「カメレオン、がんはれ!」(笑)

高嶋邦幸先生が指揮をされている川口市民合唱団のコンサートに出掛けた。プロローグの「きみ歌えよ」は軽快な曲だったが、これをアカペラで歌われたことに驚いた。又、ステージに出て来られた団員の方々が奥のひな壇には上がらず、高嶋先生を囲むように集まって歌われたことにも驚いた。


さらには、ステージ衣装が男女ともに真っ白なシャツで、男性は紅葉を思わせる色鮮やかな橙色・黄色のネッカチーフ、女性は同色の胸飾りを付けておられたから、目にも新鮮なスタートになった。



アカペラで歌われた「ここから始まる」と「さびしいカシの木」は最後まできれいなハーモニーを楽しませて頂いた。皆さん、楽しそうに歌っておられたから、相当練習を積まれたのかなと思う。「落葉松」は先生の指揮通りにテンポが変わり、聞き応えがあったし、「春に」は春の暖かみがステージから溢れ出てきたかのように感じた。「小さな空」と「主よ人の望みの喜びよ」は津留崎先生のオルガンの音色が深くて美しく、心が揺さぶられる思いがした。きちんと練習されてきたことがうかがえる、素晴らしい演奏会だった。

最後に、団の代表の方が高嶋先生を紹介されるとき「私たちがご指導通りに歌えないことがあるから、最もお疲れになるのが高嶋先生」、ピアニストの津留崎先生の紹介を紹介されるときには「音を拾えていないパートが分かると直ぐにそのパートを大きく弾いてくださる先生」とおっしゃっていたのが印象的だった。温かなお人柄で音楽好きの方々が揃い、先生方と深い信頼関係を築き上げられたのだろう。昨日は寒い一日だったが、心をポカポカに温めて頂いたように思う。

今年の3月まで練習に参加していた同志社混声合唱団〈東京〉の定期演奏会に出掛けた。



第1ステージはJ.S.バッハ作曲のモテット Ⅰ (BWV225)で、各パートが2組に分かれて歌う難しい曲だ。全員が揃うとは限らない練習で、同じパートのメンバーがいないときは仮病を使って帰ろうかと思ったことを思い出した(笑)  あれから7ヶ月、皆さん、しっかり練習され、バッハの時代を想像させるオルガンの伴奏で、美しいハーモニーを聞かせてくださった。

第2ステージは石若雅弥さん編曲の「民謡ラプソディ」から八木節、河内音頭、こきりこ節、ソーラン節の4曲を歌われた。民謡にはその地域の人々によって受け継がれてきた思いや誇りがあると思うが、そういう人々の姿が浮かんでくるような、見事な歌いっぷりだった。感動した。


最も胸を打たれたのは第3ステージの「二つの祈りの音楽」だ。2曲から成るが、最初の「夜ノ祈リ」は人と人とが殺し合う戦争をテーマにしており、そこには作詞された宗 左近さんの壮絶な実体験も色濃く反映されている。そんなことから、3月の時点では歌詞に心の痛みを訴える方々もおられたが、今日はそれを淡々と、しかし心を込めて歌われ、その苦しみから解放される喜びや安心が第2曲の「永遠の光」に受け継がれて花開き、ため息をつくほど美しく希望に満ちたコーラスになっていた。感動の涙が出た。素晴らしいコンサートだった。