今年も多くの喪中葉書が届いた。誰が亡くなられたかが書かれているものについては、できるだけお悔やみの葉書を出すようにしている。

喪中葉書

今年は一緒にラグビーをしていた同級生が亡くなった。運動能力が高く、闘争意欲も旺盛な友人だっただけに、その最期を無念に思う。大学の先輩のお父様は99歳で亡くなっておられた。「白寿を迎え・・」と書かれていたが、案外、ご本人は百歳までは生きるぞと決めておられたかも知れない。生きることも死ぬことも思い通りにはならないものだろう。

11年前に父が亡くなったとき、同級生という方が父の学生時代の想い出を綴ったお手紙を下さった。若かりし頃の父を想像して笑い、時にはしんみりし、最後には同級生の方のお気持ちが嬉しくて泣いた。その方の奥様から「夫が亡くなりました」というお葉書を昨日頂いた。しばらく葉書を手に持ったまま固まってしまった。

この季節になると、私たちを中心に地球は回っているのではない、私たちは客人の如く、ちょこっと地球にお邪魔しているに過ぎない、という気持ちになる。そう思うと、地球を汚してはいけない、客人同士で争ってもいけない、帰り支度も決して忘れてはいけない、と自然に思えるような気もするが、どうだろう。
昨日、伝統の一戦、早稲田対明治のラグビー戦があった。早稲田が勝利し、対抗戦グループの2位を確保、敗れて2敗となった明治は同グループの3位となった。既に帝京大が全勝優勝を決めているが、それでも新聞で大きく取り上げられるのは、秩父宮を満員にする人気があること、それから、来週から始まる大学選手権の上位を狙えるチームだと認識されているからだろう。

毎日新聞2

一昨日には、同じく伝統の一戦、同志社対立命館のラグビー戦があった。同志社が勝って3位、敗れた立命館は5位という、関西リーグ戦の最終戦にしては寂しい位置付けの試合だったが、翌朝の毎日新聞の朝刊には結果すら出ていなかった。ラグビーに関する記事は全国高校ラグビーとトップリーグに関するものだけだった。

毎日新聞

関西、特に京都にいると、この取り扱いは想像できないかと思うが、これが現実だ。同志社は関西から関東に挑むチームの一つに過ぎないし、帝京大を倒す一番手とも目されてはいない。今シーズンは初戦の天理戦こそ観る人に感動を与えたように思うが、その後は受けに回ったと言われても仕方のないゲームだったのでは。誰が見ても挑戦者で、失うものなど何もないのだから、80分間、挑戦を続けて欲しいと思う。
川畠成道さんというバイオリニストのコンサートに誘って頂いた。それまで、お名前も存じ上げなかったバイオリニストだが、プロフィールを読むと、子どもの頃に視覚障害を負われたと書いてある。それが8歳のときで、バイオリンをお父様の指導で習い始められたのは10歳のときだとか。決して早くはないと思うのだが、ひょっとすると、バイオリン以外のことに関心のある少年だったのだろうか。

川畠さん

高校から川畠さんは桐朋学園に進学され、大学卒業後は英国王立音楽院に留学、首席で卒業されたとか。素晴らしい経歴だが、どうやって勉強されたのだろう。楽譜はどうされたんだろう、先生からの注意や指示はメモもせずに記憶されたのだろうか。ともかく大変な努力をされたに違いないと頭の下がる思いで川畠さんがステージに出て来られるのを待った。

ところが、ステージに立たれた川畠さんには全く気負われたところがなく、実に飄々とされている。受け応えも自然体で、しかも軽妙、観客席からは笑いも漏れる。これで私もすっかりリ油断してしまったのだが、始まった演奏には度肝を抜かれた。とにかく、こんな音がバイオリンから出るのか、そんな弾き方があるのか、という驚きの連続で、さまざまなテクニックに目を白黒させてしまった。

演奏されたのはモーツァルト作曲バイオリン・ソナタ第33番ヘ長調、フランク作曲バイオリン・ソナタイ長調、そして、映画音楽からムーン・リバー(ティファニーで朝食を)、サンライズ・サンセット(屋根の上のバイオリン弾き)、ポル・ウナ・カベサ(セント・オブ・ウーマン)、最後にワックスマン作曲のカルメン幻想曲。いずれも素晴らしかったが、ポル・ウナ・カベサは特に胸が締め付けられた。

帰宅後、自分のバイオリンを取り出してしみじみ眺めてみることにした。このバイオリンも本当はもっと能力が高いのに、私が弾いているから十分にその能力を引き出せていないのだ。バイオリン、ごめんね!どう頑張っても川畠さんのようには弾けないけど、せめて「1年前より上手くなった?」という変化を味わってもらえるよう練習するね。うん?決意はいいからサッサと練習しろ?はい、確かに ((((((ノ゚⊿゚)ノ