寒河江 正さんと羅 逸星(ナ イルソン)さんが書かれた本だ。その反響の大きさから、tvk開局40周年記念番組としてドラマ化され、昨年3月に放映されている。

お二人は1945年、当時は日本の植民地だった朝鮮半島で出会い、短い期間ながら同じ中学校で同級生として学んでおられる。日本の敗戦後、寒河江さんは困難を乗り越えて日本に引き揚げられ、仙台第二高等学校から同志社大学に進学、卒業後は放送人として数々の番組をプロデュースされてきた。一方の羅さんは朝鮮戦争の混乱を乗り越え、延世大学とペンシルバニア大学で物理学と天文学を専攻し、天文学者になられた。現在、延世大学の名誉教授を務めておられる。
お二人の再会は終戦から41年後とのことだが、これは羅さんが寒河江さんの消息を求めてさまざまな伝手から探され、やっと実現したものらしい。では、なぜ、羅さんはそこまでして寒河江さんに再び会いたいと思われたのか。その理由は、中学校の教室で起こった、ある事件にまで遡る。
当時の中学校では日本語を話すことが義務付けられており、朝鮮の人たちも日本語を話していたようだ。ところが、教室の中で朝鮮人の生徒が2人、喧嘩を始めてしまう。それを止めに入った羅さんが、思わず朝鮮語で「朝鮮人同士で喧嘩してどうするんだ。やめろよ」と言ってしまう。
それを聞いた日本人の生徒が羅さんに「今、朝鮮語を話したろう」と詰め寄る。それがバレると一週間の停学処分だ。羅さんは困るが、そこに寒河江さんが割って入ったらしい。そして、「朝鮮人が朝鮮語を話して何が悪いんだ」と大きな声で怒鳴られたらしい。その場はそのひと言で収まり、事なきを得たのだそうだ。寒河江さんと羅さんの友情が芽生えた瞬間で、なんとも痛快、心温まる思いがした。
ただ、時代が時代だけに、その後のお二人にはご苦労が続くが、41年振りの再会を経て、お二人は今も友情を深め、温めておられる。それを素晴らしいと思う。国家同士には面子や譲れぬ一線があるだろうが、人間同士なら共有できる痛みや喜びがある筈だ。そういうことを考えさせられる本だった。

お二人は1945年、当時は日本の植民地だった朝鮮半島で出会い、短い期間ながら同じ中学校で同級生として学んでおられる。日本の敗戦後、寒河江さんは困難を乗り越えて日本に引き揚げられ、仙台第二高等学校から同志社大学に進学、卒業後は放送人として数々の番組をプロデュースされてきた。一方の羅さんは朝鮮戦争の混乱を乗り越え、延世大学とペンシルバニア大学で物理学と天文学を専攻し、天文学者になられた。現在、延世大学の名誉教授を務めておられる。
お二人の再会は終戦から41年後とのことだが、これは羅さんが寒河江さんの消息を求めてさまざまな伝手から探され、やっと実現したものらしい。では、なぜ、羅さんはそこまでして寒河江さんに再び会いたいと思われたのか。その理由は、中学校の教室で起こった、ある事件にまで遡る。
当時の中学校では日本語を話すことが義務付けられており、朝鮮の人たちも日本語を話していたようだ。ところが、教室の中で朝鮮人の生徒が2人、喧嘩を始めてしまう。それを止めに入った羅さんが、思わず朝鮮語で「朝鮮人同士で喧嘩してどうするんだ。やめろよ」と言ってしまう。
それを聞いた日本人の生徒が羅さんに「今、朝鮮語を話したろう」と詰め寄る。それがバレると一週間の停学処分だ。羅さんは困るが、そこに寒河江さんが割って入ったらしい。そして、「朝鮮人が朝鮮語を話して何が悪いんだ」と大きな声で怒鳴られたらしい。その場はそのひと言で収まり、事なきを得たのだそうだ。寒河江さんと羅さんの友情が芽生えた瞬間で、なんとも痛快、心温まる思いがした。
ただ、時代が時代だけに、その後のお二人にはご苦労が続くが、41年振りの再会を経て、お二人は今も友情を深め、温めておられる。それを素晴らしいと思う。国家同士には面子や譲れぬ一線があるだろうが、人間同士なら共有できる痛みや喜びがある筈だ。そういうことを考えさせられる本だった。