浄土真宗大谷派のお寺さんから頂いたお便りに、藤代聰麿さんというお坊様の言葉が紹介されていた。


「これからが これまでを 決める」


一瞬、変なことをおっしゃるなぁと思い、これまでの努力や学びが未来を作るのでは、と反論したくなったが、以下のような解説を読み、あぁ、なるほど、と納得した。


すなわち、学歴や経歴は明確に見えることから、社会は人間の評価を履歴書で決めたがる。よって、世間の常識からすると、「これまでが これからを 決める」になるのだろう。しかし、明治44年生まれの藤代聰麿さんは日中戦争に従軍して過酷な時を過ごされ、復員後、「辛い過去に人生を決められてたまるか」と思われ、「これからどう生きるかで過去の意味が変わる」ことに気付かれたのだという。


今の不満や不遇を過去のせいにしたら、そこで時間が止まってしまうように思う。しかし、これからどう生きるかを考え、実行に移し、少しでも手応えを感じる時間に恵まれたら、過去の失敗や挫折も笑いながら振り返ることが出来そうだ。なかなか良い言葉を教えてもらったように思う。


(桜も咲けば、寒さに耐えた蕾の頃を懐かしく思い出せるのかも)

新鮮な感動を覚える素敵なコンサートだった。開演時、ステージに現れたのは田村麻子さんではなく、この春、大学生になったばかりという4名からなる弦楽カルテットで、ハイドンの弦楽四重奏曲ハ長調「皇帝」の第1楽章を実に軽やかに演奏された。こんなに素敵な若者がいるのかと、ちょっと嬉しくなった。



これが第一部の幕開けで、続いてステージに出てこられた田村麻子さんは、7つの異なる言語で書かれた歌を順に歌っていかれたが、その伴奏も弦楽カルテットが務め、耳に快い演奏になったように思う。又、曲と曲の合間には自らを「春風」と呼ぶストーリーテラーが軽やかに現れ、私たち聴衆を次の曲へと案内されたので、言語や背景は違えども自然に次の曲へと移れたように思う。私はフォーレの「夢の後に」に最も心を揺さぶられた。


第ニ部は江澤隆行さんのピアノ伴奏で日本語の歌を4曲歌われたが、歌詞が分かると情景が浮かぶ。木下牧子さんの「竹とんぼ」では「トンボより飛行機よりも空が好きになったらどうしよう」、村井邦彦さんの「つばめが来る頃に」では「今年も巣を作る、そこで雛鳥育てて南に帰る」に鮮やかなイメージが湧いた(村井邦彦さんが来場されており、麻子さんから紹介されて歓迎の拍手を受けておられた)。


その後、再び弦楽カルテットが登場され、メンデルスゾーンの弦楽四重奏のための4つの小品第1番を演奏されたが、バイオリンだけではなく、ビオラとチェロの音色も美しくて感動した。次に麻子さんがオペラから3曲を歌われたが、プッチーニ「ラ・ボエーム」の「私が街を歩くと」がとても良かった。もう一度聴きたい(笑) アンコールの「朧月夜」も美しく清らかな演奏で感動した。


この間は三大学OBジョイントコンサートで音楽をこよなく愛する元気な高齢者を拝見したし、今回はベテランと新人が共に作り出せる音楽を聴かせてもらった。音楽には素晴らしい力があると思う。

昨日の朝刊。アメリカとイランが2週間の停戦に合意したと報道された途端に、東証の日経平均株価が大幅に続伸し、5万6000円台を回復したらしい。



こういう記事を読むと、お金は怖がりで、危ないとなると直ぐに逃げるし、仲間が増えそうだとなると集団で駆け付けるから、これがバブルを招いたり崩壊させたりするのかなと思う。ただ、貨幣がなかった時代は「物々交換」で必要なものを交換し合っていたと習った記憶があるから、今回、株式市場に流れ込んだお金はいったい何と交換されたのだろうかと考えた。

常識あるオトナなら「上場している会社の株式を買ったんだよ」と笑って教えてくれそうだが、お米や野菜、水、枕や布団、パジャマと違い、株式は今日必要なものではないように思う。ということは、世の中にはお金だけが作り上げている市場があるということだろう。今日を安心して過ごせることに感謝しないと、バチが当たりそうだ。