AIの解説によると「いただきます」は・・・


「食事を始める際の挨拶で、食事に関わる全ての人々や食材への感謝の気持ちを込めた言葉です。具体的には、食材を作ってくれた人、運んでくれた人、料理を作ってくれた人、そして食材となった命への感謝を表しています」とのこと。



台所に何が置いてあるんだろうと思ったら、左がニンジンのヘタを水に浸していたもの、右は小松菜の根っこを同じく水に浸していたもの。ニンジンのヘタからは葉っぱがにょきにょき伸び始め、小松菜から出てきた葉は根っこを覆い隠すほど大きくなった。


ものを言わない野菜も生きているんだよ、と見せつけられた気分。食事する前には、それが魚でも肉でも野菜でも、心から感謝して「いただきます」を言おうと思う。

娘が海外出張するとのことで、5日間ほど孫を預かった。小学校4年生の女児と保育園年長組の男児の2人だが、年長組の男児はたまたま私と同じ誕生日で、ちょうど64才の年齢差がある。



保育園への送り迎え、入浴、朝ごはんと晩ごはん、就寝前の本読み、と同じ時間を過ごしたが、とにかく「どうして?」「どうやって?」「いつ?」という質問を多く受けた。答えに困ったのは、大学生がラグビーの練習をしているのを見付けたときだ。

「あれ、何をしているの?」
「ラグビーの練習や」
「おじいちゃまもラグビーしてたんだよね?」
「うん」
「どうしてラグビーしたの?」
「うん?」

たまたま、おじいちゃまのパパがラグビーしていたから・・みたいな答えをしてしまい、孫は「ふーん」と首を傾げてしまったが、正しくは「ラグビーに興味があってやってみたくなったんや」と答えるべきだったろう。

私に比べ、髪の毛がフサフサの孫を羨ましく思ったが、64才の年齢差で痛感したのは髪の毛より「好奇心」の差だ。孫にとっては見るもの聞くもの全てが好奇心の対象で、それが募れば「やってみよう」「調べてみよう」「詳しく聞いてみよう」になるのだろう。孫にならい、もう一度、好奇心を取り戻そうと思う。

毎日新聞の一面に「ドイツ 車産業、火の車」という記事が出ていた。ドイツ東部ザクセン州はVW、BMW、ポルシェが工場を構える自動車産業が盛んな地域とのことだが、中国市場での販売不振が続くところに「トランプ関税」が襲い掛かり、将来に対する不安が広がっているらしい。



記事は同州ツウィッカウ市にある「アウグスト・ホルヒ博物館」にも触れている。同博物館はアウディの前身である4社の内の2社を創業したアウグスト・ホルヒの名前を冠しており、戦前の乗用車から電気自動車まで展示されているとのこと。東独時代に製造された「トラバント」も展示されているらしく、その写真が掲載されていた。


ベルリンの壁が崩壊する少し前、ベルリンを観光バスで訪れたことがあるが、その途中、高速道路で「トラバント」を西独の観光バスがすいすい追い越したから、「東独の人たちは技術力の差を感じなかったかな?」と思った記憶がある。ドイツが統一され、予約から納車まで10年掛かったという「トラバント」は直ぐに生産が中止になったそうだから、旧東独の人たちは旧西独の車に乗り換えたのだろう。

トランプ関税があちらこちらに混乱を引き起こしているが、この記事の救いは、同博物館の学芸員、アンドレ・マイヤーさんの言葉にあるように思う。
「自動車産業の未来を決めるのは政治家ではありません。市場であり、消費者です。」
政治の力に屈することなく、消費者に選ばれる商品やサービスを開発者し続ける企業だけが生き残れるのかなと思った。