毎日新聞夕刊の第1面に母校の名前とチャペルの写真が出ていたので、何事かと思って読み始めたら、戦時下の同志社で学ばれた韓国の国民的詩人、尹 東柱(ユン ドンジュ)さんに関する記事だった。



尹さんは熱心なキリスト教徒で、1942年10月に同志社大に入学されるが、抗日独立運動への関与を疑われ、43年7月に逮捕されてしまう。その後、京都地裁で懲役2年の判決を受けた尹さんは福岡の刑務所に移送され、45年2月16日に獄死されている。


大学キャンパスには没後50年を記念して建てられた詩碑があるが、没後80年に当たる今年、学長の小原先生が「戦争の時代の同志社には明るい部分だけではなく誤りや失敗もある。その時代を象徴する人物に光を当てることで、当時の課題が今の私たちに投げかけていることを確認しよう」と学内で呼び掛け、検討を重ねた末、尹 東柱さんに名誉博士号を授与することが決まったらしい。素晴らしい決定だと思う。


記事は結びに、尹 東柱さんの詩碑に刻まれた詩を紹介している。韓国が日本の植民地下にあった1941年の作で、悲しみや憤りと共に、それを乗り越えようという強い意志や希望も感じるから、尹さんは特別な思いを抱いて同志社に来られた筈だ。今年は同志社開学150年の年でもあり、同志社のあり方を考えるに相応しい課題だと思う。


死ぬ日まで空を仰ぎ

一点の恥辱(はじ)なきことを、

葉あいにそよぐ風にも

わたしは心痛んだ。

星をうたう心で

生きとし生けるものをいとおしまねば

そしてわたしに与えられた道を

歩みゆかねば。

今宵も星が風に吹き晒らされる。

5年ぶりに人間ドックを受けた。



私の回りには「俺は人間ドックなんか受けない。そんな検査に頼るより、自分の感覚の方が大事だ」という人や、「下手に悪いところが見つかって、人間ドック依存症になるのは嫌だ」という人もいて、不思議とそういう方々が元気なものだから、ついつい私も人間ドックを敬遠してきた。

ところが、昨年、ラグビー部の先輩が続けて亡くなられたり、同級生から「癌が見つかり手術した」という連絡が続けて来たりしたものだから、さすがに少し心配になり、久しぶりに人間ドックを申し込んだ。

血圧測定、採血、視力と聴力の検査、肺のレントゲン、心電図、そして大の苦手の胃カメラの検査を終えた頃にはヘトヘトになっていたが、身体だけは買い換えも交換もできないし、この身体のお陰でラグビーや登山を楽しみ、最近は合唱やバイオリンでもお世話になっているのだから、もう少し労らないといけなかったのだろう。

最近になり、「身体は資本」を実感できるようになった。身体は約70年間、私の夢の実現や仕事、趣味のために働き続けてきた。考えてみると、一番私の言いなりになり、私のためだけに動いてくれのはこの身体だろう。会社に事業を興し発展させるための資本があるように、私には身体という資本が与えられていたのだ。多少痛めてしまった面もあるけれど、まだまだ使える大切な資本だ。大事にしようと思う。

コーロ・カステロのコンサートに出掛けた。久しぶりだ。初めてその演奏を聴いたのは2011年のことで、それまで男声合唱など聴いたこともなかったので、厚みのある力強い歌声や、男の意地や純情を感じさせるハーモニーに感動し、すっかりファンになってしまった。


(賛助出演の合唱団 城の音)

演奏も素晴らしいが、お客さんへの挨拶や曲目の紹介にはユーモアと遊び心が満載で、お客さんの方も「待ってました」とばかりに笑われるから、一気に会場に優しく暖かな空気が流れる。そういうステージと観客席が直ぐに一体化するコンサートは他では味わえないから、毎年、コンサートに寄らせてもらうことになった。


(賛助出演の成城合唱団)


さて、今回のコンサートだが、僅か15名という小さな合唱団になっておられることに驚いた。元々ご高齢の方が多いことに加え、新型コロナによる活動休止中に亡くなられた方がおられたらしい。それでも、久しぶりに聴いた「浜辺の歌」は安定感のある美しいハーモニーだったし、「帰れ、ソレントへ」では私の大好きな「男の純情」をナポリ語で歌われたソリストの方から感じさせて頂いた。


(コーロ・カステロ)


続く「故郷の人々」と「O'l Man River」でもソリストの方が情緒たっぷりにメロディを歌い上げられたが、後ろの皆さんが控えめながらも美しいコーラスを披露され、チームワークの素晴らしさを感じさせて頂いた。


最後になったが、「ローレライ」では指揮をされていた高嶋先生の美しい歌声を聴かせて頂き大満足。又、なかなかステージに出て来られなかったので、ちょっと心配していた「専属フメクリスト」の宮下氏もお元気そうで安心した。