学生時代にラグビーをされていた「けーいち」さんがコメントを下さった。私がアップした菅平の写真をご覧になり、「ラグビーをしているときはあまり目に入りませんが、こんなに緑が眩しいのですね」とのこと。その通りだ。私も現役時代は周りの景色を眺める余裕などなかったし、一番長く見たものと言えば、膝に手を付いてハァハァ息をしながら眺めていた地面だろう(笑)

 

夏合宿と言われて思い出すのは、和室に4〜6人で雑魚寝(タコ部屋と呼んでいた)、4年生の部屋長と1年生の部屋子(使い走り)、二つ折りにされた布団、土や砂でざらつく畳、無造作に積み重ねられた練習着、消毒液やガーゼ、包帯、ハサミなどが乱雑に詰め込まれた薬箱、それから、何と言ってもサロメチールの匂いだ。今はテーピングが普及したし、さまざまな薬もあるのだろうが、我々の現役時代は捻挫、打撲、肉離れにはサロメチールとサポーターが定番で、各部屋にサロメチールの匂いが充満していた。

 

そういう記憶からすると、OBとして来る夏合宿は優雅な避暑に違いない。サロメチールの匂いではなく、草花の香りが爽やかなペンションに宿泊。

 

 

 

 

庭にはきれいな花がいくつも咲いていた。

 

 

 

 

 

 

OBで来る夏合宿は優雅で快適だが、一日の練習を終えて風呂に入れた時の喜びと、合宿最後の練習を終えてスパイクを脱いだときの解放感は味わえない。そう思うと、サロメチールの匂いもちょっと懐かしくなる。

同志社高校ラグビー部の夏合宿が菅平で行われており、その様子を見に行くことにした。東京から車で3時間半、快晴なのに湿気が少なく、実に快適で過ごしやすい。昨日の東京とは別世界だ。



午前中は群馬県の高校との練習試合、午後は広島県の高校との練習試合だったが、いずれも体格や基礎体力では劣るように見えた同志社高校が快勝した。これがラグビーの面白いところかなと思うのだが、例えばボールの回りにいる5人の選手が同じことを考えている場合と、てんでバラバラのことを考えている場合では全く結果が違ってくる。そういう暗黙の了解が同志社の方にたくさんあったのかなと思う。



もう一つ、同志社高校のベンチから歓声の湧くプレーがいくつかあり、私も思わず「ナイスタックル!」と叫んでしまったプレーがあるのだか、見る人を唸らせたり、一緒にプレーする仲間に勇気を与えるのは身体を張ったプレーなんだと思う。私が「ナイスタックル!」と叫んだタックルの後、チームは間違いなく元気になったし、逆に相手チームはリズムを狂わせたように思う。最後にものをいうのは、そういう身体を張ったプレーだと思うので、一人でも多くの選手にその機会があればと望む。

最後に、選手たちの世話をする女子マネとホテルのエレベーターで一緒になった。ご苦労さま、と声を掛けた後、ところでお父さんはおいくつ、と尋ねたら私より一回りも年下だった。ショック😵(笑)

エンニオ・モリコーネというイタリア人の作曲家がおられる。偶然、彼の作品である「ミッション」という曲が、彼自らが指揮するオーケストラにより演奏されているのをyoutubeで見付けた。前半は「ガブリエルのオーボエ」と呼ばれる曲のようで、オーボエによりゆったり奏でられるメロディーを聴く内にとても温かな気持ちになり、やがて静かな勇気のようなものが湧いてくる。その後は少しテンポの速いオーケストラによる演奏になり、最後は混声合唱団による力強い歌声で締めくくられる。

 

これは素敵な曲だと思い、調べてみたら、「ミッション」という映画の主題歌で、ジェレミー・アイアンズ演じるイエズス会の宣教師が布教のために南米の奥地に赴く物語で、私が大好きなロバート・デ・ニーロも出演している。あらすじを読むと、イエズス会の宣教師が南米の先住民、グアラニ族と出会い、さまざまな出来事を通して信頼関係を結ぶが、しかし、その後、切ない結末を迎えるという物語のようだ。多分、そのテーマに添ってエンニオ・モリコーネが作った曲なのだろう。

 

因みに、彼が映画の為に作曲した曲を見たら、「荒野の用心棒」、「シシリアン」、「狼の挽歌」、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」、「ニューシネマパラダイス」等々、私に深い感動を与えた映画がぞろぞろ出てきたから、多分、私は彼の音楽や世界観と相性が良いのだろう。

 

さて、白粉花と同じ時期に咲き始める青い花がある。花の形は蛇が大きく口を開けて相手を威嚇しているようにも見えるが、濃い青や紫の色合いがエレガントだ。名前を調べると「サルビア・グアラニチカ」という名前だった。

 

 

この名前の「グアラニチカ」が気になって更に調べたら、やはり原産が南米のブラジルやパラグアイで、そこに住んでいた先住民のグアラニ族から取られた名前とのことだった。この花にも長い歴史と今や遠く離れてしまった故郷があるのかと思うと、急に愛おしくなってしまった。