サントリーホールで歌った、などと言うと大嘘つきと叱られそうだが、本当に歌った。ただ、舞台の上ではなく観客席だったけど(笑)


お取引先のイギンさん主催のクラシックコンサートに出掛けた。第一部ではバイオリニストの木嶋真優さんがチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を弾かれたが、ものすごく難しい曲で、目にも止まらぬ速さで移動を繰り返す左手と、そんな動きの中でも正しい場所を押せる左手の指に感心した。私があそこまで上達するには500年は掛かるだろう(笑)

第二部で日本フィルハーモニー交響楽団が演奏されたチャイコフスキーの「スラヴ行進曲」とシベリウス作曲の「フィンランディア」も素晴らしかった。特に「フィンランディア」は帝政ロシアの圧政下にあったフィンランドで独立を目指す人々から深く愛され、帝政ロシアから演奏禁止の処分を受けたほどの曲だから、聴いていると胸が熱くなり、勇気が湧いてくるような、しかし、とても優しい気持ちになる曲だった。

イギンさんのコンサートでは、最後に舞台と観客席が一体となって音楽を楽しめる時間が用意されていて、今回はベートーベンの第九「歓喜の歌」を日本フィルの演奏で歌った。記念品の中にちゃんと歌詞の書かれたビニールファイルが入っており、それを手に私も大きな声で歌わせて頂いた。


どんな形であれ、サントリーホールで歌えたのだから、正に「歓喜の歌」だ(笑)
合唱団でご一緒させて頂いているMさんから映画のチケットを頂いた。キリスト教の洗礼を受け、同志社で学び、その後、救世軍に入って活躍する山室軍平を取り上げた映画だ。監督は東條政利さん、実は同志社大学柔道部のOBだ。

映画は、貧しい者や弱い立場にある人々の存在に心を痛める主人公が、あくまでも行動ありきという決意のもと、娼妓自由廃業運動や社会福祉事業に取り組む姿を描いている。それを支える夫人や友人など魅力的な登場人物が花を添えるが、吉田清太郎という友人が出てくる。

(同志社のチャペルで共に祈る軍平と清太郎)

同志社に入学するものの授業料を払えない軍平を見かね、清太郎は自分の授業料や生活費から軍平の授業料を捻出するが、そのせいで彼は無一文になり、木の実や死んだ猫を鍋にして食べる羽目になる。作り話かと思ったが、清太郎は実在する人物で、この鍋も実話というから驚いた。

ただ、清太郎も抵抗なく鍋を食べられた訳ではなく、躊躇った末にある聖句を呟いて心を決める。これがその聖句だったかどうかは分からないが、「ローマ人への手紙」第14章にこういう言葉が出てくる。

「主イエスにあって、私が知り、また確信していることは、それ自体で汚れているものは何一つないということです。ただ、これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れたものなのです。」

私は納豆も食べられない軟弱者で清太郎には成れっこないが、せめて、この60年余りで築いてきた好き嫌いや思い込み、固定観念から少しでも自由になれるよう努力してみようかと思う。が、やっぱり納豆は勘弁してね(笑)