ユニークなコンサートの最後を飾ったのは、12月20日(水)に東京オペラシティ近江楽堂で開かれた「イタリア初期バロック音楽」のコンサートだ。これが一番ユニークだったかも。

 

先ず、登場した楽器が私にとっては新鮮で、チェロかなと思った楽器には弦が7本あり、ギターのようにフレットまで付いていた。これは「ヴィオラ・ダ・ガンバ」という楽器で、初めて見るものだった。

 

 

それから、象の鼻のように湾曲した縦笛が出て来たが、これも初めて見る楽器だったと思う。木管楽器のようだが、音はトランペットに似て勢いと華があった。名前を忘れてしまったのだが、「ツィンク」かなと思う。

 

 

更には、バリ・ガムラン、アラブ・パーカッション奏者という方が特別ゲストで現われ、タンバリンのような打楽器や、寿司桶の外枠に皮を張ったような楽器を器用に演奏されていた。もちろん、初めて見る楽器で、その音色も初めて聞くものだった。

 

これにチェンバロとソプラノ歌手、テノール歌手が加わり、モンテヴェルディ(1567-1643)という今年生誕450年を迎えた音楽家の作品を中心に当時の作品が次々と演奏されたのだが、会場が小さかったこともあり、目の前で演奏される方々の表情が良く見えたし、歌手の方々とは時に目まで合ったので、途中から「私のためのコンサート」みたいな錯覚をしそうになった。実際、当時の貴族やお金持ちの中にはこうして音楽家を自邸に呼び、自分のためだけに演奏させた人もいただろう。そんな想像までしてしまう、ちょっと不思議な時間になった。

2つ目は、12月14日(木)に東京オペラシティで開かれたトランペットとパイプオルガンによるコンサートだ。難民を助ける会、東日本大震災復興支援のためのチャリティコンサートで、皇后美智子さまもお越しになられていた。美智子さまが入って来られると、促された訳でもないのに皆さん立ち上がり、拍手でお迎えされていた。そういう気持ちにさせる気品と温かなオーラが美智子さまにはあるように思う。

さて、トランペットもパイプオルガンも馴染みのない楽器なので、どんな演奏になるのかワクワクしながら出掛けたのだか、パイプオルガンによる「異国風のノエル」(L.ダカン)の演奏では異なるメロディが同時に聞こえて来て、その厚みのある音量に圧倒された。素晴らしかった。

トランペットとパイプオルガンによる「アリア管弦楽組曲第3番ニ長調」(J.S.バッハ)はトランペットの突き抜けるような高音で始まり、聴いていて壮快な気分になった。パワーだけではなく、トランペットの張りのある音色には華があるように思う。「2本のトランペットとオルガンのための協奏曲ハ長調」(A.ヴィヴァルディ)はオルガンの母親の回りをトランペットの子供たちが追い駆けっこをしているような雰囲気で、実に楽しく躍動感溢れる演奏だった。

一番印象に残ったのは「夢のあとにOp.71第1番」(G.フォーレ)で、トランペットとパイプオルガンのともに深くて柔らかな音色が重なり合い、哀愁漂うメロディが感情豊かに演奏され、余力や余裕が感じられる大人の演奏だったように思う。

トランペットもパイプオルガンも、気持ちを高揚させる力強く張りのある音色から心を優しく包み込む柔らかな音色まで、曲に応じたさまざまな音色が出せることに驚いた。私のバイオリンもそうありたいと思うが、その前に、ちゃんと正確な音を出せるようにしよう。あぁ、先は長い(笑)
バイオリンや合唱のつながりから、いろんなコンサートのご案内を頂けるようになった。今月は3つのコンサートに出掛けたが、それぞれユニークな内容で、新鮮な感動を覚えた。


12月1日(月)、Bunkamuraオーチャードホールで催された「グレゴリオ聖歌と真言宗声明(しょうみょう)」のコンサート。出演はミラノ大聖堂聖歌隊と真言宗青教連法親会のお坊様たちだ。

グレゴリオ聖歌はローマ・カトリック教会で歌い継がれてきた無伴奏ユニゾンの聖歌、真言宗声明はお釈迦様の教えを僧侶が暗記し伝承してきた無伴奏の朗唱だ。どちらも1000年を超える歴史があるとのことだが、男声のみのユニゾンで歌われると、時には力強い宣言のように、時には純粋な心の叫びのように聞こえ、大変興味深かった。

惜しむらくは会場が少し大きすぎるように思えたことで、もしこれが教会やお寺の本堂で行われたコンサートなら、もっと迫力があり、心揺さぶられる感動を味わえたのではないかと思う。

(続く)