後半2分、慶應義塾陣22m付近の同志社ボールラインアウトからの攻撃で同志社⑥がトライ、ゴールも成功し、14-0とする。これで同志社ペースの展開になるかと楽観したのだが、慶應義塾は決して慌てず諦めない。9分、ペナルティを得た慶應は同志社ゴール前に蹴り出し、ラインアウトから固いパックのモールで前進、同志社のゴールを割って慶應義塾②がトライ、ゴールも成って14-7。

 

続く18分には同志社ゴール前のラックから最後は慶應義塾⑧がボールを持ち込んでトライ、ゴール成功し、14-14の同点とした。この辺りの慶應義塾には全く迷いがなく、低い姿勢で当たり、素早い味方の寄りから連続攻撃を続け、必ず50cmでも1mでも前進するという手堅さ、しつこさを感じさせられる。これを止めるには慶應義塾以上に低く力のあるタックルで押し返すしかないが、同志社にはそのパワーがまだないから後退を余儀なくされたように見えた。

 

同志社ファンには少し嫌な雰囲気になったと思うが、22分、実に同志社らしいプレーが出る。慶應義塾ゴール前のラックから出たボールを同志社SHが外に展開すると見せかけて大きく離れ、くるりと反転したところにFBの安田がタテに入って来たのだ。慶應義塾からすれば全く予想していなかったコースを安田に走られ、逆を突かれた形になった。ゴールも成功し21-14。



34分には慶應義塾陣10m付近で同志社が上げたハイパントのこぼれ球を⑬山口が拾い上げ、そのまま独走してトライを上げる。これはボールの奪い合いで慶應義塾のディフェンス網が薄くなってしまい、山口がボールを持った時点でほぼノーマーク状態だったように見えた。ディフェンスの陣形を崩すという意味では有効なハイパントだったと思う。

 

39分には慶應義塾が同志社ゴール前のラックからトライを奪い、意地を見せるが、ここでノーサイドの笛。28-19で同志社が勝利した。同志社ファンにとりスクラムの安定は朗報、しかし、関東勢の速くて低く重いタックルで勢いを削がれたり、ボールを出すタイミングが遅れるようではBKのスピードが生きない。又、ディフェンスで関東勢を止めるには更に強い身体と瞬発力が求められるのかなと思う。

前半の前半は殆ど同志社陣内での戦いとなり、慶應義塾が何度かゴール前に迫るが、同志社の好ディフェンスに阻まれたり、ノックオンやスローフォワードのミスが出てゴールをなかなか割れない。一方の同志社も数少ないマイボールスクラムやラインアウトから突破を試みるが、慶應義塾の低いタックルと早い集散に勢いを削がれ、タイミング良く2次攻撃、2次攻撃ができない。



そんなせめぎ合いが続く中、観客席がドッと沸いたのは前半29分、慶應義塾陣10m付近の慶應義塾ボールのスクラムを同志社が力強く押し込み、同志社にボールが出たときだ。昨シーズン、スクラムで苦戦した同志社を見ているだけに同志社ファンからは「おおっ!」という歓声が、慶應義塾ファンからは「ええっ?」という驚きの声が上がったように思う。

 

その後、32分にも慶應義塾ボールのスクラムで同志社が再びボールを奪っているが、いずれもノックオンのミスが出てトライチャンスにはつながっていない。「うちのSHもマイボールになるとは予想もしてへんかったんとちゃう?」という軽口が出たが、FWの健闘を考えると本当に惜しいミスだったように思う。

 

前半終了間際の39分、同志社のモール攻撃から出たボールを④→⑨→⑩と右オープンに展開し、⑬キャプテンの山口がトライ、ゴールも決まって7-0で前半を終えた。同志社がモールを押し込むという動きがあると、慶應義塾のディフェンスラインも下がる中で僅かに隙ができる。その隙を突くという同志社BKのスピードとセンスが目立ったように思う。

「37億9200万枚」・・・2017年に国内市場に供給されたアパレル製品の総供給量らしい。下着を含む数字とのことだが、それでもこの枚数が人口1億2000万人の市場に供給されたとなると、一人当り年間「32枚」という計算になる。直感で言うと「多過ぎる」ように思うから、価格競争に巻き込まれると大変だろう。

 

又、この37億9200万枚の内、輸入品の占める割合は97.6%で、国内生産は僅か2.4%の9,840万枚とのこと。食糧は自給率40%で国家の安全保障上、問題があると指摘されているが、アパレル製品に至っては自給率2.4%だから、万一、日本にアパレル製品が入って来なくなったら、多くの国民は裸で過ごすしかなくなってしまう(笑)


この記事で興味深かったのは輸入先の順位で、1位から5位までの中国、ベトナム、インドネシア、バングラデシュ、カンボジアはある程度予想の範囲内だとしても、6位にイタリアが入っていることだ。アパレル製品に関して言えばコストが全てではなく、輸入拡大という大きなトレンドには逆らえないにしても、選択肢は沢山あったということか。


中国やベトナムにいち早く乗り込んだ人たち、少し様子を見てから動いた人たち、最初からイタリアに専念した人たち、アパレル業界から撤退した人たち、様々な人生がありそうだが、最後まで頑張れるのは自分で選択した人たちだろう。人は、自分の選択や決断を正しくするために頑張れるものだと思うから。