そんな思いを抱いたまま根室に一泊し、翌朝は雨ではあったが傘をさし、いつも通り朝のウォーキングに出掛けた。途中、道案内のボードがあったので、何気なくそれを覗いて驚いた。ロシア語の表示があったからだ。


更に行くと、道路標識にもロシア語が使われていた。その理由を訊ねたら、ロシア漁船がウニ漁のあと根室港に立ち寄り、そのついでに買い物をして帰るとのこと。タクシーの運転手さんに聞いたら、「人懐っこくて明るい人が多いですよ。良いお客さんです」とのこと。


そんな話を聞くと、領土問題は棚上げとし、50年後に議論を再開する前提で先ずは往来を増やし、文化交流や共生を図るという試行錯誤はどうか。白黒はっきりつけようとすれば戦争になるし、それで被害を受けるのは家族を守ろうとする双方の善人だ。白黒ではなく、濃淡のあるグレーで治めるのが大人の道では。
何のことかと思われるだろうが、アイヌの人たちが16世紀頃に海からの侵入者に備え、海岸沿いに築き上げた小さなお城・・というか土を盛り立てて造った砦のことらしい。納沙布岬からの帰りに立ち寄ったのだか、アイヌの人たちが動き回る姿を想像しながら不思議な感覚に包まれた。アイヌの人たちからすれば、私たちこそ侵入者で、ひょっとすると、「北方領土を返せと言う前に、北海道そのものをアイヌに返せ」と言いたかったのでは。

(ピンボケ写真でごめんなさい)

実際、アイヌの人たちと和人と呼ばれる本州からの移民の間で何度も争いや戦いがあったようだし、和人が厳しい条件でアイヌの人たちを働かせたことが原因だったとも聞いた。最後は和人が持ち込んだ天然痘でアイヌの人口が激減したというから、それが事実なら、北海道を返せ、平和な時間を返せ、と言いたかったアイヌの人たちも多かったろうと思う。

同じような話がアメリカにもあり、メキシコからの移民を問題にするなら、アメリカそのものを元々住んでいたインディアンに返したらどうだ、という皮肉があったように思う。かように国土や土地の問題は根が深い。生活を始め、家族ができれば、その地は文字通り重要なホームランドになる。その安全や生活が脅かされたら、きっと私だって黙ってはいないだろう。

(続く)
お休みを頂き、北海道にやって来た。昨日、羽田空港から中標津空港まで飛び、バスで根室まで来ると、その足で納沙布岬へと向かった。北方領土という言葉は知っていても、いつも遠くに感じてしまう問題だ。だから、根室まで来たこの機会に、先ずは自分の目で見ておこうと思った次第。


カメラの調子が悪くてピンボケ写真だが、肉眼で一番手前にある歯舞群島が見えた。小さな岩にしか見えないが、貝殻島という島までは僅か3.7kmしかないとのこと。まさか、こんなに近いとは思っていなかったので、もし自分が生まれ育った家があの島にあり、ご先祖さまのお墓もその近くにあるなら、戻りたいと思うのは当然だろうと思った。

(続く)