近所の合唱団、うたおうかいのM子先生からチケットを頂いた。弘前バッハアンサンブルは1985年の結成で、バッハのミサ曲やカンタータの演奏活動を続けておられる。これまで182回もの定期公演をされているというから大したものだ。


パンフレットにあるメンバー紹介を見たら、教員や公務員、会社員の方が多くおられた。仕事をしながらの活動だから、皆さんバッハをこよなく愛する方々ばかりで、且つ、コンサートを楽しみにされているファンの方々も大勢おられるということだろう。

今回、演奏されたのは「カンタータ第75番 心の貧しい人は」と「マニフィカトニ長調BWV243」という作品で、どちらも初めて聴いたが、マニフィカトニ長調がとても良かったように思う。

合唱から始まり、その後、ソプラノやテノール、バスの独唱があり、アルトとテノールのデュエットもあり、更にはソプラノお二人とアルトによる三重唱もあり、これにトランペットやティンパニの華やかな響きが加わって、多くの人びとが様々な形で神様を讚美しているのが伝わって来た。素晴らしい演奏だった。
昨日、37回目の結婚記念日を迎えた。妻の誕生日でもあったので、花を買って帰ることにし、エレベーターホールに急いだら、人事部のYさんがいた。一緒にエレベーターに乗り込んだ。

Yさん「ボルさん、なんか急いでました?」
ボル「うん、今日は結婚記念日でな・・」
Yさん「あらっ、おめでとうございます」
ボル「妻の誕生日でもあるし、花買って帰る」
Yさん「えーっ? 見た目より優しいんだ」
ボル「コラッ!」

誰も乗ってこないので話が続く。

Y 「結婚されて何年ですか?」
ボル「37年や。Yさんは結婚して何年?」
Y 「えーと、16年かな」
ボル「なにーっ? 10才で結婚したんか?」
Y 「えっ?」

しばらく考えていたYさんが笑い出した。

Y 「やだー、ボルさん、明日何かご馳走する」

ということで、今日はコーヒーでもご馳走してもらおうと思うが、Yさんから「ボルさんも結婚が早かったんですね。10才で結婚? いやいや、5才?」なんて言われたら「何か、じゃなくて、何でもご馳走する」と言いそうだ(笑)


太田喜二郎(1883-1951)と藤井厚二(1888-1938)は「日本の光を追い求めた画家と建築家」とのこと。お二人のことは全く存じ上げなかったが、たまたま太田喜二郎さんの孫が同志社で一緒に学んだ同級生で、目黒区美術館で展示会をやっているから観に行きなよとチケットをプレゼントしてくれた。美術には疎いが、これは行かねばなるまい。

(「雪の朝」1910-1911 油彩)

(「風景」1908-1913 油彩)

太田喜二郎さんの作品には眩しい光もあれば優しい光や力強い光もあり、それがとても興味深かった。光そのものを描くというより、光を受けたものを描くことで様々な光を見せるということか。上の二つの作品は絵葉書になっているものを購入したが、冬の光と秋の光なのか、違いが明らかで見ていて飽きない。

又、「帰農」(1915年、油彩)という作品があったが、これは逆光の中に牛と農夫を浮かび上がらせたもので、牛も農夫も逞しく見え、今にも動き出しそうだった。いろんな光の描き方があるものだと感心した。

作品の多くは油彩画だったが、水彩画も何点かあり、柔らかな色で平和な情景を描いた「多摩川の夕日」(1902年)や「東京より帰還 岐阜にて」(1902年)は見ていて心が和む作品だった。又、太田喜二郎さんから藤井厚二さんに宛てられた手紙が展示されていたが、味のある文字に色とりどりの挿し絵が添えられ、手紙というより見事な作品になっていた。「絵になる」とは正にこういうことを言うのだろう。