先日のNHKスペシャルが再び、OSO18の特集であった。
OSO18は北海道で60頭もの牛を襲い“怪物”と恐れられているヒグマである。
最初の被害地域がオソベツである事と、そこで発見された足跡の幅が18cmであったことから「OSO(オソ)18」と名づけられている。
“怪物ヒグマ”OSO18の最期は、あまりにもあっけないものだった。本来肉食ではないはずが牛を襲い続ける特異性、わなを見抜く高度な知能、人間を極度に警戒する慎重さ。しかし、その日は人を恐れるそぶりも見せず、射殺された。OSO18と判明した時には、骨や内臓は処分、肉はジビエとして全国各地に流通していた。謎のヒグマは、いったい何者だったのか。取材班は正体を解き明かす重要な手がかりをつかむことになった。
※上記の公式サイトより引用
OSO18の過去についての詳細は、2022年11月26日放送のNHKスペシャルで報じられており、このブログでも紹介した。
▼NHKのまとめ記事はこちら
OSO18はその後、一旦姿を消し、2023年8月になって突然に駆除の報道があった。
そして今回のNHKスペシャルで、再度の特集番組の放送である。
ニュース報道を見て駆除に至った経緯はわかっていたので、わざわざNHKスペシャルで続報の特集番組を製作するほどの取材内容とは何であろうかと思われた。
以下、本題
先に全体的な感想を言ってしまうと、何を伝えたかったとのかという点において歯切れの悪い印象の終わり方であった。
その理由の一つとしては、駆除されたヒグマがOSO18だと判明したのが、死体が解体されてしまった後であるために、OSO18の最期の状態がどうであったのかをハッキリと知ることが難しかったという事情が挙げられる。
番組ではまず、OSO18のこれまでの経緯を説明してから、今年のOSO18特別対策班の活動を追っていく。
OSO18特別対策班には冬眠から目覚めた後の目撃情報に備えて2月にハンターが招集されていた。
しかし、OSO18は見つからずOSOの被害報告が入ったのは6月になってからであった。
被害現場はOSO18の行動圏の北部に位置する標茶町(しべちゃちょう)で、対策班は罠を仕掛ける作戦を実施するが失敗に終わる。
そして、この後は被害報告がないまま駆除に至る。
駆除された場所はOSO18の行動圏から更に南部の釧路町オタクパウシで 最期に撃たれた時のOSO18はあれほど人間に対する警戒心が強かったにも関わらず、人目につく牧草地で気力を失ったように横たわっていたという。
仕留めたのは役場職員のハンターで、その時はOSO18だとわからずに解体業者に持ち込んだために死体は残っていなかった。
駆除した時の写真からは、瘦せていたこと、手が異常に腫れている点が指摘されており、体調に異変があった可能性が示唆されていた。
ここまでが前半部分であり、後半部分ではまずOSO18の死体を追って解体業者を取材する。
解体された肉は、既にジビエ料理店に出荷されてしまっていた。
この後、OSO18が例年の行動圏から更に南部の釧路町オタクパウシで駆除されるまでの行動が検討された。
これについては、山中に仕掛けられているカメラの情報などから、例年通りの行動圏で若いオスとのメスを巡る競争に敗れた結果ではないかと推測されていた。
OSO18が老いていたのではないかという可能性については、駆除したハンターが唯一残していた牙が分析された。
牙の分析からOSO18の年齢は9歳6か月であったと判明し、標準的な寿命が20歳ぐらいであるヒグマにしてはまだ老年ではなかったという結果であった。
そして取材班は、堆肥の山に埋もれたOSO18の死体の残骸を掘り出すに至る。
見つかった骨の分析からは、OSO18は本来の木の実や果実、山菜などを主食とする食性から外れて、ほぼ肉食であったことが明らかになった。
番組全体から提示された有力な可能性は、本来のヒグマの食性から外れて極端に肉食であったOSO18は体調不良をきたし、若いオスとの競争に負けて、餌が確保しやすい南に降りてきて徘徊していたが、そこで力尽きたのではないかというものであった。
OSO18の物語としてはこういうことかもしれない訳であるが、それでは、人間の側にとってのこのOSO18の物語の意味は何であったのか。
OSO18とは何であったか
番組全体の主旨として最も強く感じられたのは、本来のヒグマの食性を自然を開拓しコントロールしようとしてきた人間が歪めてしまっているのではないかという問題提起であった。
まずこの地域の背景として、山林が開拓されて牧場で牛が飼われるようになったという事情と、開拓の結果としてエゾシカが激減したために保護を始めると今度は増えすぎて年に10万頭を駆除しているという現状がある。
駆除されたエゾシカの死体は放置されることもありヒグマの餌になる。
ヒグマが肉の味を覚えれば、今度は牛を襲うようになる。
これは結局のところ、人間がヒグマを本来の食性から外れた肉食に誘導しているのと同じではないかということである。
これまでOSO18の駆除を目指していた特別対策班のハンターも、今後、肉食のクマは出てくるだろうとコメントしていた。
また、山中に設置されているカメラに、シカを食べるクマの映像が映っていたことも取り上げられていた。
ヒグマの現在の標準的な食性に勝手に安心していながら、OSO18のようなヒグマが現れたら“怪物”と恐れる人間の浅墓さを自嘲的に笑えばいいのだろうか。
それとも生物の適応力に翻弄される人間の姿を嘲笑えばいいのだろうか。
どちらも嘲笑うべきではあるかもしれないが、笑っている場合ではないとも言うべきだろう。
OSO18の顛末を教訓にして今後の自然環境保護の在り方を考えていくのは、それはそれで良いことであると思う。
しかし、現状に至るまでのことを再度考えてみる。
エゾシカが激減したために保護を始めると今度は増えすぎて駆除が必要になる。
しかし、エゾシカの天敵のエゾオオカミはもういない。
そして、ヒグマの食性が肉食に向かいつつある。
人間がこれだけ自然を開拓している以上、自然の生態系に影響を与えないことは出来ないのであって、新たにヒグマの食性の変化だけを問題にしても、上手い解決はないように思うのである。
極端な言い方をすれば、
自然はどんどん開拓していきますよ、
オオカミは駆除しますよ、
シカが減ったから保護しますよ、
増えすぎたから駆除しますよ、
駆除したシカは放置しますよ、
でも、クマは肉食にならないで下さいね。
こんな都合のいい話が上手くいくようには、どうしても思われない。
目の前に肉があったら、クマが肉を食うのは自然だろう。
これもまた生物の適応の一環であって、クマの食性に影響を与えていることだけについて人間が一方的に悪であると断罪したからといって、よい解決がもたらされるようには思われないのである。
ここまでOSO18を取り上げるならば、この点に切り込んで欲しかったと思う。
これが、この番組が何を伝えたかったとのかという点において歯切れの悪い終わり方であった印象の核心であった。
OSO18のあっけない最期に思うこと
歯切れの悪い印象の終わり方であったという感想の核心はわかったが、この番組に対する感想にはまだ残滓があるように感じられた。
もう一度、番組を観直してみる。
番組の最後のナレーションはこうであった。
9年6か月前、一頭のオスのヒグマが生まれた。
その時、名前はまだなかった。
豊かな森でドングリやフキを食べ悠々と暮らす運命があったのかもしれない。
だが、人間が作り変えた自然の中で肉に執着するようになってしまった。
やがて牛を襲い、人々にOSO18と名付けられ、怪物と恐れられるようになった。
そして、野生を生き抜く力を失い、逃げ惑い、衰弱し、最後はただ楽園を目指して彷徨った。
オタクパウシの夏の朝、一頭のヒグマが死んだ。
番組全体の主旨として最も強く感じられた、本来のヒグマの食性を自然を開拓しコントロールしようとしてきた人間が歪めてしまっているのではないかという問題提起を中心とした、それなりにもっともなまとめではある。
このナレーションの前の内容は、OSO18の肉を料理として提供していたジビエ料理店の取材映像であった。
ここに懲罰的な構図を見て、人間の牛を襲って怪物と恐れられていたヒグマは退治され、肉はジビエ料理店で人間に食べられましたということではない筈だ。
それでは、都会のジビエ料理店でOSO18の肉を食べる人と、現地で自然と対峙している人との温度差を思うべきだろうか。
それはそうなのかもしれないが、まだ足りない気がする。
駆除されたことがわからなかった程のあっけない最期に、まだ何かを思うべきである気がする。
人間の側には、しっかりと自然に向き合ったと思える結末として、考えを巡らして対決した後に駆除したという結果が欲しかったという心理があったのではないだろうか。
だとすれば、人間が開拓してきた環境でヒグマは勝手に肉食になって、勝手に衰弱したところを撃たれて、駆除されたこともわからなかったという自然の在り方に、人間の側の一人相撲のような戯画を見るべきであるように思われた。
このような戯画の世界から抜け出さない限り、自然と共存することは難しいのではないだろうか。
そして、自然と共存することは難しいと言ってしまうことはできるが、実際に自然と共存していかなくてはならない現実はなかなかに重い、と感じる番組であった。
北海道のヒグマ問題は今後も定期的に報道され続けるだろうから、また折に触れて取り上げてきたいと思っている。
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